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 結局、ティアナは先ほどのよりは襟ぐりの詰まったドレスを買う事になった。デザインは少し大人しくなったが、その分、良い布を使っているので、先ほどのものより上品に見える。ティアナの公爵夫人という立場から考えれば、こちらの方が適切だろう。

 注文書にサインをし終わったヴァレッドに、ティアナは頭を下げた。

「ヴァレッド様、ドレスありがとうございました」

「それはいいと何度も言っただろう? そもそも、この夜会は俺が企画したものなんだし、君に負担をかけるつもりは最初からない」

「ですが、以前頂いた規則書に『妻は質素倹約に努めるべし。必要以上のドレスや貴金属を夫に強請らない』とありましたし……」

「……君は本当に物覚えが良いな」

 来たばかりのころに渡した規則書の内容をスラスラと暗唱してみせるティアナに、ヴァレッドは呆れたような感心したような、よくわからない顔を向けた。

「これは別に『必要以上』というわけじゃないだろう? むしろ、必要な出費だ。今回の旅にドレスは持ってきてなかったからな。シュルドーに取りに行くのも骨が折れるし、現地調達が一番だろう?」

「確かに、そうですが……」

「それに、ドレスは君が強請ったわけじゃない。俺が勝手に買ったんだ。だから、君が気にすることは何もない」

 その断言に、ティアナは少し考えた後「では、ご厚意に甘えることにしますね」と嬉しそうに笑った。

 ヴァレッドはその笑みを見て、安心したように息を吐く。

「あと、出来ればもうあの規則書のことは忘れてくれ。自分でもあれはやり過ぎたと思ってるんだ」

「え?」

「あの時は君がどんな人間かわからず、性別が女だからと警戒ばかりしていたからな。……勿論、香水や化粧の件はこれまで通りにしてくれたら嬉しいが、それ以外はもう別に守らなくてもいい」

「……ですが」

「そうじゃないと、俺はこれから君に何かを贈るたびに、何らかの理由を考えなくてはならなくなる」

 ヴァレッドは恥ずかしげに視線をそらす。

 彼の発言に、ティアナは目を瞬かせた。

「贈る? ヴァレッド様が私に、ですか?」

「……なんだ、迷惑なのか?」

「いいえ! そんな滅相もない! ……ただ……」

「ただ?」

「ちょっと、それは幸せすぎて怖いですね」

 はにかむようにして笑う彼女を見て、ヴァレッドの頬も赤く染まる。

「それに、ヴァレッド様から贈られたものだと思うと、気軽につけることもかなわないでしょうし……」

「その指輪みたいにか?」

 胸元に視線を移され、ティアナは服の下から鎖を引き出す。そして、その先に通してある指輪をぎゅっと握りしめた。

「そうですね」

「ティアナ、いい加減……」

「良い雰囲気のところすみません」

 ヴァレッドがそう言いかけると同時に会話に割って入ったのは、先ほどの店員だった。彼女は人の好い笑みを浮かべながら、ガラス張りになっている縦型の展示ケースを手のひらで指す。

「奥様。ドレスは決まりましたが、アクセサリーはどうされますか? ドレスに合うものを、いくつか見繕ってきましょうか?」

「えっと。そうですね……」

 基本的には、ドレスに合わせて装飾品も買い足すものだが、今回は計画していた購入ではない。正直、持ってきているもので合わせられるものがあるのならば、それでいいのかとティアナは考えていた。

「まぁ、見るだけ見ていってください」

 そう言う店員に促され、ティアナはガラスケースに寄る。中には色とりどりの宝石がはまった装飾品が並んでいた。装飾品もそうだが、ケースの装飾もびっくりするぐらい豪華である。

 店員はケースの鍵を開け、一つの化粧箱を取り出した。

「こちらはいかがでしょうか?」

「これは?」

「イヤリングです。先ほどのドレスに合うかと思いまして」

「わぁ!」

 小さな花が連なったようなデザインにティアナは頬を桃色に染めた。大きな宝石がついているわけではない大人しいデザインだが、動くたびに揺れるそのデザインは、心惹かれるものがある。

「それも買うか?」

 ヴァレッドの言葉に、ティアナはしばらく迷った後、首を横に振った。

「いいえ、大丈夫ですわ! イヤリングならいくつか持っていますから、それを合わせようと思います」

「そんなもの、持っていたか?」

「はい。実は先日、ローゼから返ってきたものがあるんです」

「ローゼから?」

 嫌な名前を聞き、ヴァレッドの眉間に皺が寄る。そんな彼を尻目に、ティアナは笑顔で話を続けた。

「二年前のものですがまだ綺麗ですし、壊れていた金具を直せば使えますわ! ちょうど色もこんな感じで、今日買っていただいたドレスにとても合うと思うんです!」

「……そうか」

「あ。でも、つけたことがないので、似合うかどうかはわかりませんが。もし、似合わなくても笑わないでくださいね」

 困ったような顔で頬を掻くティアナに、ヴァレッドは「つけたことがない?」と怪訝な顔をした。

「はい。お母様から頂いたその日に貸して欲しいと言われましたので」

「は?」

「特に使う予定もありませんでしたし、ローゼは新しいものが好きですからね。いつものことですわ!」

「……いつものことって」

「でも、本当にちょうどよかったですわ! まるでタイミングを見計らったみたい!」

 嬉しそうに頬を引き上げる彼女に、ヴァレッドは額を押さえた。

「……本当に君は怒らない人間なんだな」

「今の話に、どこか怒る要素がありましたでしょうか?」

 ティアナからすれば、使わないものを貸していただけである。それがたとえ、自分が使用したことがないものでも、壊れた状態で返ってきていても、怒るという感情に結びついたりはしない。

「少なくとも、俺が君だったら激怒している」

「まぁ! ヴァレッド様は感情豊かなのですね」

 何もかも良いように変換してしまう彼女に、ヴァレッドは呆れたような顔を向ける。しかし、その顔からは同時にティアナに対する愛おしさも滲み出ていた。

「まぁ、いい。しかし今の話だと、君は出戻り品ばかり身に着けているということになるが?」

「そうですね。そういうものが多いのも事実です。このドレスも、ローゼから返ってきたものなんですが、実は返ってきたときには胸を辺りを少し手直しされていて。それで、私には大きかったのでもう一度手を加えて、今の形に落ち着いていますわ」

 ティアナは首から下がっている指輪に、もう一度触れた。

「この指輪ぐらいでしょうか。最初から今に至るまで、ずっと私の側にあるというものは……」

 その顔には悲壮感も憂いも何もない。ただ、彼女は今ある幸せを噛みしめているようだった。そんな彼女の頭をヴァレッドは撫でる。

「そうか」

「はい」

 そう頷く彼女もまた、とても嬉しそうだった。

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