第2章 壊れた刻の中で
『この辺りが霧の濃度が濃くなっておるな...』
そう言葉にするとネコマタは鼻をクンクン鳴らした。
『んじゃ、少しここで待ってみるか。』
『...しかし、他の想区みたいに境界線が無く沈黙の霧が、濃いか薄いかで物語の断片が現れるって、蜃気楼みたいだな...』
『ただ、いつかは、本当に消えてしまうがな...』
タオと一匹は深い霧の中、手掛かりとなる「あらすじ」を探していた。それは指先を擦り抜け、掴みどころが無く、心許なく、終わりさえ見えない物語。
徐々に沈み行く彼等の気持ちさえも沈黙の霧は静かに呑み込んでゆく。
タオが宛てもなく遠くを見ている。
『おっ?何か来たっ』
向こうの方から人影らしきモノが霧の結構な速さで近づいてくる。
近づいて来るにつれ、次第にその声がはっきりとして来る。
『急がなきゃっ、急がなきゃっ、』
以前とは少し違った雰囲気だが、タオには見覚えのある容姿だった。
『見つけたっ!時計ウサギだ!ちょっとバテ気味だが間違いないぜ!』
『お〜い!時計ウサギ!』
タオは大きく手を振りこちらに向かって来る時計ウサギに存在をアピールした。
『急がなきゃっ、急がなきゃっ、...』
そう息を上げながら気に留める事も無く軽妙、機敏に彼等の側を駆け抜けて行く。
『タッ...タッ...タッ...タッ...』
タオ達は時計ウサギを見送る。
『...』
『...』
『おい...若造...お前、知り合いだとか抜かしていたな...』
ネコマタが疑いの視線をタオに浴びせる。
『ジィィィ......』
『うぉおっい!何だその目は!?』
『本当なんだぜっ!アリスの想区の時にアイツにっ...』
『どうりで、そんな事だと思っておったわ。お前達の想区で出会った人物は、完成された物語の登場人物。ここ、霧の想区の住民は、お前達の知っている物語の登場人物ではない。無論、似てはいるがな。』
『そうか!採用されずに書き捨てられた、あらすじの登場人物か!』
『故に若造っ...きさまの事など、あのウサギは知りもしない。』
ウサギが見えなくなるまで彼等は見送っていた。
『...』
『...で?』
『早く追って捕獲して来いっ!』
すると、とっさにタオは走り出した。
『くそッ、何で俺があんなネコに命令されてるんだよっ!くそッ、ネコめっ!ネコめっ!』
そうぼやきながら、時計ウサギの後を追いかけて行く。
やがてタオは、時計ウサギを目視出来るポイントまで追いついた。
『お〜いっ!ウサギっ!お前、バテバテじゃね〜か!』
時計ウサギは先ほどと同様、無反応。
『お〜い!ちょっと止まって休めってっ!』
それでも時計ウサギは進む事を止めない。
『チッ...アイツめっ...』
するとタオは走る速度を上げウサギに猛接近した。十分に捕獲出来る範囲に入ると一気にウサギに飛び掛った。
『コイツめっ!!』
時計ウサギはかわす。
静寂の中、入れ替わり混じり合う霧が半刻程を数えた...
深い霧の中、小鳥なのか動物なのか、聞き慣れなてはいない何かの鳴き声か小さく響いてゆく...その響きも直ぐに深い霧の中へと消えて行く...
痺れを切らしたネコマタが猫らしい背伸びをする。
『やれやれ...若造め...迷いでもしたか...仕方がない。行くかっ...』
ネコマタがタオ捜索に向かおうとした時、時計ウサギとタオが向かった方角から、一瞬だが強烈な光が周辺の霧を明るくした。
『なっ!?』
ネコマタがその閃光にたじろぐ。
その瞬間とほぼ同時に、
『んじゃ、少しここで待ってみるか。』
『...しかし、他の想区みたいに境界線が無く沈黙の霧が、濃いか薄いかで物語の断片が現れるって、蜃気楼みたいだな...』
『!!!』
時計ウサギを追って霧の彼方へ消えて行った筈のタオが、ネコマタの直ぐ隣に居る。
心拍数が上昇する中、ネコマタは、この瞬間に起きている状況の不気味さに対して、警戒心を一気に強める。
思考を整理しつつも理解出来る事は、説明が付かない状況に直面しているという事だけで、その理解は一瞬で不快へ陥って行く。
ようやく落ち着きを取り戻したところで、切り出す。
『貴様っ!いつからそこに居るっ!?』
タオはいきなりのネコマタの反応にに驚いている。
『ん!?どうした?ネコッ?』
タオの様子から全く自分に何が起きているのかわからない様子。
『「どうした?」ではないわっ!』
(コイツ...記憶が無いのか...?)
