11
ティアナが切ない想いで胸を締め付けていた正にそのとき、レオポールとカロルはドミニエル家令にとあてがわれた部屋にいた。
二人の服装はいつもより砕けており、レオポールはゆったりとしたシャツにボトムスといった寝る前の格好で、カロルは厚手のシュミーズドレスに上着を肩から引っかけているだけの姿だった。
仕事終わりの二人がこうして一緒の部屋にいるのは別段珍しいことではない。何か事件が起こったときや、週末や月末などはこうやって集まり、いろいろなことを相談していた。
その日集まったのも、王宮に呼ばれ大幅に変更になったティアナとヴァレッドの予定をすりあわせるためだった。
「そういえばティアナ様、ヴァレッド様のことが好きだそうですよ。もちろん恋愛対象として……」
予定をすりあわせている最中、カロルからその言葉を聞かされたレオポールは、飲みかけていたお茶を一気に吹き出した。
それを嫌そうな顔でよけながら、カロルも一口お茶を啜る。
「なっ……、ま、マジですか!? こんな時に両想い!? よりにもよって、こんな時に!? 間違いじゃないんですか? ティアナ様のことですし、ふわふわとした表情で『ヴァレッド様、大好きです』って言っただけとか!」
「いや、あれは多分、マジなやつですね。フレデリク様に堂々と宣言しておられましたよ」
「……と言うことは、明日から一週間ほどヴァレッド様は使い物になりませんねー。……はぁ。両想いになったのは良いことですが、タイミング的にはもうちょっと考えて欲しかったです」
複雑な表情でレオポールは眉間を押さえた。
ヴァレッドの友人としては嬉しい反面、家令としてはこの一大事に主人が使い物にならないかもしれないと危機感を感じているようだった。
「いや、両想いにはなってないと思いますよ」
「どういうことですか?」
カロルの冷静な声音にレオポールは首を捻る。
ティアナもヴァレッドと同じように自分の気持ちには正直な人間だ。ティアナが自身の気持ちに気付いたというのならば、彼女はすぐにでもその気持ちをヴァレッドに吐露するだろう。レオポールはそう思っていた。
「フレデリク様に水を差されたんですよ。なんというか、『女嫌いの公爵にその気持ちは迷惑じゃないのか』みたいなことを言われてしまって」
「いや、迷惑なわけないじゃないですか! 今のヴァレッド様は、誰がどう見てもティアナ様にぞっこんですよ! ぞっこん! 何でティアナ様本人が気づかないのか不思議なぐらいです!」
夫妻でいる姿を初めて見たエリックだって、ヴァレッドがティアナを特別視していることに一瞬で気が付いたのだ。鈍いティアナや本当に顔を合わせただけのフレデリクは気づいていないが、毎日二人を見ているドミニエル家の使用人たちは、もう何も言わずともヴァレッドの気持ちには気づいていた。
「そうなんですけどね。でも、ティアナ様はそれで尻込みしてしまったようで……。まぁ、フレデリク様が言ったことも、ヴァレッド様の気持ちを知らなければ正論ですからね。ある種の説得力があったのでしょうね」
「そういう時に、カロルさんがフォロー入れなくてどうするんですかー。せっかく両想いになったのに、またこんがらがっちゃいますよ!」
「どうフォローを入れろと? 『ヴァレッド様はティアナ様のことが大好きだから、大丈夫ですよ!』とは、さすがの私にも言えないですよ」
「……それはそうですね」
レオポールは苦笑いを浮かべながら、「まぁ、今主人が使い物にならなくなるのは困るので、ちょうどいいですけど」と話を切り上げた。
いつも二人の仲を応援しているレオポールだが、今回に限ってそれは後回しらしい。
確かに夫婦のアレコレより、今は国王からの勅命の方が大事だろう。
「そうえいえば、レオポール様は恋愛とかされないんですか? あまり浮いた話など聞きませんけれど。恋人などは、今おられないんですよね?」
「いるわけないじゃないですか。ドミニエル領地とヴァレッド様がもう少し落ち着かないと、自分の恋愛なんてのは以ての外ですよ! いいなぁと想っている女性がいても、今はただ見てるだけですよ」
「あら、いるんですか。気になってる人」
「んー。まぁ、そうですね。それなりには」
カロルが意外だという反応を見せれば、レオポールは恥ずかしがることなくそう答えた。彼らしくない淡泊な反応に、カロルは身を乗り出してくる。
