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 牢屋の鍵は意外にも早く見つかった。幸いなことに足枷は嵌められてなく、ティアナとヒルデは協力してその女性を牢屋から出すことに成功した。彼女の服は真っ白な布のような物一枚で、二人はそんな彼女にヒルデが脱ぎ捨てたドレスを着せ、ハンカチで顔を拭った。それでも彼女は目覚めない。彼女はただ息をしているだけなのに辛そうに眉を寄せていた。

「これからどうしますか? こうして捕らえられていたということは、彼女の顔は相手にバレているということでしょうし、何食わぬ顔で出て行くのは、もう正直無理ですよ。窓を破っての強行突破か、敵をなぎ倒しながらの正面突破か。どちらにせよ力ずくの方法しかありません」

「レオポール様やカロルのような、外の人との連絡を取る手段はありませんか?」

 ティアナの言葉にヒルデは緩く首を振る。

「明日の朝までに私達が戻ってこなかったら、兵を向けてくださる算段になっていますが、連絡は取れません。父様の率いる兵達が近くで待機してくれているので、何かあったら駆けつけてはくれますが、それこそ盛大な狼煙でも上げないと難しいでしょうね……」

 ヒルデの厳しい言葉にティアナはしっかりと頷いた。そして、傍らで横たわる彼女に視線を移してから、ヒルデに視線を戻す。

「わかりました。それならば最後の手段です!」

「なんですか?」

「ヴァレッド様達と合流しましょう! このまま私達だけで考えても仕方がありませんわ! ヴァレッド様にご迷惑をおかけするかもしれませんが、彼女の命を守るためです!」

「……まぁ、それが妥当ですね」

 ヒルデもそう思っていたのだろう。ティアナのその提案に彼女は渋々ながらも頷いてくれた。

「それでは、彼女は私が連れて行きますわ! ヒルデさんは辺りの警戒をお願いします!」

「わかりました。もうオークションが始まる時間なので、廊下やそれ以外のところにも人はいないと思いますが、十二分に警戒を。合流してからのことは合流してから考えましょう!」

 そうして、簡単な段取りを終わらせ、ティアナが女性を背負った瞬間、石同士が擦れるような歪な音が響いて二人が先ほど通った扉が開いた。そして、しっかりとした正装をした男が入ってくる。その男は三人の姿を見るなり、目を見開いた。

「お前達、どこからっ!! くっそ、鼠だっ! 鼠がぁ……っ!!」

 その言葉を言い終わる前に、ヒルデが男に突進をし、彼を沈める。ヒルデは鞘に入ったままの短剣二本を構えながらティアナに叫んだ。

「ティアナ様! 出てください! 今すぐっ!」

 その言葉にティアナは男を踏みつけながら飛び出した。廊下の端からは先ほどの男の声を聞きつけてやってきたのか、人影が見える。ティアナはその逆方向へ走り出した。その後ろからヒルデもついてくる。

「あぁ、もう最悪です! 絶対兄様に怒られる!! これ以上怒られないためにも、ティアナ様は守らなくてはっ! ――っ!!」

 追いついてきた男を沈めながらヒルデは泣きそうな声色を出す。ティアナは女性を背負いながら、必死にオークション会場であるホールへと歩を進めた。


 ホールは走れば数分もかからない場所にあった。ヒルデは扉を蹴破るとティアナを誘導する。

「木を隠すならなんとやらです! これだけの人がいれば、私達を見つけるには時間がかかるでしょう。その間に兄様達を見つけるんです! ほら、ティアナ様、早くっ!」

「はいっ!」

 ティアナはそう返事をして、人の間に身を滑り込ませた。

◆◇◆


 ヴァレッドが到着したときには、もうホールの中は異様な熱気に包まれていた。椅子などはなく、全員が総立ちで舞台の上を見上げながら指を掲げ、商品の値段をつり上げていく。舞台の上には司会をする男性とそのアシスタントに女性が二人立っていて、次々と美術品や違法な薬物、武器などを紹介していた。たまに希少な動物や珍しい色の人間の目玉や髪などを取引する場面もあり、それを大勢の人が高値で競っていく様は、目を覆いたくなるほどだった。

 ヴァレッドは苦虫をかみつぶしたような表情でその会場をじっと観察する。隣を見ればハルトも同じような表情で辺りを観察していた。

「連れてきた俺が言うのもなんだが、見たくないなら目を逸らしていても良いぞ」

「大丈夫です。このぐらいのことは覚悟していました。それよりも、この規模の闇オークションを取り締まるとなったら我々が連れてきた兵とここに常駐している兵だけでは足りなさそうですね。今日帰ったら援軍を頼んできましょうか? ここなら王都の方が近いですし、ヴァレッド兄様が書状を書いてくださるのなら国王様からでも兵を借りてきますよ」

「本当にお前達は可愛くない育ち方をしたな」

「は?」

 ヴァレッドの言葉にハルトが怪訝な顔をする。ヴァレッドはそのハルトの顔を見ながら苦笑した。

「いや、変な意味じゃない。優秀すぎて可愛くないと言いたかったんだ。……そうだな、頼む。敷地がそこまで広いわけではなさそうだからな、あと五十人もいれば取り締まれるだろう」

「わかりました。後ほど書状をお願いします。……それと、俺はどうかわかりませんが、姉は十二分に可愛い育ち方をしていますよ」

「そうか?」

 そんな会話を交わしたとき、突然扉が音を立てて開かれた。そしてヒルデが真っ先に飛び込んでくる。次いで何かを背負ったティアナも。彼女たちは扉を閉めると階段を駆け下り、すぐさま人混みに紛れてしまった。

 その光景を唖然とした表情で見ていたヴァレッドは、頬を引きつらせながら頭を抱えた。

「あいつら、何してるんだ!」

「ほら、うちの姉は可愛いでしょう?」

「それどころじゃない! 早く二人を探すぞ!」

 ヴァレッドがハルトにしか聞こえないぐらいの小さな声でそう言うと、まるでヒルデ達の後を追うように正装した男達が会場に飛び込んできた。その男達はどれも褐色の銀髪だ。

 ヴァレッドはその光景に頭を抱えると、唸るようにハルトに声を掛けた。

「五十人の援軍も、常駐してる兵もとりあえずなしだ。ここからは四人でなんとかするぞ」

「はい」

 ハルトの切れのよい返事に、ヴァレッドは外套の下の剣をしっかりと確かめた。

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