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「とりあえずはなんとかなりましたね。とは言っても、一時的に撒いただけなので、すぐに見つかってしまうかもしれませんが……」

「そう、ですわね」

 肩で息をしながら、ティアナはそう返す。

 舞台の商品を見ているのか、舞台の前で競っている人を見ているのか、周りにいる人々はティアナ達が滑り込んでも、視線を一度投げてきただけで全く感心を示さない。

 目立つからというヒルデの指摘により、ティアナは背中で眠る彼女を側に置いてあった箱の上に座らせると、ぐるりと視線を巡らせた。

「とりあえず、ここからヴァレッド様を見つけないといけませんね」

「そうですね。今の騒ぎで気付いてくれていると良いのですが……。それとティアナ様、これだけの人です。私も警戒はは怠りませんが、ご自身でも十二分に警戒なさってください」

「はい! もちろんですわ!」

 ティアナがそう言いながら小さくガッツポーズを掲げたとき、いきなり彼女の肩は何者かに捕まれた。その感触に思わず悲鳴を上げそうになるが、その悲鳴も後ろから伸びてきた手によって防がれてしまう。

 ティアナはなんとかその手から逃れようと身を捩るが、先ほどまで肩に置いてあった腕を身体に回されて、全く身動きが出来なくなってしまう。

「んー!」

「こら、騒ぐな。俺だ」

 耳元で囁かれた声にティアナははたと動きを止める。その聞き覚えのある声に振り向けば、そこには機嫌の悪そうなヴァレッドがいた。

「どうしてこんなところにいる。帰れといったはずだろう」

 小さな声だが、それでも責めるような声色に彼女はきゅっと身を縮こませた。

「すいません。途中で捕らえられているこの方を見つけたものですから……」

 ティアナがぐったりとしている女性に視線を向けると、その後を追うようにヴァレッドも彼女に視線を向けた。そうして痛ましそうな顔をする。

「……人助けか。君はつくづく人のことばかりだな。自分が危険な目に遭うのは解りきっていただろうに……」

「それでも放ってはおけませんわ。でも、すみません。ご迷惑をおかけしてしまいましたね……」

 しゅんとうなだれるティアナの頭を、ヴァレッドは優しく撫でる。

「責めているわけではない。君のそういうところは美徳だと思っている。それに今回は俺を頼ってここまで来たのだろう? それならば、まぁいい」

 その言葉にティアナは胸に手を置きながら嬉しそうに「ありがとうございます!」返事をする。

 しかし、そんな和やかな雰囲気も一瞬のことだった。

「ご夫婦で仲良くしているところ申し訳ないですが、どうやら見つかってしまったようですよ」

 ハルトの冷静な声色にヴァレッドは視線を巡らせる。すると、ヴァレッド達に気がついただろう男が応援を呼ぶかのようにそそくさとオークション会場を後にする姿が見て取れた。

「このままここにいるのは得策ではありません。直に相手の応援が来るでしょう。しかし、廊下に出ても前と後ろを塞がれて一巻の終わりです。どうしますか?」

「……そうだな……」

 ハルトの問いにヴァレッドは眉を寄せながら口元に手をやった。

 正直な話、このままホールに留まるよりは、一か八かでも廊下に出て正面突破する方が良い。しかしその場合、上手くこの場は切り抜けられても、オークションの主催者は逃げてしまう可能性が高いだろうし、証拠だってもみ消されるだろう。外で待っている兵に何かしらで連絡が取れれば話は別だが、四人で出来ることなどたかがしれているので、選択肢としては一つしか無いのも当然なのだが、それでもヴァレッドは迷ってしまう。

 そんな時、ヴァレッドの真後ろにいた男が急に五人の中に割り込んできた。

 背の高いトップハットにイブニングコートを着込んだその男性はにんまりと笑いながらその場にいる者にしか聞こえない声を出す。

「三十秒後に耳と目を塞いで、屈んでくださいな。大ボスのところへは、そこから俺が案内しますから……」

「は?」

「それでは。いーち、にーい……」

 『さーん』まで数えた後、その男はいきなり走り出して舞台の上に上がった。そして、司会者の男を押しのけてトップハットとイブニングコートを取り払う。

「あいつ……」

「ジスさん?」

 ヴァレッドとティアナが、その男の姿に同時に声を上げる。そこにいたのは、いつもと変わらない笑みをたたえたジスだった。いつもの派手な服装ではなく、サングラスもしていないが、見間違えるはずもない。

 そんな彼は威風堂々と観客の前で一礼した。そして、声を張り上げる。

「今日は皆々様のために、素晴らしい余興を用意して参りました! それではお楽しみを」

 その瞬間、ティアナとジスの視線が合う。そうして、ジスがウィンクをした瞬間、ティアナは叫んだ。

「耳と目をっ!」

 その声にヴァレッド達は弾かれるようにその場に屈んだ。そうして耳と目を反射的に塞ぐ。ティアナは側にいた女性を引きずり下ろし、守るように抱え込んだ。

 その一秒後、鋭い光を放ちながら舞台の後方がはじけ飛んだ。




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