18

 ティアナたちが城を出てから早六日。

 予定より二日ほど遅れて、一行は目的地であるファインツフォルストに到着した。

 その名の通り、ファインツフォルストは高台の上にあるような街で、その街に辿り着くまでには舗装の行き届いてない急な上り坂を登らなくてはいけない。道幅だけは大きいので馬車でも余裕ですれ違うことが出来るが、急勾配が長く続くので車を引っ張る馬も疲れてしまうような道だ。

 そんな行き来のしにくい街であるにもかかわらず、街の中は活気に満ちあふれていた。街の中心の大通りには露店が建ち並び、鉄鉱石を採掘する際に出た希少な鉱石が通常の半値ほどでたたき売りされている。

 建物はどれも背が高く、重厚で、洗練されていた。外から来る者が多いからか宿屋や土産物屋が多く、その裏の道には色街が広がっている。街の中心にある広場には大道芸人が大勢の観客に取り囲まれていた。

 そんな街を象徴するのは高台の街でも、一番高いところに鎮座してある歌劇場だろう。太い磨き上げられた石の柱に等間隔に並ぶ蒲鉾型の窓。大通りに面した正面入り口には演目内容が書かれた横断幕が堂々と掲げられていた。

 ドミニエル夫妻と、ジルベールとカロルの四人はあらかじめ取っていた宿屋に荷物を任せ、街の中を散策していた。

「素敵ですわっ! 本当に、素敵っ!!」

 喜色に染まった声を上げながら、ティアナはくるりとその場で回ってみせた。その後ろを歩いているカロルも感心したような声を出す。

「鉄鉱石が取れるところと聞いていたので、てっきり鉱山みたいなものを想像していたのですが、これは意外ですわね」

「鉄鉱石の採掘は確かにこの街の重要な産業だが、それと同じぐらい観光にも力をいているからな。先ほど聞いた話によると、採掘の際に掘り当てた鍾乳洞なんかも見て回れるらしいぞ。ティアナ、あととで行ってみるか?」

 ヴァレッドがそう問いかけると、ティアナの顔がぱぁっと明るくなる。しかし、ティアナが答える前に、二人の間にカロルが割って入った。

「ヴァレッド様、距離が近くありませんか? もう少しティアナ様と離れてくださいませ!」

「は?」

 凜とした瞳でまるで主人を守るようにその場に立つカロルを、ヴァレッドは訝しげに見つめる。しかしそんな視線に怯むことなく、カロルは彼を睨みつけた。

「ヴァレッド様は有名な『女嫌い』だったのでは? 最近、ティアナ様と仲良くしすぎじゃありませんか?」

「別段仲良くしているつもりはないが、夫婦が仲が良いのは良いことだろう? それに、俺はティアナを女として見ていない。仲が良いように見えたのなら、それは友情の類いだ」

 さらりとそんなことを言うヴァレッドに、カロルは顔を赤くさせて肩を怒らせた。そして、ヴァレッドに近づき彼にしか聞こえない声で低く唸る。

「友情!? 獣のようにティアナ様を襲っておいてその言いぐさですか?」

「獣? なんの話だ? というか、最近君は俺のことを敵視しすぎじゃないか? あと、近いのは君の方だろう。君の声は耳につくんだ。離れてくれ」

 いきなり睨み合いを始めてしまった両者に、ティアナとジルベールは目線を合わせたまま同時に首を捻った。その間にも二人の舌戦は白熱していく。

「しらを切るつもりですか!? あんなことをしておいて! あんなことをしておいて!!」

「しらを切るも何も、そもそも言っている意味がわからない。いい加減離れろ。君にそこまで許した覚えはない」

「私だって何もするなと言ってるんじゃないんです! 時と場所を考えろと言ってるんです!! 最初があんなところだなんて、ティアナ様がお可哀想でっ! お可哀想でっ!!」