「へぇ。なら思い切って、デートに誘ってみたらいいんじゃないですか?」
「いやだから、忙しいから無理なんですって。そもそも相手にしてもらえるとは思っていませんし」
レオポールは心底面倒くさそうな顔で、近づいてきたカロルを手で追い払う。
「どうしてですか?」
「相手の方は貴族なんですよ。私はドミニエル家の家令ですが、出自は平民ですからね。しかも、しがない庭師の息子です。なので、そもそもが無理なんですよ。ま、幸せになってくださることを祈りながら、遠くから見守るだけですね」
「レオポール様って、そういうところを気にされるお方なんですね。意外です」
「カロルさんは私のことをなんだと思ってるんですか?」
面白くなさそうにレオポールが目を眇めると、カロルは机に肘をついたまま、足をぶらつかせた。
「身分とかをあまり気にされない方かと。現にヴァレッド様とも一時期友人のような関係だったのでしょう? 主従関係に収まった今でも、仲は良さそうですし」
「知り合ったとき、私はヴァレッド様がドミニエル家の次期当主だって知らなかったんですよ。自分と同じように雇われている人間の子供かなんかだと思っていて。何ならむしろ『かわいくねぇガキだな』って思っていたぐらいでしたから」
「『ガキ』って。レオポール様って昔はちょっとガラが悪かった――……?」
「そこはノーコメントでお願いします」
満面の笑顔でレオポールはそういう。
ヴァレッドと言い争いをしている時に、たまに乱暴な言葉が出たりしていたので怪しんでいたが、やはり元はこんな丁寧な話し方ではないらしい。成長して変わったのか、家令になる時に矯正したのかわからないが、彼の知らない部分に触れたようで、カロルはちょっと嬉しくなった。
生意気なレオポールの子供時代を想像し、口元に笑みが浮かぶ。
「ということで、まぁ、私自身の恋愛はまだ当分先の話ですねぇ。ぼーっとしてたらいい話が舞い込んでくるかもしれませんし。全く何もないまま、歳を重ねるかもしれませんし。そこは縁に任せますかね」
「それでいいんですか?」
「いいんですか? とは?」
「後悔しないんですか? 今想っている方がおられるのに、何もせずに諦めるだなんて」
レオポールははっと息を吐き出すようにして笑った。眉は困ったように少し下がっている。
「そこまでロマンティックなものじゃないですよ。貴族云々もありますが、脈もないですしねぇ。私はタイプじゃないとはっきり言われていますし。デートにでも誘ってフラれたら嫌じゃないですか」
「フラれるかどうかなんて、そんなのわからないじゃないですか」
「うーん。でも、仮にカロルさんが私からデートに誘われたら断るでしょう?」
カロルはしばし考えた。
レオポールは騒がしい奴だが、同僚としてはとてもいい男だ。有能だし、頭の回転も速い。誰も気づかない問題にもいち早く気がつくし、仕事をする上でとても頼りになるのは確かだ。物事はてきぱきこなすし、ドミニエル家を裏で支えているのは彼といっても過言ではない。
そんな彼にデートに誘われたのを想像して、カロルは「うーん」と首を捻る。
「別に、断らないんじゃないですか。デートだけですよね? レオポール様、その辺色々考えてくれそうなので、楽しそうですし」
「そうですか。じゃぁ、します? デート」
「……ん?」
カロルはしばし固まった。
そしてたっぷり一分は固まったところで、勢いよく首を振った。
「いやいや! 私は想っている方を誘えって話をですね!」
「だから、誘ってるんですが」
「ん?」
「ん?」
二人は向かい合ったまま、同時に首を捻る。
何か重大なことを言われているような気がするのだが、当の本人がケロッとしているので、上手く呑み込めない。
「えっ……と。もしかして、私を誘ってるんですか?」
「はい」
やはりこともなさげに首肯され、カロルは慌てて立ち上がった。
「え!? はいぃいぃ!? ちょ、まっ!!」
「嫌なら別にいいですよ。冗談ですから」
「じょ、冗談?」
「さ。こんな話をしてないで、予定のすりあわせをしますよ! とりあえず、夜会の――……」
レオポールはいつもどうりに淡々と仕事をするが、その夜のカロルはそわそわとどこか落ち着きがなかった。
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