6
〝べワイズ〟
その組織の原点は十数年前に東北の方で起きた内紛だった。
内紛といえば国内の小さな競り合いのように聞こえるが、正確にはジャスミン領で数年続いていた人種差別への抵抗運動が過激化したものだった。
ペイル人の特徴は銀髪に褐色の肌。砂漠の民とも呼ばれる彼らは、ジャミソン領の南にある砂漠で暮らしていた少数民族だった。
迫害されるに至った理由は、彼らの宗教観だ。
彼らは国教であるクリスエグリース教とは別の独自の神を信じていた。
クリスエグリース教は国教ではあるものの、ジスラール王国は他宗教を禁忌としていたわけではない。
しかし、ジャミソン領だけは違ったのだ。
ジャミソン領の隣にはクリスエグリース教の総本山、聖地と呼ばれる場所があり、当時のジャミソン領の領主は敬虔なクリスエグリース教徒だった。
彼はクリスエグリース教以外は邪教だと信じており、領主になってからクリスエグリース教を信仰しないペイル人を迫害し始めたのだ。
それに抵抗したのが、ペイル人だけで構成された組織、ベワイズだった。
彼らはジャミソン領主に迫害することをやめるよう抗議し続け、時には暴力に訴えることもあった。
これが内紛の正体である。
結果的にはベワイズの抵抗むなしく、ペイル人の殆どが住むところを奪われ散り散りになり、故郷と仲間を奪われる形になってしまった。
そして、残ったベワイズという組織がどういう理由か犯罪組織に変わり、ジャミソン領とドミニエル領でじわじわと勢力を伸ばしている、ということらしいのだ。
ジスの話を聞いたティアナは、ヴァレッドの隣で一つ頷く。
「つまり要約しますと、ジャミソン領での迫害に抵抗した人たちの残党がどういうわけか犯罪組織に変わり、そのままドミニエル領に流れてきたということですね」
「まぁ、そういうことですねぇ。ジャミソン領との関税が撤廃されている関係で、関所の警備が他のところより甘いですからねぇ。守っている本人達にはそのつもりはないのかもしれませんけど、蜜月である隣領地に無意識に便宜を図っているといった感じでしょう。微かな違和感を見逃してしまうぐらいには、交易路で繋がった三者の仲は良い。もちろんそれはジャミソン領やダウニング領の関所を守っている者達も同じですね」
ジスは何を見ることもなく、つらつらと膨大な情報を並べていく。
彼が得てきた情報をメモしないのは、情報屋としての矜持らしい。得た情報は決して他には漏らさない。自分の口も割らない。そうやって彼は情報に付加価値をつけてきたのだ。
ジスは続ける。
「簡単な話。商人の真似をすればジャミソン領からドミニエル領、そのままダウニング領まで行けちゃうって話です。もちろん、いくら警備が他より薄いからといって、違法な草やら武器やらを担いで持って入ったり出たりしてるわけじゃないでしょうけどね。関所を通るための書類の偽造ぐらいはしてるでしょう」
「交易のためにと整備した道を悪用された形になるな……」
苦々しくそういう彼を、ティアナはのぞき込む。
「ヴァレッド様はこれからどうしていくおつもりなのですか?」
「今のところは散らばっている小さな子組織を潰していくだけだな。大元の組織は未だジャミソン領にあるらしい。さすがにそこは彼らに任すしかないだろう。まぁ、要請はしてみるつもりではあるが……」
「一つお聞きしてもよろしいですか?」
そう手を挙げたのは夫婦の後ろに控えていたカロルだった。
「話を聞いていると、ジャミソン領の領主は割と最低なお方だと思うのですけれど、ドミニエル領が関税を撤廃するほど親しくしているのはなぜでしょうか?」
「外交の政治的判断に内政はあまり関係ない、というのが模範解答だがな。まぁ、その領主が存命で今もジャミソン領の領主なら、俺も色々考えただろうな」
「というと?」
首をかしげるカロルの問いに答えたのは、レオポールだった。
「その時の当主は、もう死んでいるんですよ。色々と噂は飛び交っていますが、暗殺されたのだろうともっぱらの噂です」
「暗殺……」
いつもより沈んだ顔で、ティアナは漏らす。
ヴァレッドはそんな彼女に視線を向けたあと、瞳を閉じ深く椅子に腰掛けた。