ネコマタはタオに今起こった出来事を説明した。ただ、起きた事を説明出来るだけで、なぜ?どうして?と言った疑問は解かれないままであった。
すると、向こうからタオ達の直ぐ側を時計ウサギが走り抜けて行く。
『あっ!お前っ!時計ウサギっ!』
タオが追いかけ始めようとした時、ネコマタが止める。
『待てっ!今度は距離をとって後を付けるのじゃ、いったい何が起きておるのか知る必要ある。』
そうして気付かれない程度の距離を保ちつつ、タオとネコマタは時計ウサギの追跡を開始した。
緩やかな山道を下る連れ、小さな集落が見えて来る。中心に小さな小屋があり、時計ウサギはその小屋に向かっていた。
タオ達は高台の茂みに身を潜め集落の中心にある小屋を監視する事にした。ここで気付かれない様に時計ウサギの行動の行方を見守る。
随分の時間が経過した。
タオとネコマタはこの数時間の間に何度も同じ光景を見せられる。繰り返し何度も何度も見せられる。
「時計ウサギ」「ヴィランの集団」「正体不明な光」この3つに関わりある事は、わかった。だが、肝心のそれらがどの様に噛み合っているのかがわからない。
『...あの光に包まれている空間だけ、時間が戻るようじょの...原因はわからぬが...貴様は、ウサギを追いかける前の時間まで戻って来た...進んだ現実を巻き戻すかの様に記憶と一緒にな。
実際、何が起きたかも覚えておらんかった...
どうせ、向こうから来るヴィランの集団に貴様は気づき、飛び込んで巻き込まれたのじゃろう...
未来の記憶と現在の記憶は、1人の記憶の中には仕舞い込めないのじゃよ。未来が確定してしまうからな。結末に辿りつき完結出来ないから、現在に可能性がある訳じゃが...』
『小言をツベコベ並べてないで、どうすりゃいいんだ!?』
『...あの光にが近づくな。』
『ワシも貴様も、今は、このあらすじの一部じゃ、貴様が降り戻された最初の場所には我等は居ない。』
『お前を認識する対象が、あるべき場所におらんのじゃ、始まりを見つけられない段落は、何処にも行けずに霧の中へと消え行くだけ...実際、何が起こるかわからぬ。』
『今は見ているだけか...』
人も居ない錆びれた小さな集落の中心に、小屋があり、その廃屋とも見える小屋に向かって双方から、時計ウサギとヴィランの集団が走って来る。
時計ウサギが小屋に入って間も無く、逆方向から押し寄せるヴィランの集団。その直後に爆発が起き、強烈な光と共に彼等は、その場から消える。
それを何度も何度も繰り返している。
『...まるでヴィランの集団が爆発を引き起こす導火線の様に見えるな。』
『あるいは、そういう筋書きなのかも知れんぞ。』
『その直後の光は、あのウサギに何かが起こって発生するのだろう...何せ、時計ウサギと言うぐらいだからな...』
『あっ!そうだっ、時計ウサギも振り出しに戻ってるみたいだけど、アイツも記憶が戻ってるのか?』
『...わからん...』
『唯、もし記憶が戻らずそのままだとしたら、貴様と最初に接触した際、助けを求めて来るか、この妙なカラクリに注意するか、何かしらのアクションがあった筈...』
『まっ、それに記憶が残っているとしたら最悪だろうよ...』
『だとしたら、どうしてじゃ?なぜ、奴は、何度も、そんな無意味なあらすじを繰り返しておるのじゃ?』
『どうせ、霧の中へと消え行くあらすじなのじゃろ?なぜ、役割に従おうとせんのじゃ?』
『わからねえか...つまり...』
(あの小屋の中に何かがある!?)
