09
「引き離す、ですか?」
ティアナのその呟きに、変な勘が働いたレオポールがすかさず口を挟む。
「ジルベールさんは大変奥さん想いの愛妻家だそうですよ! ティアナ様!! 決して、決して、ジルベール様とヴァレッド様は変な関係ではありませんからねっ!」
ジルベールがかつての自分と同じ位置に納まりそうな予感がしたのだろう。レオポールのその必死な言葉にティアナは首を傾げた。
「変な関係? お二人はとても良い主従関係だと思ってたのですか、それ以外の関係があるのですか?」
「ただの主従関係ですっ!」
自分の早とちりを勢いよく訂正して、レオポールは息をついた。そんな彼を冷めたような目で見ながら、ヒルデは仕切り直す。
「奥様であるティアナ様の進言なら、ヴァレッド兄様も多少は聞いてくださると思うんですっ! ですからっ!」
「頼ってくださるのは嬉しいのですが、ヴァレッド様がお決めになっていることなら、私が口を出すことは出来ませんわ。ごめんなさい」
困ったように眉をハの字にさせて、ティアナは謝る。その言葉にヒルデは眉を顰めて視線を下げた。
「やっぱりお飾りの奥方じゃダメか……」
「え?」
「何でもありません」
ヒルデが気落ちした声でそう言ったとき、聞き慣れた声がティアナの耳朶を打った。
「そんなところで何を騒いでるんだ。ティアナ、荷物は積み終わったのか?」
騒ぎを聞きつけたのか、お忍びで街におりるときの格好でヴァレッドが歩いてきた。その隣には顎髭を生やした体躯のいい壮年の男性がいる。ヒルデはその姿を見止めると、途端に明るい表情になり、彼に駆け寄った。
「お父様っ!」
「ヒルデ、ちゃんと挨拶は出来たか?」
ジルベールは駆け寄ってきた娘に少しだけ眉を下げながら、確かめるようにそう聞いた。
「もちろんです! それに、お父様とヴァレッド兄様を引き離してくださるようにと、ティアナ様にも頼んでいたところです!」
「お前な……」
ジルベールは角刈りの頭を抱えながら肩を落とした。
「悪いが、もう当分ジルベールは借りるつもりだからな」
「ヴァレッド兄様……」
口をへの字に曲げて、ヒルデがヴァレッドを睨む。そんな彼女の頭をぽんぽんと叩くようにして撫でて、ヴァレッドはティアナの方まで歩いてきた。
「ヴァレッド様、今日はそちらのお召し物なのですね。とても素敵ですわ!」
シャツに青いベスト、茶色いズボンに馬を駆るときのブーツ。腰に差している剣だけが上物そうだが、他はいつも着ている服より安物ばかりだ。しかし、満足そうに彼女は笑う。
そんなティアナにヴァレッドは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「まぁ、あの服装で馬に乗ると貴族だと言って歩いているようなものだからな」
「まぁ、まぁ、まぁ! 馬に乗られますの!?」
ティアナの声はまるで「自分も乗ってみたい」と言ってるかのようだった。それを聞いていたカロルが口を挟む。
「ティアナ様、ヴァレッド様の馬に一緒に乗せていただいたらどうですか? お召し物は今から動きやすいものに着替えれば良いことですし」
「は?」
ヴァレッドの声が少しだけ狼狽える。それを聞いていたヒルデがティアナに声を掛けた。
「ヴァレッド兄様は嫌がるでしょうから、私の馬に乗りますか? 絶対に落としたりはしませんよ。こう見えても馬術は得意なんです」
「良いんですのっ!? でしたらお願いしても……」
「ティアナ」
ヒルデの提案をのもうとする直前、いつもより固いヴァレッドの声がティアナを呼んだ。
「別に、嫌じゃないぞ」
「え?」
「君と馬に乗ることだ。別に嫌ではないから、俺の馬に乗るか?」
傍目からでもわかるぐらい、耳と目尻を赤く染めて、睨みつけるようにヴァレッドはそう言う。
ティアナは少し考えるようなそぶりをして、にっこりと微笑んだ。
「ヴァレッド様、ありがとうございます! ヒルデの馬に乗せて貰いますわ!」
「……そうか」
明らかに気落ちしたその様子にティアナが首を傾げていると、その横でヒルデがまるで信じられない者を見るような目でヴァレッドを見つめていた。
「ヴァレッド兄様? あの、女嫌いのヴァレッド兄様が!? 私に『それ以上、女らしくなるな』と懇願していたヴァレッド兄様が!?」
わなわなと震えながらヴァレッドとティアナを見比べる。
「もしかして、お飾りの奥方じゃなかった? それなら、ティアナ様が頼めばヴァレッド兄様もお父様を離してくださるかも……。いいえ、あぁ見えても兄様はとても仕事に熱心な方。でも、でも! 兄様がこれ以上ティアナ様にメロメロになれば、あるいはっ……!」
ヒルデは急にティアナの手を取ると、目を見て一つ頷いた。そして、小首を傾げるティアナに「任せてください!」と一言告げる。
「ティアナ様、申し訳ありません。たった今思い出したのですが、私の馬は積み荷でいっぱいでして、ティアナ様を乗せるのは難しいかもしれません」
「あら、そうですの? 残念ですわ」
しょんぼりと肩を落とすティアナの両肩を小さな手が力強く掴む。
「ですから、ヴァレッド兄様の馬にお乗りください! 是非!」
「えぇ……っと……」
少し戸惑ったような声を出して、ティアナがヴァレッドを見る。彼女は数秒考えた後、ヴァレッドに遠慮するような声を出した。
「ヴァレッド様、良いでしょうか?」
「あぁ」
どこか不満げにヴァレッドは答える。ヒルデはそれを見ながら握り拳を作っていた。
「ヴァレッド兄様メロメロ大作戦! 開始ですっ!」
どこかで開戦の狼煙が上がった。
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