「噂に聞くとおりの人だったらしいからな、領地内では殺されても仕方がなかったといった感じの雰囲気だったらしい。調べにもあまり力が入ってなかったようで、下手人は捕まえられなかったらしいからな」
「それに、その方がジャミソン領の領主であったのはアンドニ様の代で、わずか三年の間だけなんです。その三年間はアンドニ様とも色々とあったらしいですが。ま、今に繋がっているので関係が断絶したというわけではないのでしょう。今のジャミソン領の領主はいい方ですよ。直接お会いしたことは数回しかありませんが、ヴァレッド様とは違い、とても手のかからなそうなお方でした!」
「おい」
レオポールの物言いに、ヴァレッドは半眼になりながら彼を睨みつける。
睨みつけられた彼はどこ吹く風といわんばかりの表情だ。
「ま、報告は以上になります。他にまた何かわかりましたらお知らせしますね」
その言葉で報告会はお開きになった。
ティアナとカロルはそのまま部屋を後にし、レオポールもアンドニの屋敷の家令に呼ばれて出て行ってしまった。部屋の中にはヴァレッドとレジスだけが残る。
ジスは窓の淵に腰かけながら、いつものような飄々とした声をヴァレッドに向けた。
「ティアナ様に、どうして黙っていたんですか?」
「なにがだ?」
「ジャミソン領とドミニエル領の関係ですよ」
笑みを浮べる彼は、どことなく底が知れない雰囲気を醸し出していた。
「旦那のお母様の故郷らしいじゃないですか。そして、暗殺されたジャミソン領主はあなたの遠縁にあたる方。だから、二つの領間ではいろいろあったけれど、関係断絶とまでは行かなかった」
「……本当にお前は優秀な情報屋だな」
ヴァレッドは渋い顔で彼の情報を肯定する。
ジスは目を細めながらからりとした笑みを向け、足を組み直した。
「見直してくれました? いい情報屋でしょう、俺」
「あぁ、そうだな」
ヴァレッドはソファーに座り直し、長いため息を吐く。
そして、先ほどよりも数段低い声を出した。
「ティアナに言わなかったのは、それが今後必要になる情報だと思わなかったからだ。あの女の出自など、今の俺には関係ない」
「それが、そうでもないかもしれないんですよねぇ」
「どういうことだ?」
「いや、まだ不確定の情報なんですが……」
ジスが言葉を発した瞬間だった。
けたたましい音を響かせ、部屋の扉が開いた。
二人は驚きの表情で扉の方を見つめる。
そこには額から冷や汗を垂らしたレオポールの姿がある。
「ヴァレッド様、大変です!!」
「なんだ、騒々しい!」
「国王様から呼び出しがありました!」
「は?」
いつも以上に間抜けな音が出た。
それもそうだ。国王とヴァレッドは旧知の仲で、個人的な呼び出しなど珍しくない。
冗談半分、からかい半分のような手紙なので、断ることもしょっちゅうだ。
しかし、レオポールの焦りようは、そういう手紙をもらったにしては異常だった。
「違うんです! いつもののほほんとした書簡ではなく、正式な書状です! 命令です! 呼び出し命令です! ヴァレッド様、何か変なことしたんじゃないでしょうね!?」
正式な書状での呼び出しということで、ヴァレッドの背筋は伸びる。顔はわずかに強張っていた。
それもそうだ。貴族が正式な書状で国王に呼び出されるというのは、その大体が国に背くような犯罪を起こした場合である。
つまり、断罪されるために呼ばれるのだ。
「呼び出されたのは俺だけか?」
「ティアナ様、アンドニ様、ダナ様も一緒に呼び出されています。書状はこちらの屋敷と、シュルドーの城に送られているみたいです。こちらがその書状です。先ほどマルコさんに貸していただきました」
マルコというのはアンドニの屋敷の家令の名だ。
どうやら先ほど呼び出されたのは、これが原因だったらしい。
レオポールの顔は青く、今にも倒れてしまいそうだ。
「ど、どうしましょう?」
「どうしましょうも、こうしましょうも、これは行くしかないだろう! あぁ、くそっ!」
ヴァレッドは苛立たしげに髪の毛をかき混ぜた。
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