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 その後、エリックから渡された資料には、玉璽が盗まれるまでの経緯と犯人の候補の名前が書かれていた。

 犯人の候補は全部で五人。

 アミルル・デサイ男爵

 サミュエル・ベン・カリファ伯爵

 マロリー・ラナベロー侯爵令嬢

 ナヒド・ラジュ・シャズワン公爵

 そして、フレデリク・バートン準男爵

 その五人は玉璽が盗まれたときに城の宝物庫近くで目撃されていて、盗まれた時間のアリバイがない者達だそうだ。

 宝物庫は王宮の深部、王族が住まう棟にあり。その棟には月に一回開かれる園遊会でしか王族以外の貴族は立ち入ることができない。

 そして、玉璽が盗まれたのはその園遊会の最中だというのだ。

 園遊会では供にも厳しく制限があり、一人の貴族に一人までしか侍従や侍女を付けてはならないとされている。五人の中ではマロリー・ラナベロー侯爵令嬢、ナヒド・ラジュ・シャズワン公爵、フレデリク・バートン準男爵の供のアリバイがないが、侍従や侍女が勝手に王族に歯向かったとは考えにくく、やはり首謀者はこの五人に絞られるということだった。


 ヴァレッドはその資料を見ながら廊下を歩く。

 隣にはティアナ、後ろには話を聞き胸をなで下ろすカロルとレオポールの姿があった。

 緊張が解けたせいか、久々の長旅だったためか。エリックとの謁見のあとダナは倒れてしまい、アンドニは部屋で彼女の看病をしている。

「下手人候補は全員で五人か。これはまた厄介そうなメンバーが揃ったもんだ……」

 ヴァレッドは眉間の皺を揉みながら、心底疲れたような声を出す。

 レオポールは後ろからヴァレッドの資料を覗き見し、これまた同じように難しい表情を浮かべた。

「状況的に犯人になり得そうな者達をピックアップしたという感じですかね。それにしてもこれはまぁ、どの方も面倒くさそうな方ばかりですね……」

「そうなのですか?」

「はい。特にこのナヒド公爵は面倒くささの極みですね。同じく公爵であるヴァレッド様を常に目の敵にしていて、国王様が進めようとしている民主化にも反対の立場を示しています」

「あと、サミュエル伯爵も食えない方だ。爵位自体はそうでもないが、彼が裏で率いている自衛団の規模は大きく、彼がにらみを利かせているおかげで隣国との戦争が起きてないとも言われている。おそらく、エリックが最も敵に回したくない貴族はこの人だろうな」

 資料を指先で弾きながら、ヴァレッドは苦々しくそう言う。

 隣を歩くティアナは今までの話を頭の中で纏めながら、小首をかしげた。

「この五人の方は全員、国王様が王宮に足止めをしているのですよね? でも、園遊会は一週間前の出来事ですし、盗んだ本人がもう玉璽を持っていないということもありうるのではないですか? 隠したり、人に渡したりした方が安心ですし……」

「王族と公爵家に堂々と喧嘩を売ってくる奴だ。逃げも隠れもしないだろう。玉璽も自身が持っているか近くに置いていて、こっちの動きもある程度予想してると思っていた方がいい」

 レオポールは後ろからヴァレッドの持つ資料を引き抜くと、片眼鏡を押し上げながら中身にじっと目を凝らした。

「この中でやはり一番怪しいのはナヒド公爵かサミュエル伯爵ですよね。残りのメンバーは後回しでいいかもしれません。特にフレデリク・バートン準男爵という名前はどこかで聞いたことがある程度ですし、無視してもよろしいかと……ん? フレデリク?」

「フレデリク・バートンか。俺もどこかで聞いたことがある名だな。フレデリク……フレデリク……。なんだか、腹が立つ名前だな。ムカムカしてきた」

 ヴァレッドが胸元を押さえながら心底嫌そうな顔をしていると、隣にいるティアナと、その後ろにいるカロルが互いに顔を見合わせた。

「……フレデリク・バートン……。ま、まさか」

「懐かしい名前ですわね! なんだか久々にフレデリク様にお会いしたくなってきましたわ!」

 頬を引きつらせるカロルとは対照的に、ティアナは嬉しそうに頬を桃色に染め上げている。

 その時だった。ティアナが前を見据えながら「あ」と溢し、立ち止まった。

 すると、前方からも同じように「あ」という声が聞こえてくる。

 ティアナの視線を辿るように、一行は前方へ視線を向けた。

 そこには茶色いフワフワの髪をした、可愛らしい青年がいる。

 ヴァレッドとは真逆で、中性的な顔立ちをした彼は、ティアナを見つけ嬉しそうに破顔してみせた。

「ティアナ!」

「フレデリク様、お久しぶりですわ!」

 まるで、離れ離れになっていた恋人たちの再会のように、二人は駆け寄って手を握り合った。

 その様子を見ながら、ヴァレッドはこめかみをひくつかせる。

「ティ、ティアナ、そいつは……」

「あ、はい。私の前の夫、フレデリク・バートン様ですわ!」

 その言葉を聞いて、ヴァレッドは思わず天を仰いだ。

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