13
「ヴァレッド様、この桃色のドレスなんてどうでしょうか?」
そう言いながら、ティアナはトルソーに飾ってあるドレスの裾を手に取った。
ヴァレッドは楽しそうなティアナに頬を緩ませながら、顎をさする。
「そうだな。……そのドレスが悪いというわけでは決してないんだが、君は確か同じような色のドレスを持っていなかったか?」
「あら。本当ですわ! ……だめですね。一人で選ぶとどうしても同じような色と形のドレスになってしまいます」
「君が暖色を好むのは知っているがな。せっかくなんだし、もう少し変わった色を見てみてもいいんじゃないか?」
「そうですわね!」
ティアナとヴァレッドは王都一番の仕立屋に来ていた。
公爵家夫婦なのだから、本当ならば夫婦ともに生地から選んで仕立てたものを着るべきなのだが、夜会が一週間後に迫っているので、今回は既製品を買いに来たのだ。
既製品といってもサイズの方は調整してくれるので、見た目は仕立てのものと変わらない。デザインは無難なオーソドックスな物か流行の物が多いが、それもアクセサリー次第で個性をつけることが出来た。
「それでは、ヴァレッド様はどのようなドレスがお好みですか?」
「俺か?」
ティアナの問いにヴァレッドは眉根を寄せた。
「こういうのは得意じゃないんだが。ドレスの流行もよくわからないし……」
「では、私には何色が似合うと思いますか?」
「そうだな」
色だけならと、ヴァレッドは思案するように目を閉じる。
「君は、なんというか……太陽みたいだからな。黄色なんてのは、どうだろうか」
「まぁ! 素敵!! では、黄色にしますわ!」
手を打ち鳴らしながら、ティアナは喜んだ。
そんな彼女にヴァレッドは目を見開く。
「いいのか? 君にも着たい色というのがあるんじゃないのか?」
「いいえ。黄色でいいのです! ヴァレッド様が決めてくださった色ですもの! それに、私も黄色大好きですわ!」
「そうか……」
大げさに喜ぶティアナに、ヴァレッドは頬を染めながら目をそらす。
そうしていると、突然背後から女性の店員に声をかけられた。
「ご夫婦ですか?」
その瞬間、ヴァレッドは飛び上がり、ティアナを守るように背に隠したまま、店員から距離を取った。
ティアナを娶り、多少女性というものに耐性が出来てきたヴァレッドだが、いきなり声をかけられるのはまだ無理らしい。
飛び上がったそのままの勢いで、ヴァレッドは驚きで目を瞬かせる店員に声を上げる。
「突然、背後に立つ――」
「はい! 夫婦ですわ」
ヴァレッドの暴言を遮るように、ティアナはそう言って笑った。
その嬉しそうな笑みにヴァレッドは少し逡巡した後、仕方がないといった感じで口をつぐんだ。
背後に立っていたのは、ティアナとあまり変わらないような、若い店員だった。
仕立屋の店員にしては薄い化粧と、動きやすそうな身軽なドレスを身につけている。
しかしながら、装飾は簡素ながらもしっかりとしている生地が使われており、さすが仕立屋の店員といった感じのドレスだった。
店員はにこやかな笑顔のままティアナに近づく。
「本日はどのような物をお探しですか? 仕立ても承っていますが」
「今日は社交会用のドレスを買いに来たのです。わけあって急用なので、既製品の物でお願いできたら、と。色は黄色がいいのですが……」
「それならば、こちらに。先週、良い布が手に入りまして、いくつか新作もございます」
先導する店員にティアナはスキップを踏んでいるような軽い足取りでついて行く。
王都一の仕立て屋ということで、店内は思った以上に広かった。色とりどりの布やドレスが眼前を染め上げる。
端には大きなガラス張りのジュエリーケースがあり、中には色とりどりのブローチやネックレスが並んでいた。
