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「お二人で花祭りの視察に行ってきてください」


 レオポールのその言葉は唐突なものだった。提案というより、命令に近いその声色にヴァレッドとティアナは同じように驚いた顔をして目を瞬かせる。この時期に行われる花祭りの視察は毎年恒例のものらしいのだが、二人の行く末を案じるレオポールは、それにかこつけて二人の仲を進展させようと目論んだのだ。ヴァレッドと出かける事をティアナは頬を上気させて喜んだが、ヴァレッドは当然の如く嫌がった。それはもう、凄い勢いで嫌がった。しかし、結局はレオポールの「ティアナ様に街を案内してあげてください」の一言で渋々承諾をし、二人は現在、向かい合うようにして馬車に揺られているのだった。

 黒塗りの磨き上げられた高級な馬車に、似つかわしくない格好の男女が一組。ヴァレッドは白いシャツに藍色のベスト。下には体にぴったりと密着するようなズボンを履いている。腰に巻いたベルトには護身用の細身の短剣がぶら下がっており、一見すると休日の騎士のような格好だ。一方のティアナも、胸ぐらの開いた白いシャツに赤と茶色が混じったようなエプロンドレスを身につけていて、どこからどう見ても街娘にしか見えない格好である。


 そう、二人はお忍びで視察に赴くのだ。護衛の者もつけない二人だけのお出かけにティアナの胸は否応無く高鳴った。


「ふふふ、お忍びなんて初めてですわ。花祭りも凄く楽しみです。ヴァレッド様、連れてきてくださってありがとうございます!」

 ティアナがそう跳ねる声で言えば、ヴァレッドは不信感満載の顔を彼女に向ける。

「礼なら、俺ではなくレオに言え。……そんなことより、君はその格好が嫌ではないのか? 街娘のような格好だが」

「いいえ、ちっとも。むしろ動きやすくて、普段着をこれに変えたいぐらいですわ!」

「本当にそう思っているのか? どうせ、俺の気を引こうと思って言っているのだろう? 内心では『みすぼらしい』『汚らしい』と思っているんじゃないか?」

「ヴァレッド様!」

 いつもの調子で皮肉たっぷりにヴァレッドがそう返せば、ティアナは珍しく、少し張ったような声を出した。

「その言い方はいけませんわ。たとえ本心で思っていなくても、この格好を『みすぼらしい』『汚らしい』と表現しないでくださいませ。領民の方に失礼です」

 普段の様子では考えられないぐらい凛とした表情でそう言われ、ヴァレッドは思わず目を見張った。

 公爵家に嫁ぐことができるティアナは、当然貴族出身だ。彼女の父は伯爵の位を持ち、此処よりは狭いが国王から領地も任されている。彼女の父は娘にはめっぽう甘いが、領民想いの優秀な領主だった。そんな父を見て育ったティアナもまた、領民への想いを持った優しい娘に育っていたのだ。

 そんなティアナからしてみれば、先ほどの発言は許せなかったのだろう。ヴァレッドはその思わぬ角度からの反論に、まじめな顔をして頭を下げた。

「そうだな、その通りだ。すまない。これからは気をつける」

「わ、私ったら、出過ぎたことをっ! 私こそすみません!」

 たった今、自分の発言の意味に気づいたのか、ティアナは青い顔をして慌てたように頭を下げる。ヴァレッドはその様子に思わずふっと失笑してしまった。その表情は困っているような、喜んでいるような、何ともいえないものだ。

