08

 それから一週間後、ティアナの体調も戻り、視察という名の新婚旅行へ向かう日になった。

 場所は南方のファインツフォルスト。フォルストというのは高台という意味があり、その名の通り、全体が他の土地よりも高い位置にある街だった。

 山を削って建設されたその街は、周囲一帯が林で覆われており、外交手段は街へと伸びる数本の荒道のみ。それでもファインツフォルストで取れる鉄鉱石を目当てに街へ来る人は後を絶たない。

 ヴァレッドとティアナがいるシュルドーからは単騎で駆けて二日の距離だ。今回は馬車も連れて行くので四日は掛かるとみている。

 ティアナは支度した荷物を馬車に詰め込むと、逸る気持ちを抑えられないのか、まるで踊るようにくるりと一回転した。頬は上気していて、可愛らしい唇は、昨日からずっと弧を描いている。

 レオポールはそんなティアナの様子に笑みを零すと、同じ顔をした二人の子供を彼女の前に並べた。


「ティアナ様、それではご紹介しますね。今度からティアナ様の護衛を担当する二人です」

「姉のルトヒルデです。ヒルデとお呼びください」

「弟のブラハルトです。姉と同じようにハルトとお呼びいただければ幸いです」

 一卵性かと疑うほど似ている双子は、やはり同時に腰を折った。弟の方は終始優しそうな笑みをたたえているが、姉の方は口を真一文字に結んでいて、表情があまり見えない。二人の違いといったらそれぐらいだった。

 金色の短髪に深い緑の瞳。二人とも眼差しは大人びているが、年齢は十二、三といったところだろう。

 ティアナはそんな二人に微笑にながら淑女の礼を取る。

「初めまして、ティアナ・ドミニエルと申します。護衛をしていただけるということで、これからどうぞよろしくお願いしますね」

「彼らはジルベールさんのところのお子さんなんですよ。前回のこともあり、今回は身元がはっきりしていて、裏切ることがない人選をいたしました」

「まぁ、そうでしたの! ジルベール様のところの!」

 レオポールの説明にティアナが手を打ち鳴らしながら笑顔を輝かせる。それに反応したのは弟のハルトの方だった。

「ティアナ様は父を知ってらっしゃるのですか?」

「えぇ、訓練をしているところをお見かけした程度ですが……。兵達の総まとめをされている方で、実際にお話をさせていただいたことはありませんが、とても優秀な方だと聞いておりますわ」

 その答えに、ハルトは頭を下げ「ありがとうございます」と嬉しそうに笑った。姉のヒルデはそんな弟を憎々しそうに見つめている。

 ティアナがそんな二人の様子に疑問を持っていると、後ろからカロルの怪訝そうな声が聞こえてきた。

「レオポール様、ティアナ様に専属の護衛をつけてくださるのはありがたいですが、彼らはまだ子供じゃないですか! いくらジルベール様のご息女とご子息であっても、ティアナ様の身を彼らに預けて平気だとは思えません」

 カロルの鋭い視線に、レオポールは腫れが引いているはずの左頬を撫でながら小さく後ずさった。

「そ、その辺は何も問題無いと思われます。彼らはこの年齢で王兵騎士団の入団試験に受かっているんですよ。採用の際に念のため兵達と模擬戦をやらせましたが、彼らに勝てたのは父であるジルベールさんぐらいでした……」

「まぁ、王兵騎士団! すごいわ二人ともっ!」

 ティアナが歓喜の声を上げると、また姉であるヒルデの顔が険しくなった。ティアナの後ろに仕えているはずのカロルも怪訝そうな声を出す。

「王兵騎士団って、確か入団必要年齢は十六歳ですよね? 彼らはとても十六歳以上には見えませんが……」

「だから、入団試験は受かっても実際に入団できなかったんですよ。なのでウチに……」

 冷や汗を流しながらレオポールはカロルの視線を受け止める。しかし、彼女は攻撃の手を緩めない。

「じゃぁ、なぜ試験を受けたんですか? 王兵騎士団の入団が十六歳以上だというのは少し調べればわかることです。彼らがそれを調べずに試験を受けたのだとしたら、肉体的な能力は評価できても、考える力が足りてないと言わざるを得ません。そんな者達がティアナ様の護衛につくというのは……」

「すみません。そのことなのですが……」

「それは、ヴァレッド兄様がお父様のことを離してくださらないからでしょうっ!」

 申し訳なさそうにハルトが言葉を紡いだ瞬間、その声をかき消すようにヒルデが叫んだ。まるで、内包した怒りを吐き出すかのような声に、全員の視線が集まる。

「お父様は本当に優秀な人なのに……。その気になれば王兵騎士団の団長にもなれる人なのに……。ヴァレッド兄様がお父様を離してくださらないから、お父様はいつまで経っても評価されないままなんですっ! だから私達が試験を受けて、国王様に直談判しようと!!」

「ちょっと、ヒルデ!」

 ハルトが止めると、ヒルデはまるで獣が牙をしまうかのように言葉を止めた。しかしその眼光は鋭くティアナを見つめている。

「すみません。ヒルデが王兵騎士団を受けたのは、自分たちより強い父を騎士団にスカウトして貰おうと思ってのことなんです。最終試験の時は国王様が自ら見てくれると聞いたものですから……。もちろん、入団要項は確認していますし、入団できないことは理解していました。俺はヒルデのことが心配で一緒に受けることにしたんです。ヒルデってちょっとファザコン気味なんで……」

「ちょっと!」

 ファザコンのくだりでヒルデの頬が赤く染まる。そんな二人を交互に見ながら、カロルは呆れた視線を投げた。

「理由はわかりましたが、そんな調子でティアナ様の護衛が務まるんですか? ティアナ様は彼女が嫌うヴァレッド様の奥方なんですが……」

「別に、ヒルデはヴァレッド様のことを嫌っているわけではないんですよ。昔はよく遊んで貰っていたぐらいですし……。仕事に関しても、問題ないと思います。これは父から紹介してもらった仕事なので……」

 その台詞にヒルデの背がしゃんと伸びる。胸に拳を当て、騎士の礼を取りながらティアナに頭を下げた。

「父の名に恥じないよう、仕事は全身全霊を持って勤めさせていただきます」

 その言葉に、ハルトとレオポールが同時に胸をなで下ろす。しかし、彼女は顔を上げると、ティアナの手を取って、こう懇願した。

「その代わりといっては何ですが、お父様とヴァレッド兄様を引き離す手伝いをしてくださいませんか?」

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