『...よっし!...次にあのウサギが小屋に入ったら俺もあの小屋に突入するぜっ』
『先も言うたが、何が起こるのかわからぬぞ...』
『だが...ここでこうして見ていても何も変わねぇ...ウサギが小屋に入って行く、しばらくしてヴィランの集団が突入して来る、そしたら爆発が起きて、最後はピカッて光って仕切り直し...これを何度も繰り返してる。』
『...』
慎重な姿勢で問題に挑みたいネコマタは乗り気にならない。だが、選べる程の手段も残されていない事に気付くと、覚悟を決める。
『あのウサギもヴィランも来ていない小屋を都合良く覗きに行くでは済まぬな...』
『あぁ...』
『若造もワシも最初の場所にはもうおらん...引き返して、片方だけが「ハイ!違っていたからやり直す」なんて事は出来ん。時とは、辻褄とは、そういうモノじゃ...』
『真相を知り打開する機会は一度切りだな。直ぐに、ヴィラン達がやって来る。』
タオはネコマタの顔を見ると、
『おいっ、ネコっ、お前は、このまま監視役だ。最悪の状況に備えて...』
『何を最悪と言うのか知らんが、貴様がどうなったかぐらいは見届けてやるわ。』
『何か、わかったら合図をする。いいな...。』
『好きにせえ..』
段取りが済むと1人と1匹は静まる霧の中を見つめていた。
しばらくして、時計ウサギが幾度と無く繰り返されるルートを通り、小屋に向かって走って来る。
『来たな...』
タオが立ち上がり準備にかかる。
対する方向の遠くには砂煙を上げながら黒い影が押し寄せて来ているのがわかる。
『よしっ!行って来るぜっ!』
時計ウサギが小屋に入ると、ほぼ同時にタオは小屋に向かって走り出した。
ネコマタは集中してこれから起こる出来事を片時も逃すまいと目を凝らす。
タオが集落の中心の小屋に走り着くと、勢い良くドアを開ける。
『時計ウサギっ!!』
そこには今までの緊張感とは全く異なる光景があった。
『...メェェ〜、メェ〜、...メェ〜、』
時計ウサギは、突然開いたドアとタオの声に驚いた様子でタオの顔を見て固まっている。
『...子ヤギ?』
時計ウサギの帰りに喜び戯れる子ヤギ達がそこには居る。
『...なんで?...子ヤギが...?それも7匹?』
目の前に和やかな状況が広がり、穏やかな時間が流れる。だが、直ぐにそれらは否定される。
嗅ぎ慣れない匂いにタオは気付いた。
(これは...火薬の匂い...?)
タオは苦手ながらも思考を巡らせ時計ウサギと子ヤギ達に目を向ける。
『...だから、お前は何度も...』
『...お前、子ヤギを守る為に、わざと爆発に巻き込まれて、懐中時計ごと吹っ飛んで...時を繰り返しているのか!?...戦う術が無いから...?』
(...そうだっ!時間がない!直ぐに...)
タオは小屋の窓から迫りつつあるヴィランの集団に注意を向ける。
時計はウサギは首から掛けた懐中時計を握り締め7匹の子ヤギに囲まれながら震えている。
(震えている...?)
(コイツまさかっ!?記憶があるのか...?この後、ヴィランの集団が特攻して来て、この小屋毎、爆発する事を知っているのか!?自分も時間ごと吹き飛んでしまう事を...!?)
地響きが近づいて来る。ヴィラン達の狂気の特攻が近づいている。
それを察し、危機を感じてか、子ヤギ達が時計ウサギに寄り添い、怯え、騒ぎ出した。
『おいっ!ウサギっ!この状況、何度か前にあったんじゃないのか!?...最初に俺がお前を追いかけて来た時に!?』
タオを小屋から追い出そうと時計ウサギが押し寄って来た。7匹の子ヤギ達も時計ウサギの後をついてくる。
『早くっ!に〜げ〜てっ!!』
時計ウサギが大声を出した。
タオは小屋の入り口に尻もちを付いた。
いきなりの出来事にタオは、驚いて直ぐに言葉が切り出せない。
『...だったらお前らもっ!』
時計ウサギは首を横に振り、うつむきながらこぼす。
『...間に合わない...。』
『何度もやってるけどっ!』
『何度もやってるけどっ!!間に合わないっ!!』
『それにっ...あたしがここを離れたら...』
頬を赤らめ大粒の涙を落とす。
その言葉には、決して変えられない残酷な運命に苦しみ、怒り、絶望した積み重なる想いが込められていた。
(...確かに集団が到達する少し前に到着する事が、時計ウサギの限界だ...この火薬倉庫みたいな小屋が爆発したらその爆発規模からして、逃げるのは無理だぜ...ましてや、子ヤギ7匹を連れてなんて...)