貴族御用達というわけではないのだが、それなりの金額がするものばかりが並んでいるので、客はヴァレッドたちともう一組しかいなかった。
ティアナは店員に勧められるままドレスを選び、試着室に入っていった。
試着室はカーテンで二つに仕切られており、片方でティアナは着替えをし、もう片方でヴァレッドは彼女が着替えるのを待っていた。
カーテン越しから聞こえる衣擦れの音と、ティアナと着替えを手伝っている店員の声がなんだか恥ずかしい。
ヴァレッドは奥の椅子に腰掛けながら、できるだけカーテンの方を見ないように顔を背けていた。
しばらくの後、「終わりました」と言う店員の声とともにカーテンが引かれる。
そこにいたティアナの姿にヴァレッドは目を丸くした。
「どうでしょうか? ヴァレッド様」
明るい黄色のドレスを身にまとったティアナは、彼の前でくるりと一回転した。
ひまわりの花びらのようなドレスの裾がふわりと舞う。
オフショルダーのドレスなので、ティアナの真っ白いデコルテと華奢な肩がこれでもかと露わになっていた。その下には明らかに盛られた二つのたわわ。
流行なのか、ドレスの襟ぐりは深く。少しでもずれれば他人に見せてはいけないところまで見せてしまいそうな、そんな危うい造りのドレスだった。
「……」
普段なら考えられないティアナの大胆な装いに、ヴァレッドは無言で自らの上着を脱ぐと、それを彼女の肩にかけた。
そして、白い肌が見えないようにきっちりと前を閉める。
「ヴァレッド様?」
「……だめだ」
「え?」
「これはだめだ。破廉恥すぎる……」
「はれんち?」
オウムのように繰り返しながら、ティアナは首をひねった。
ヴァレッドはうつむいたまま、ティアナと視線を合わせることなく、ぶつくさと独り言を呟きはじめる。
「いくら何でもこれは晒しすぎだろう。彼女はおっちょこちょいなんだぞ。転けたり、つまずいたり、引っかけたりしたらどうするんだ。……出るぞ」
「?」
「第一、肌なんて他人に見せつけるようなものじゃないだろう。俺だってすべて見たわけではないのに、その前にほかの者に見られるのは……いや、後でも勿論だめだが」
「ヴァレッド様?」
目を瞬かせるティアナの肩をヴァレッドはもう一度ぐっとつかみ直す。
「ティアナ、とりあえずそのドレスはだめだ。ほかのドレスにするか、厚手のショールを上から羽織ってくれ」
「あの。もしかしてこのドレス、似合っていなかったでしょうか?」
ヴァレッドの真剣な表情に、ティアナは不安げに視線を落とした。
「違う。似合ってないわけではない! ないわけではないんだが……こう、無性に変な虫がよって来そうな気がする……」
「虫ですか!?」
その瞬間、ティアナの顔色はこれでもかと悪くなった。
「もしかして、このドレスには虫がよってくるのですか!?」
「いえ、旦那様が言ってるのはそういうことではないかと……」
すかさず店員がフォローを入れるが……
「ああ、そうだ。そのドレスには虫がよってくる」
これ幸いにと、ヴァレッドがそう断言したことにより、ティアナの顔色はますます悪くなった。
「こんなに綺麗なドレスですのに……」
「綺麗なドレスだからだ。虫も人同様、綺麗なものが好きだからな。特に精力だけが旺盛な、年寄りの
「えぇ!?」
だんだんティアナの扱い方を心得てきたヴァレッドである。
全身を粟立たせ、ティアナはぶるりと震えた。
「どうしましょう! 私、虫は大の苦手で……」
「なら、もう少し襟ぐりの詰まった露出の少ないドレスを選んでこい。そのドレスが良いのなら、厚手のショールを……」
「わかりましたわ!」
ティアナは青い顔で試着室のカーテンを閉め、元の服に着替えると、新しいドレスを選ぶために試着室から飛び出していった。
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