 袖で涙を拭ってみせるカロルに、ヴァレッドはこれでもかと眉間の皺を深くする。

「俺は最近、ティアナを泣かせるようなまねはしていないつもりだが?」

「その無自覚が余計にいけないんですよっ!」

「なんだかお前、レオに似てきたな……」

「あ、呼びました?」

 カロルとヴァレッドの言い合いに割り入るようにして、聞き慣れた明るい声が耳朶を打った。四人が全員声のした方向を向く。その視線の先には紙袋いっぱいにお土産を詰めたレオポールの姿。その後ろには馬を引いたハルトがいた。

「レオ! 今来たのか」

「もー。いきなり呼び出されるからびっくりしましたよ。しかもハルトさん、ほとんど休みなく馬を走らせるんですから、ほとほと疲れました!」

 旅の疲れを感じさせるような声だが、その手に持っているお土産の量ではどうも説得力が薄い。ヴァレッドとカロルが無言でその紙袋を見つめていると、ツンと顎を逸らしたレオポールが拗ねるような声を出した。

「どーせ、何か問題が起こったんでしょう? 休みを返上してこうして参ってきたんですから、このぐらいは楽しまさせていただかないと」

「レオポール様、少しこちらへ」

 ニコニコと機嫌が良さそうに笑うレオポールの袖を、カロルが引っ張る。そして、二人は小道の奥に消えていき、

 数分後――

 カロルはとんでもない顔色をしたレオポールをつれて帰ってきた。

 青黒い顔をしたレオポールはカタカタと小さく震えながら口元を押さえてしまっている。そして、弱々しい笑みを浮かべながら、ヴァレッドに今まで聞いたことのないような低い声を響かせた。

「さすがにお説教です。ヴァレッド様」

 その瞳はどこからどう見ても笑っていなかった。

◆◇◆


「勘違いだったのですね。良かったです」

「ほんっとびっくりした。寿命が縮まったかと思った」

「当たり前だろう! お前達はどういう勘違いをしてるんだ!!」

 ほっと胸をなで下ろす両名に怒鳴るヴァレッド。その後ろではジルベールに耳を塞がれたティアナがきょとんと首を傾げている。ハルトは馬を置きに一人だけ早く宿屋に帰ってしまっていた。

 五人は大通りから外れた人通りの少ない広場でそんなばかげた話し合いを繰り広げていた。

 ちなみに、ティアナの耳が塞がれているのは、カロルたっての希望である。

「俺が女と寝るわけがないだろう! 考えただけでぞっとする! 気持ちが悪いっ!!」

「ティアナ様を指して気持ちがわるいとはなにごとですか!?」

「ティアナを指したんじゃない! 行為そのものを指したんだ!!」

 またも始まったカロルとヴァレッドの言い合いにレオポールがまぁまぁと二人をなだめに入る。

「カロルさんもヴァレッド様も落ちついて。カロルさんもヴァレッド様の女嫌いを舐めてもらっては困りますよ。この人の女嫌いは筋金入りなんですから」

「レオポール様だって話を聞いたときに信じていたじゃないですか」

 口を尖らせてそういうカロルにレポールは気まずそうに視線を逸らした。

「まぁ、もしかしたら、という想いもありましたし……」

「何が『もしかしたら』だ! そんなことは絶対に起こりはしない!!」

「ですよねー」

 安心したのかがっかりしたのか微妙な声色でレオポールは頷いた。その頷きを確認してから、ヴァレッドはカロルに視線を移す。

「それで、お前の他に勘違いしているやつはいないんだろうな?」

「ヒルデさんとも一緒に話を聞きましたけれど、勘違いしているかどうかは……」

 そう言葉を濁したカロルにため息をついて、ヴァレッドは視線をジルベールに向けた。

「ヒルデは今何をしている? 勘違いしているのなら早めに正しておかないとな……」

「宿屋で部屋振りをしているところですよ。丁度良いのでもう帰りましょうか?」

 そう言って笑うジルベールの背中にはもうすぐ沈みそうな夕日が見えた。

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