12

 翌日は、見事にデート日和だった。

 青い空にはうっすらと雲が流れ、太陽は温かい。

 秋に入ったばかりの王都の気候はうっすらと汗ばむ程度で、とても心地よかった。

 そんな中、一人陰気な雰囲気を垂れ流しているのはレオポールだった。

「はぁ……」

 ヴァレッドの部屋で一人書類を眺めながらため息をついている。

 その側でヴァレッドはティアナとドレスを買いに行くための身支度をしていた。

「どうかしたか?」

 さすがにおかしいと思ったのか、ヴァレッドはソファーで項垂れる彼にそう声をかけた。

 レオポールは顔を上げると、緩く首を振る。

「別に何もありませんよ。少し失敗したなぁと思っているだけで……」

「……失敗?」

「大丈夫ですよ。領地のことには関係ありませんから。とても、個人的なことです」

 レオポールは簡潔にそう述べながら、いつもつけているモノクルを外し、眉間を揉んだ。

 ヴァレッドは鏡の前でクラバットを整えながら振り返る。

「いや、そんなことは心配してないが。……お前が失敗とは珍しいな」

「そうですか? 結構最近は失敗続きですよ」

「何かあったのか?」

 ヴァレッドの問いかけにレオポールはしばらく天井を見つめた後、首を捻った。

「なんというか。我慢しようと決心した矢先に目の前に餌が落ちてきたもので、条件反射でくらいついてしまい、それをすごく後悔している。……という感じでしょうか?」

「……食らいついて後悔? ……ダイエットでもしてるのか?」

「まぁ、そんなところです」

 レオポールは苦笑を漏らす。

 ヴァレッドは自分よりも線の細い身体に視線を向けた。

 レオポールにはダイエットなんて必要ない。どちらかと言えば、むしろもう少し身体を大きくするべきだろう。

 彼が何かを比喩しているのはわかっているつもりだったが、ヴァレッドにはそれが何か見当もつかなかった。

「お前は案外秘密主義だからな」

「隠しているわけではないですよ。必要じゃない情報を表に出さないようにしているだけです」

「俺にとってお前の情報は不要か?」

「必要に駆られれば頼りますよ。今はその時期じゃないというだけです」

「そうか」

 これ以上何を言っても無駄だろう。

 ヴァレッドはベストのボタンを留め終わると、薄手のコートを着込んだ。

 シュルドーではお忍びということでいつも休日の騎士という感じの格好をしていたが、今回は普通に貴族の格好をしていた。ドレスを選びに行くのに忍ぶ必要はない。

 むしろああいうところは、ある程度上流の格好をしていかないと舐められる上にちゃんと買い物もさせてもらえないのだ。

 ヴァレッドは髪を整え、レオポールに振り返った。

「まぁ、無理は禁物だぞ」

「あなたに言われなくとも、わかっていますよ」

 レオポールはヴァレッドに近づき、クラバットを押さえているピンを直してくれる。

「気分転換に出かけてきたらどうだ? 夜会の準備なら昨日の段階で終わらしているから、今日は暇だろう?」

「暇ではないですよ。彫師の方に例のモノを取りにいかないといけませんし」

「だとしても、その時間までは暇だろう?」

「それはそうですが……」

 身支度を終わらせたヴァレッドは鞄を持つ。

 通常なら、おつきものが鞄や荷物などを持ったりするのだが、今回ヴァレッドはそういう役割を誰にも頼んでいなかった。

 ティアナと出かけるのを他の者に邪魔されたくないのだろう。

「今日はティアナも出るんだ。カロルでも誘って街にでも出たらいいだろう? お前は女嫌いというわけではないんだし、カロルとも仲がいいだろう?」

「……ヴァレッド様。それ、わかってて言ってるわけじゃないですよね?」

「は?」

「……ですよね」

 レオポールは微笑みながら、彼の背中を押した。

「私はいいですよ。やらなくてはならない書類の整理もたくさんありますし。それに、変なところで噂になってしまったら、カロルさんがかわいそうでしょう」

「……そうか」

 ヴァレッドはそれだけ言うと出て行ってしまう。

 閉まった扉を見ながら、レオポールは再びため息をついた。

 そして、ズボンのポケットに入れていた四つ折りの書類を取り出す。

 そこには『カロル・ボネット男爵令嬢』の文字。

 レオポールは書類をめくる。

 そして、彼女の交友関係のところに指を滑らせた。

『アナンド・モレル伯爵(婚約中)』

 長い指が文字をひっかく。

 レオポールは無言のままその書類を再び四つ折りにしてポケットに収めた。

「ま、勝てるわけがありませんね。……幸せになってくださるのなら、それが一番ですかね」

 彼は何かを諦めるような、口の端を上げるだけの笑みを浮かべ、ヴァレッドの部屋を後にした。


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