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「はぁあぁ!? なんなんですかアレ! なんなんですか!?」
そう叫んだのはティアナの隣にいるカロルだった。ティアナ本人よりも驚愕に目を見開いて、わなわなと震えている。その一歩前ではヒルデが難しい顔をしてヴァレッドの姿をじっと見つめていた。
「どうやら兄様で間違いがないようですね。それにしてもあの女性は……? ヴァレッド兄様の女嫌いが治った? いやまさか、そんなはずは……」
「そんなものどっちでも良いですわよ! 何にしてもあの人が仕事だと嘘をついて、ティアナ様とは違う女性を連れていることは確かです!! ティアナ様! 今なら間に合います! 止めに行きましょう!」
カロルが騒ぎながらヴァレッド達の方を指す。幸いにも人通りが多い通りで、歌劇場入り口までの距離も遠い。カロルの声はヴァレッド達に届くことなくかき消された。
ティアナはそんなカロルの言葉に困ったような顔をして緩く首を振る。
「いいえ。ヴァレッド様達の楽しみを邪魔は出来ませんわ」
「ですが! だって、元々は……っ!」
まるで信じられないようなものを見るような目で、カロルはティアナを見つめた後、まるで懇願するかのようにそういった。しかし、ティアナはそんなカロルに薄く笑ってみせる。
「私のために怒ってくれてありがとう、カロル。でも、私は大丈夫よ。元々そういう約束ではなかったのですし、私は外からでも、こんな大きな歌劇場を見れて幸せですわ」
「でも、あんなに楽しみにされておられたのに……。ドレスだって、何時間も迷って……」
笑顔を作るティアナにカロルはそう言い募る。しかし、ティアナは再び首を横に振っただけだった。
「仕方ないわ。ヴァレッド様のお時間をどう使うのかはヴァレッド様が決めることですもの。誰とどこに行くのかも自由ですわ」
「愛人、ですかね」
「ヒルデさん!!」
ヒルデの口から零れた呟きにカロルが即座に反応する。ティアナは困ったような笑みで一つ頷いた後、彼の後ろ姿をもう一度みた。
ヴァレッドとその女性は仲睦まじげに腕を組むと建物の中へ消えていく。
「そうかもしれないわね。……本当にヴァレッド様はお優しくて、素敵な方ですわ」
「どこが……」
「だって、私が傷つかないように配慮をしてくださったんですもの。別の方と行く、と一言で済ませても良かったはずですのに……」
そう言った後、ティアナは一瞬だけ自分のつま先に視線を落とした。しかしすぐ、その顔は跳ね上がる。そこにはいつも通りのティアナがいた。
「さ、気分を変えましょう。私、もっと見て回りたいところがありましたの! 行きましょう!」
くるりと方向転換をしてティアナは歩き出す。その後ろを納得のいってないカロルと思案顔のヒルデがついていくのであった。
◆◇◆
「今日はヴァレッド様はお泊まりですよ。あれ? 聞いていますよね?」
いつもの夕食の席、ヴァレッドが未だに帰っていないことを不思議がったティアナに、レオポールはさも当然といった顔でそう言った。
夫婦が食事をする部屋とその他の者が食事をする部屋は別れていて、広い一室にはティアナとカロル、そして様子を見に来たレオポールしかいない。その食事をするには広い一室は、レオポールの言葉で短い沈黙に包まれた。
「あんの男っ!」
その言葉に即座に反応したのはやはりカロルだった。彼女は目を血走らせ、顔を真っ赤に染め上げる。そんなカロルにレオポールは少し青ざめ頬を引きつらせた。
「どうしたんですか、カロルさん? え、もしかしてヴァレッド様、ティアナ様に何も言ってないんですか?」
ティアナはその問いに困ったように笑った後、「今聞いたので、大丈夫ですわ」と笑顔で返した。その顔に小さく唸っていたカロルも黙る。
レオポールはその状況にしばらく頭を抱えていたが、やがて逃げるようにその場を後にした。
ティアナは一人っきりの食事を終わらせると、いつものように部屋に戻る。そうして、部屋の前で心配そうなカロルに満面の笑顔をみせた。
「カロル、聞いて! 今日は広いベッドを独り占めよ! すごく楽しみだわ!」
「……良かったですね」
「えぇ、とっても!」
まだ不機嫌そうなカロルにティアナはそう微笑みかける。するとカロルはティアナをじっと見つめて、消え入りそうな声をだした。
「……ティアナ様、無理はしておられませんか?」
「あら? どうして?」
「最近のティアナ様はヴァレッド様と居られるとき、本当に楽しそうで……。なので、今回のことで胸を痛めておられないかと、心配で……」
まるで自分が傷ついたかのようにカロルは顔を歪める。その悔しそうな彼女の肩にティアナはそっと手のひらを置いた。
「心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ。なんとも思っていない、と言ったら嘘になるけれど、仕方がないことだって思っているわ」
その言葉にカロルは顔を上げる。
「それに、二度目ですもの。もう慣れてしまったわ」
以前の結婚のことを言っているのだろう。ティアナのその言葉にカロルは一瞬泣きそうな表情を浮かべた。
「今日はありがとう、カロル。明日もよろしくお願いしますわ!」
明日からはヴァレッドと過ごせるかもしれない。そうはしゃいでいた今朝のティアナの姿はもうそこにはなかった。 ティアナはそのままカロルから背を向けて、部屋に入る。
そして、広い部屋を見渡して苦笑いを浮かべた。
「カロルにはああ言ってしまったけれど、この部屋はやっぱり一人では広すぎますわね」
そう零した直後、ティアナの脳裏にヴァレッドと藍色のドレスを着た女性がちらついた。ティアナが着たくても諦めてしまった紺色のドレス。それが似合う女性がヴァレッドと腕を絡めている姿は、さながら【魔法使いと異国の姫君】の挿絵のようだった。
ティアナは胸元から鎖をたぐり寄せ、目の前にヴァレッドから貰った指輪を掲げた。
「……羨ましいと思ってしまうのは、きっと今までの私が強欲だったせいね。私は別にヴァレッド様の特別ではないのですものね」
その呟きは視線の先の地面に落ちた。
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