06
「ヴァレッド様、お泊まり会はいついたしましょうか? あぁ、でも、レオポール様とカロルの予定も会わせなくてはいけませんね! お部屋はどこでしますか? 私、枕投げというものを一回やってみたかったんですの!」
一瞬にして元気が戻った様子のティアナにヴァレッドが呆れた目を向ける。その後ろでレオポールとカロルが首を傾げていた。
「あの、ティアナ様、なんでそこに私めの名前が入っているのかお聞かせいただいても……?」
「え、レオポール様はお嫌でしたか? お泊まり会」
「いや、嫌というか……」
レオポールは眉を寄せながら難しい顔をする。ティアナの後ろにいるカロルは、慣れているのか涼しい顔をしていた。
「ティアナ様、お泊まり会はヴァレッド様とティアナ様のお二人でなされたらいかがですか? 私たちは仕事がありますし、夫婦の仲を深めるのに良い機会だと思いますよ?」
「おいっ! 余計なことを言うなっ!」
ヴァレッドが焦ったように声を上げる。彼からしてみれば二人っきりより四人でお泊まり会の方が遙かに楽な提案だ。四人ならば何か用事をつけて逃げ出せるかもしれないが、二人ならばそうは行かない。
「ダメですわ、カロル。私がヴァレッド様と一緒だとレオポール様がヤキモチを焼いてしまいます! もちろんヴァレッド様とはこれから仲良くしていきたいと思っていますが、それとこれとは話が別ですわ! 私はヴァレッド様とレオポール様の仲を応援すると決めたんです!」
熱を感じさせないぐらい力強くそう言うティアナを、ヴァレッドはもはや諦めたように見つめている。
しかし、今日のレオポールは違った。
「違うんです、ティアナ様! 私とヴァレッド様は恋人同士では無いんですっ!」
「あら、隠さなくても大丈夫ですわ。私、お二人の恋路を邪魔したりはいたしません。むしろ応援していく所存ですわ!」
いつものようにそう言いながら、ティアナがにっこりと笑う。いつもならそこで挫けてしまうはずのレオポールはぐっと意思の籠もった目をティアナに向けた。
「私は女性が好きなんですっ! 大好きなんですっ! 男は恋愛対象外なんです!」
「そう言うと、ものすごい女性好きに聞こえますわね」
「カロルさんは黙っていてくださいっ!」
レオポールの必死の形相にカロルも思わず口を噤んだ。
レオポールはティアナの側まで近寄ると彼女の手を取りまるで懇願するかのような視線を向けた。
「もう、本当に、本当なんですっ! だからこれからは夫婦仲睦まじく、ヴァレッド様ときゃっきゃ、うふふ、してください! じゃないと本気で私の老後が……仕事漬けの毎日に……」
レオポールの目尻に涙が浮かぶ。その涙を見て、ティアナははっと顔を曇らせた。
「あっ! もしかして、レオポール様とヴァレッド様は喧嘩でもして、お別れに……?」
「あぁ、もう、それでもいいですっ! ヴァレッド様とは別れたんですよ! そうなんですっ!」
レオポールの顔に安堵の表情が浮かぶ。
ティアナは申し訳なさそうな顔をきりりと引き締めて、レオポールの手をしっかりと握り直した。
「レオポール様、安心してください! 私が責任を持ってお二人を仲直りさせて差し上げますっ!」
「結構です!!」
泣きそうな顔をしながらレオポールは叫ぶ。そして、カロルの肩を引き寄せると、ティアナにこう宣言した。
「実は私、ヴァレッド様と別れた後に、カロルさんとお付き合いさせていただいてるんですっ! だから、仲直りとか、そういうのは必要ないんですっ!」
「はぁあぁぁあぁ!?」
カロルは引きつった顔でレオポールを睨む。レオポールはそんな視線を浴びながら小刻みに震えていた。
「私、レオポール様みたいな方は好みでは……」
「あはは! 照れちゃって、可愛いですねカロルはっ!」
「貴方に呼び捨てにされる覚えはありませんけれど」
カロルが低い声でそう凄めば、レオポールの輪郭から汗が流れ落ちた。自分でも相当苦しい言い訳だと思っているのだろう。
普通ならこんな嘘、だまされないだろう。しかし、疑うことを知らないティアナは、その言葉に顔を明るくした。
「まぁ、本当ですか? カロル、おめでとうございます!」
「ティアナ様、レオポール様が言ってることは全部う……」
「嘘なんかじゃないですよね! カロルさん! じゃなかった、カロル! 私達、つきあいたてでとってもラブラブなんです! あっと、そうだ! 付き合いたてのラブラブな恋人であるカロルに、私、相談があるんでした! それではご夫婦も仲睦まじく過ごしてくださいね! それではっ!」
「え、ちょっと、押さないでください! ティアナ様、何かあったらお呼びくださいねっ!」
レオポールに背中を押されるようにして、カロルが部屋から退場する。次いでレオポールもまるで逃げるように部屋から去っていた。
扉が閉まる音が響いて、ティアナのヴァレッドは二人っきりになる。
しばらくなんともいえない沈黙があった後、ティアナがいつもよりは掠れた声を出した。
「……お泊まり会、どうしましょうか?」
「そっちか」
「あら、他に何かありましたか?」
こてんと首を傾げるティアナにヴァレッドはふっと微笑んだ。そして、ティアナの身体を支えるとベッドに横にさせる。そしてその額に濡れたタオルを置いた。
「お泊まり会はまた今度だな。とりあえずは身体を治せ。計画を立てるにしてもそれからで良いだろう?」
ティアナの顔に掛かった髪の毛を払いながら、ヴァレッドが優しくそう言う。ティアナはその言葉に一つだけ頷いた。
「それよりもレオがすまないことをした。そうカロルに謝っておいてくれるか?」
「あら? レオポール様がカロルに何かしたのですか?」
「わからないならそれでもいい。しかし、伝えるだけ伝えといてくれ。アイツは昔から焦ると暴走する癖があるんだ」
昔を懐かしむようにそう言うヴァレッドに、ティアナは一瞬はっとしたような表情になる。そして、少し悲しげに目を伏せた。
「ヴァレッド様はまだレオポール様のことを引きずっておいでなのに、私ったらレオポール様とカロルのことを応援するようなことを言ってしまって……」
「なんだその哀れみの視線は……」
ティアナの涙ぐんだ視線に、ヴァレッドは思わず眉間に皺を寄せる。してもいない恋を失恋したと思っているティアナは、シーツの隙間から手を出して、ヴァレッドのそれに優しく重ねた。
「元気を出してくださいヴァレッド様! 私、ヴァレッド様が元気を取り戻せるのなら、何でもしますわ! 私に出来ることがあるのなら何でも言ってくださいね!」
「俺は元気だ。第一、元気にならないといけないのは君の方だろう? そんなじゃ、行き先が決まっても計画が立てられないぞ」
「計画って、お泊まり会の、ですか?」
「新婚旅行の、だ。もう忘れたのか?」
新婚旅行という単語にティアナの表情が明るくなる。ヴァレッドはそんなティアナの頭を撫でながら、まるで子供に対するかのような優しい声色を出した。
「一緒に歌劇場、行くんだろう?」
「はいっ!」
そう返事をした顔は、先ほどより少しだけ、また赤くなっていた。
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