19

 ヴァレッド達が借りた宿は三階建てのそれなりに大きなものだった。白い柱がむき出しになったようなデザインで、全体的に華美。内部にも至るところに緻密な彫り細工や金の装飾が施してあり、ホールの天井からは大きなシャンデリアがつり下げられている。もはやその佇まいは宿というより、大貴族の屋敷と言っても過言ではないほどだ。

 ティアナはそんな華美な宿のシャンデリアを見上げながら少し呆然としていた。それもそうだろう。その宿は彼女の実家よりも明らかに大きくて豪奢な屋敷だったからだ。もちろんティアナの実家も伯爵家ということでそれなりには大きい。しかし、彼女の両親は特に贅を好むというわけではなかったので、他の伯爵家と比べると少しこじんまりとした屋敷だった。

 ヴァレッドは呆けるティアナを横目で見ながら片眉を上げた。

「どうした? 何か気に入らなかったのか?」

「いいえ! ですが、すごく大きなお屋敷でびっくりしてしまいまして……。いえ、ヴァレッド様のお城の方が大きいのはわかっているのですが、なんといいますかきらきらとしていて……」

「まぁ、お城の方は大きいですが地味ですものね。全体的に黒っぽいですし、装飾もあまり凝っていませんし……」

 隣にいるカロルも同じような顔でシャンデリア見上げながらそう零す。

 ヴァレッドは眩しそうに目を細めるティアナと真上のシャンデリアを交互に見たあと、小さく首を捻った。

「君もやはりこういう華美な装飾が好きなのか?」

「えっと、確かに綺麗なものは好きですが、これはなんだか目が痛いです。私はヴァレッド様のお城の方が落ちつきますわ!」

「そうか」

 ティアナの答えにヴァレッドは口の端を僅かに上げて嬉しそうな顔をした。

 その時、ホールに繋がる階段の先から、帰ってきた一行を迎える声がした。

「あ、お帰りなさいませティアナ様、ヴァレッド兄様。お父様も!」

 声の先にいたのは機嫌の良さそうなヒルデだった。彼女は部屋割りで使っただろう紙を手に持ったまま、にっこりと微笑む。

 そして、一行の元まで駆け足でやってきた。

「たった今、部屋割りと荷物の運び入れが終わりました。西館は我々の貸し切りだそうです。警備のことを考えて居室は二階と三階になります。一階は警備の控える部屋と物置です」

 そう言いながらヒルデはヴァレッドに手に持っていた紙を差し出した。

「こちらが部屋割りです。もう荷物は運び込んでしまっているので変更はなしでお願いします。ティアナ様とヴァレッド兄様のお部屋は見晴らしの良い角部屋にしてみました」

 ヴァレッドはその紙を受け取り、そして固まった。ティアナもヴァレッドの脇からその紙を覗き見て「まぁ!」と嬉しそうに声を上げる。

「ヒルデ! こ、これはどういうことだ!? なんで俺とティアナの部屋が一緒に……っ!」

「ご夫婦なので当たり前かと。それにティアナ様のお話から察しましたところ、お二人はつい最近親密な関係になられたご様子。なので問題はないと判断しました」

「問題大ありだっ! お前は勘違いして……」

「ヴァレッド様とお泊まり会です!」

 ヴァレッドの言葉を遮るようにして、ティアナは手を打ち鳴らし、嬉しそうにそう言った。これ以上ないほどの笑顔にヴァレッドはぐっと言葉を詰まらせる。

「ヴァレッド様、前にお泊まり会をしたいといっていたのを覚えてくださっていたのですね! ありがとうございます! とても、とても、嬉しいですっ!」

「いや、俺は何も……」

「では偶然ですか? それでも嬉しいです! あぁ! カロルとレオポール様もご一緒しませんか? あの時は四人で、とお話をしていましたよね? 私、すっごく楽しみにしていましたの!」

 前に伏せていた時の話を思い出したのだろう。ティアナは興奮したように小さく飛び跳ねながら、喜びを全身で表している。

 急に話を振られたカロルとレオポールは互いに目を合わせると同時に首を横に振った。

 その瞬間、ヴァレッドの鋭い声が二人に飛んでくる。

「おいっ! せめてお前達は来いっ! 二人っきりにさせる気かっ!!」

「ヴァレッド様も四人でお泊まり会をした方が楽しいと思っておられるのですね! 嬉しい!」

「違う! が、今日はそういうことでも良い!! 良いからお前達も来いっ! このままじゃ、いつものごとく押し切られるっ!」

 まるで助けを求めるようにヴァレッドは叫ぶ。しかし、その願いをぶった切ったのはヒルデの冷静な声だった。

「皆様、そんな約束をしていたのですか? ですが、すみません。この部屋のベッドはお二人用となってるのです。詰めれば三人ぐらいは寝れますが、四人は難しいかと……」

 その声にティアナはしゅんと項垂れ、ヴァレッドは頬を引きつらせた。

「そうなのですね……」

「ちょっとまて! 今の話だとベッドが一つのように聞こえるんだが!?」

 ヒルデの言葉にヴァレッドはこれでもかと狼狽えた。しかし、そんなヴァレッドの様子は関係ないというかのように、ヒルデは淡々と言葉を返す。

「はい。ご夫婦の寝室なので当たり前ですよ。ちなみにササイズはキングです」

「サイズはどうでも良い! お前は俺にティアナと二人っきりで、しかも同衾しろというのか!? 俺がどれだけ女嫌いか、お前も知っているだろう!?」

「ですが、馬も一緒に乗っていましたし、ティアナ様は他の女性の方とは別ですよね?」

 ヒルデの当たり前の指摘にヴァレッドの額からは冷や汗が流れ落ちる。

「た、確かに別だが……!! それなら、お前はティアナが危険だとは思わないのか!? 俺は神に誓って彼女に何もする気はないが、俺たちは一応若い男女だぞ! 何か間違いでも……」

「ご夫婦なので何も問題はないかと」

「う……」

「ド正論ですわね」

「まぁ、今までの寝室が別だった方がおかしかったわけですしね」

 二人のやりとりにカロルとレオポールは思わずそう零した。

 確かに、新婚旅行にもかかわらず夫婦の寝室が別々なのはおかしな話である。ヴァレッドもそれは重々わかっているのか、ヒルデのその言葉に動揺を隠せないでいた。

 あまりのヴァレッドの嫌がりように、ヒルデは小さく首を傾げる。

「……というか、ティアナ様と同室、そんなにお嫌なのですか?」

「え?」

 その言葉にいち早く反応したのはティアナだった。彼女は花のように咲き誇っていた笑顔を一瞬で収め、まるで捨てられた子犬のような瞳でヴァレッドを見つめた。

「ヴァレッド様は私とのお泊まり会をしたくないのですか?」

「い、いや、君とのお泊まり会がいやというわけではないのだが……」

「では、私に至らぬ点がありましたか? それとも、ご迷惑……」

「そんなわけないだろうっ!」

 ティアナの赤茶色の瞳が潤んだ瞬間、ヴァレッドは反射的にそう言い放っていた。そして、しまったと口を押さえる。

 しかし、そんなことをしても放った言葉が返ってくるはずもなく、ティアナはまたも一瞬で大輪の花を咲かせた。

「ヴァレッド様、四人から二人になってしまったのは寂しいですが、一緒にお泊まり会楽しみましょうね!」

 ヴァレッドはその言葉に思わず頭を抱えるのだった。




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