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(ヴァレッド様はレオポール様のことを!?)

 めくるめく禁断の扉を開けたような気分になったティアナは上気した頬に手を当てて腰をくねらせた。男同士ということもさることながら、主従という関係も彼らを阻む壁となるだろう。そして、ヴァレッドはもうすぐティアナと夫婦になる予定である。自分が一番の障害となる事実にティアナは拳を握りしめた。

(ヴァレッド様大丈夫です! 私、お二人の関係を応援いたしますわ!)

 決意に満ちた瞳でヴァレッドを見上げれば、アメジスト色の瞳が呆れたように眇められていた。その不機嫌そうな視線にティアナはまたはっとした。ヴァレッドとレオポールが両想いだという確証はない。もしかしたらヴァレッドの片想いかもしれないのだ。そもそもヴァレッドの気持ちだって、ティアナの勘違いかもしれない。

 ティアナはそのことに思い当たり、伺うような声を出した。

「ヴァレッド様はレオポール様の事をどのように想ってらっしゃるんですか?」

「レオか? まぁ、優秀な奴だと思っている。仕事も速いし、正確だ。元々はあの屋敷に仕えていた庭師の息子で、本人も庭師を目指していたんだがな。俺が爵位を継ぐときに家令として仕えてくれないかと口説き落としたんだ」

「……口説き落とした、ですのね?」

「ん? あぁ」

「ヴァレッド様はレオポール様を大切に思ってらっしゃるのですね!?」

「質問の意味が分からない」

「答えてくださいませ!」

「……そうだな。家族のように思っている。大切な奴だ」

「まあぁ! 家族のようにですか!?」

 突然の愛の告白にティアナは顔を真っ赤に染め上げた。家族のようにと言うのはきっと恋い慕う男女が夫婦になるのと同じようなものだと、ティアナの頭はヴァレッドの言葉を華麗に変換させる。

 一方、そんなつもりでその言葉を口にしていないヴァレッドは百面相をしているティアナに疑うような声を出した。

「君が顔を赤くしている意味が分からないんだが、何かまた勘違いしていないか?」

「いいえ。勘違いだなんて! 今確認したばかりですわ!」

「だから、何を?」

 嫌な予感がする。ヴァレッドは背筋に伝う汗を感じながら、怖々とそう聞いた。

「ヴァレッド様とレオポール様は想い合っているのでしょう?」

「はぁ!? お、想い合ってる!? 何の話だ?」

「恋愛の話ですわ! 私、お二人はとってもお似合いだと思っております!」

「なんでそんな勘違いをっ!? だから君はさっき恋がどうとか言って……」

「このティアナ、ヴァレッド様の恋を全力で応援する所存ですわ!」

「違う! 俺とレオはそんな関係じゃない!」

「隠さなくても大丈夫ですわ! 私、衆道には理解がありますの! 想い合う二人に性別は関係ないですわ!」

 そのティアナの声に辺りがにわかにざわついた。ヴァレッドは慌ててティアナの腕を引く。しかし、彼女は梃子でも動かない。

「ティアナ!」

「まあ、嬉しい! ヴァレッド様が名前で呼んでくださったの初めてですわ!」

「何に喜んでるんだ! 行くぞ!」

「あら、だめですわ! 私これ買わないといけませんもの! 窃盗になってしまいます! あと、私もお揃いの物が欲しいのです!」

 ティアナの手にあるのはステンドグラスのような花のオーナメントだ。ヴァレッドはそれをティアナの手から奪い取ると、焦ったように早口でまくし立てた。

「わかった! 買ってやる! 買ってやるから、早く此処から離れるぞ!」

「お金なら持ってきてますから大丈夫ですわ。お財布は、えっと……」

「店主ーー!! これと同じ物を二つくれ! 大至急だ! 頼む!」

 二人の騒ぎに人が集まりだす。その中の数人はヴァレッドの正体に気づいたようでひそひそと耳打ちを交わしていた。漏れ聞こえる『衆道』という単語や『ヴァレッド様とレオ何とか様が……』という声に、ヴァレッドは更に焦って声を大きくした。


「お金は後でお返しいたしますね! あ、ヴァレッド様もレオポール様との愛の証にどうですか? お揃いで」

「ティアナ、君はちょっと黙っていてくれ!! 店主、早くしろ!!」


 結局、なぜか四つのオーナメントを買ったヴァレッドはティアナの手を引いてその場を逃げ出した。


◆◇◆


「まったく、君は! 君ときたらっ!」

「ヴァレッド様、これを」

 人目を避けて逃げ込んだ先は、入り組んだ路地裏だった。怒鳴りそうになったヴァレッドは、ティアナの差し出してきた数枚のお札に目を丸くして、思わず口を噤む。そこには先ほど雑貨屋で買ったオーナメント四つ分のお金があった。

「先ほどのお土産の代金ですわ。私がノロノロしていたせいで、すみません」

「何故だ? しかも四つ分も……」

「何故って、私のお買い物ですから。あ、二つはお二人にプレゼントします。いつも良くしてもらっているお礼ですわ」

「……女というのは貢がれるのが当然だと考えているような生き物だろう? なのに君は……」

「そうなのですか? 私、その辺よくわからなくて……。ヴァレッド様、手を」

 腕を掴んでいたヴァレッドの手を取って、ティアナはお金をその手に握らせた。ヴァレッドは慌ててそのお金を突き返す。

「金はいい。家から持ってきたお金を使うと、後々君が困るだろう?」

「心配してくださってるのですね。嬉しい! でも、ご安心ください。先日ハンカチを買っていただける小売店を見つけましたの。もう何枚か納品したので、少しですが懐は潤ってますわ」

「……ハンカチ?」

「刺繍を施したハンカチを売ってますの。故郷ではハンカチ以外の物にも刺繍をして売っていたのですけど、此方の土地は初めてですので、まずハンカチから、と」

「君は、仕事を?」

「仕事というほどの量はしていませんわ。趣味の延長です。小売店を見つけてくれたのも、納品をするのも、カロルですし……」

 ヴァレッドは目を丸くしてティアナを見つめる。その視線にティアナは恥ずかしそうに頬を染めた。そして、紙袋の中からオーナメントを二つ取りだし、ティアナはヴァレッドに差し出す。

「プレゼント……というのは、やはり失礼ですか?」

「いや……」

「なら、貰ってくださいませんか? 高価な物ではないので、お礼にもならないかもしれませんが。私のせめてもの気持ちです」

 ティアナが差し出したそれをヴァレッドは戸惑いつつ受け取った。

「女から何かを貰ったのはこれが初めてだ」

「私も男性に何かを贈るのは初めてですわ」

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