ヴィランの驚異が小屋との距離を縮めて来る。
(...今から迎撃に出ても、時間的にも、数にしても絶対に無理だ...ここから見えるだけでも200は、居るな...)
その数は、その後方にも続いていた。ヴィランの集団は一個小隊では無く、城落を目指す規模の総大団体であった。
定められた運命はどの過程を辿るにしても決定付いている。
『...なぁ?ウサギ...お前らのあらすじは、完成された想区では、物語では、展開されない「あらすじ」だ...いずれは沈黙の霧の中で消えて行く...』
時計ウサギが潤んだ目に力を入れてタオを睨む。
『なのにどうして?って言いたいの!?』
『どうせ書き捨てられた「あらすじ」だからこの子達は、誰かのどこかの物語の終わりを飾る盛大な花火と一緒に消えてしまえ!と!?』
『...』
タオと時計ウサギは、怯える子ヤギ達を見つめながら沈黙している。
『...』
結局は完成された物語が存在する以上、それを支えるあらすじ、筋書きが、見えないところで機能していなければならない現実を彼等は知っていた。また、その下りに至るには、数々の破棄されるべき「あらすじ」が必要な事も。
『読み広めらる物語のほとんどはハッピーエンドで終わる。...だけど、ここに...ここに...この子達が居たから...』
時計ウサギは泣き崩れる。
それを慰める様に7匹の子ヤギが時計ウサギに寄り添ってくる。
『メェェ〜、メェ〜、メェ〜...』
『...』
『そうだなっ!...そんなのハッピーエンドじゃねぇなっ!!』
タオが何かを決心したかの強い口調で時計ウサギに言い放つ。
『変えてやる...こんな最悪なあらすじは俺が...
タオ様が変えてやるぜっ!』
考えていた反応とは異なるタオの反応に時計ウサギは驚きを示す。
だが、驚きと言うより疑問に近い印象が強く色付いている。そして、それがやがて、「期待」、「希望」、「祈り」と呼べる感情に映り変わって行く事を時計ウサギは実感していた。
タオは小屋を飛び出すと、離れた場所で監視しているネコマタに合図を出す。
『お〜いっ!、ネコっ!!』
『ニャッ!』
ネコマタは耳と尻尾をピンッと立て、猫らしい反応を示す。
『急いでこっちに来いっ!!』
ネコマタは、タオの合図に気付くと、この状況を打破する何かを見つけたモノだと、潜んでいた茂みから飛び出しタオの方へ 走り始めた。
『若造めっ!このタイミングでかっ!?何を見つけたのか、気付いたのかは知らんが、しっかり後で説明は、聞かせて貰うぞっ!』
そう言うには訳があった。
もう既に、ヴィランの大団体が小屋の直前まで迫っており、「こっちに来い」と言う事自体が無理心中に近い言動だからだ。
しかし、この局面はタオを信じると心に決め、決断していたネコマタにとって、躊躇する事はなかった。
『なぁ、ウサギ...頼み毎がひとつあるんだが...』
要件を伝えると、タオは、導きの栞を取り出し槍の騎士ハインリヒにコネクトする。
「導きの栞」
遥かなる古の刻より、語られる物語の主人公に魂がコネクトし、その能力を扱う事が出来る。
槍の騎士へとコネクトしたタオは、盾を放り出し、槍を構え、もう一方の腕で方角を確認している。
『...1人の記憶はひとつの世界にふたつあったらマズかったんだよなっ!』
言い終えるとタオは、力強く踏み込み渾身の力を込め、その槍を重たく伸し掛かる霧空へと投げ放った。
『ブウゥッッンンンッ!!』
槍は直ぐさま空の彼方へと消え、その衝撃からはひとすじの軌跡を追う事が出来る。
それは、最初に時計ウサギに遭遇した方角、つまり、タオとネコマタが出現するであろう位置であった。
(届け...俺へ...繋がれ...俺の記憶...)