「まさか君に諫められるとは思わなかった。俺に堂々と意見してくるのは国王とレオぐらいのものだと思っていたからな」

「ほ、ほ、本当に申し訳ありません!」

「頭を下げる必要はない。今のは確かに俺が悪かった。……君は本当に……」

 そこで言葉を切ったヴァレッドの様子にティアナは首を傾げた。心なしかヴァレッドの耳が赤いような気がする。

「ヴァレッド様? 私がどうかしましたか?」

「…………いや、君は本当に女らしくないと思ってな」

「えぇ! 私、女性らしくありませんか? どうしましょう! 胸が、胸が小さいのがだめなのでしょうか!?」

 胸に手を当てて慌てだしたティアナにヴァレッドは思わず吹き出した。ゴホゴホと何度も咳こんで、蹲るように体を丸くさせる。その背中をティアナが気遣うようにゆっくりと撫でた。

「君はどうして! こういうときだけ前向きじゃないんだ!」

「ヴァレッド様? やはり、私の胸が足りませんか?」

「違うっ! 今のは、その、…………誉めたんだ!」

「え? ヴァレッド様は胸が無い方がお好みだったのですか?」

「もう、君は本当はただの阿呆だろう!!!」


◆◇◆


「すごいですわ! ヴァレッド様! すごいです!」


 子供のように声を上げて、ティアナがきょろきょろと辺りを見渡した。街中に飾られている色とりどりの花と、大通りに並ぶ露天が祭りの活気を二人に伝えてくる。広場には人が溢れ、小さな子供たちが花の形のオーナメントを持って二人の足下をかけずり回っていた。

 二人は馬車を人の目から隠すように止め、祭りの中心である広場にやってきたところだった。

 お忍びでやってきたというのに、隠れる気が無いティアナの様子に、ヴァレッドは困ったような顔をして釘を差す。

「あまりはしゃぐな。顔を隠しているわけじゃないから、目立ちたくないんだ」

「わかりましたわ! 目立たないように楽しみます!」

 ぜんぜんわかってない声色でティアナが嬉しそうにそう笑った。それにつられてヴァレッドも思わず微笑む。

「レオに言われたからな、視察のついでに君の案内もしてやろう。ほら、行くぞ」

「はい! ありがとうございます!」

 そう元気のよい返事をして、大股で歩くヴァレッドの後ろをティアナは小走りでついて行くのだった。


 そうしてしばらく視察を兼ねた街案内をし、二人はある商店の前で足を止めた。そこは小さな雑貨屋とお茶処が一緒になったような店舗だった。大通りに面したところには可愛らしい雑貨が並び、奥まったところではお茶を飲んでいけるようなスペースが確保されている。

 ヴァレッドの話だと此処で以前違法な薬物の取引が行われていたらしい。その取引に店は関わっていなかったようで、店主の告発でその者達は摘発されたのだが、また同じような事になっていないかと心配したヴァレッドはこの機会に様子を見に来たらしいのだ。

 ヴァレッドが店の中に入っていき、店主から話を聞いている最中、ティアナは店先で雑貨を見ながら目を輝かせていた。そしてそこにあるガラスで出来た花のオーナメントを手に取り太陽に透かせる。開ききった五枚の花びらそれぞれが違う色のガラスで作られており、まるでステンドグラスのようにティアナの顔を色とりどりに染め上げた。

「これにしましょう!」

「それを買うのか?」

「ひゃっ! ヴァレッド様!」

 話を終えて戻ってきたヴァレッドがそう声をかけてきて、ティアナはこれでもかと驚いた。

「は、はい。カロルにお土産を買って帰ろうかと思いまして」

「お土産? 君はあの侍女とずいぶん仲がいいな」

「それを言うなら、ヴァレッド様もレオポール様と仲が良いですわよね。まるでご兄弟のようですわ!」

「まぁ、実際兄弟のように育ったしな」

 昔を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めるヴァレッドをティアナは嬉しそうに眺める。まるで慈しむようなその表情は恋人に向けるようなものだと考えて、ティアナははっとした。

「まさか! ヴァレッド様……」

「どうかしたのか?」

「いいえ、いいえ、大丈夫です! 私はヴァレッド様の味方ですわ! 私、理解しておりますから!」

「なにを……」

「私、ヴァレッド様の恋を応援いたしますわ!」

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