『おいっ、時計ウサギっ、繰り返す物語はここまでだ。...俺はここに栞を挟む。』
『...?』
状況を理解出来ない時計ウサギは口を開けタオを見つめている。
盾も槍も持たない無防備なタオの元へネコマタが合流して来る。
『貴様、いったいどう言うつもりで...』
轟音と地響きが、巨大な衝撃へと変わる。
『後で時計ウサギに聞いてくれっ!!』
『ドドドドッッ!ドドドドッッッ!!!』
タオは最後に時計ウサギの目を見つめて、囁く。
『...んじゃ...また後でな...』
次の瞬間、高温度と高圧力が破壊的衝撃へとなり全てを吹き飛ばす。
無への解放が決定される直後、ヴィラン達を含む、彼等を強烈な光が包み込む。
大爆発の後、時は再び戻される...。
...。
『...んじゃ、少しここで待ってみるか。』
『...しかし、他の想区みたいに境界線が無く沈黙の霧が、濃いか薄いかで物語の断片が現れるって、蜃気楼みたいだな...』
『ただ、いつかは、本当に消えてしまうがな...』
タオと一匹は深い霧の中、手掛かりとなる「あらすじ」を探していた。それは指先を擦り抜け、掴みどころが無く、心許なく、終わりさえ見えない物語。
すると、突然、一筋の閃光が彼等の目の前に墜落する。
『ズドドンッッッ!!』
タオとネコマタは、間一髪でかわし、敵の攻撃に備える。
『!!』
タオは自身の目を疑った。
天から飛来して地上に突き刺さるそれは、敵の攻撃でもなく、隕石などでもない。
タオ自身が「導きの栞」で、槍の騎士にコネクトした際、常に愛用してる槍だった。
『...なんで?』
呟きながら親しみ慣れた槍に歩み寄り、恐る恐る槍に触れる。
『!!!』
(...これはっ?)
『...』
槍に触れて呆然と立ち尽くすタオをネコマタが気付かせる様に声を掛ける。
『...おいっ?若造?』
『!?』
急遽、タオは、時計ウサギが通過する道なりとは別のルートに向かい走り出した。
無秩序に生い茂る木々を掻き分け全力で疾走して行く。
タオの後を訳も分からず付いて行く事だけに必死なネコマタが声を張る。
『貴様っ!?、いったい何がっ!?...っ』
足を止める事もなく後ろを付いて来るネコマタの気配にタオが気付く。
『...お前はっ...すぐにさっきの場所に戻れっ!!』
舞い上がる枝や葉。
激しく蹴り弾かれる小石や土。
タオの疾走は減速を知らない。
その無秩序をかわしながらネコマタはタオの後を追って来る。
『...説明をじゃなっ!...はぁっ...はぁ』
『じきに、さっきの場所に時計ウサギがやって来るっ!...説明はアイツから聞いてくれっ!!...今は時間が無いっ!!!』
『何!?』
するとやっとネコマタはタオの追跡を止め、タオが遠のいて行くの見守る。
『...』
その場に1人立ち止まり、宙を見つめ思考を巡らせる。
何かに気付いた様な素振りを見せると追跡して来た道を引き返し始めた。
一方、タオは全力であるポイントを目指す。
それは、ヴィラン達が出現して来るポイントであった。
爆発の直前。
時計ウサギの影響で時間が戻される直前。
タオは、時計ウサギに幾度となく起こっていた事実を知ると、その記憶を「導きの栞」でコネクトした魂と共有した。
爆発の前に記憶と想いを槍に託し、爆発後、時間が振り出しに戻されるポイントである、最初の段落、あの時計ウサギと初めて遭遇するポイントに向け、その槍を投げ放たった。
その槍は爆発を免れ、戻される時間の影響を受けずに、次にタオとネコマタが出現するであろうポイント飛来する。
時計ウサギの影響で振り戻された時間でタオとネコマタには、それまでの記憶がない。
だが、飛来して来た槍にタオが触れる事でそれまでの出来事の記憶にコネクトしたのだ。
(道なりにウサギを追って小屋を目指してもヴィランが到達するまでの残された時間は僅かしかない。...だったら、道なりに走るより、この森やら谷やら崖たらを突っ切り、先回りする方が断然早いぜっ!!)
『うぉぉぉぉぉっっっ!!』
タオの進撃が続く。
酷く散らかった森の中を引き返して来るネコマタは最初の道らしい場所に差し掛かる。
しばらくして、向こうの方から人影らしき何かが近づいて来る。
『...あれか。』
ネコマタに駆け寄って来たのは、タオが言っていた通り、時計ウサギだ。
記憶が残っているネコマタであれば、この数時間で見慣れた容姿であったが、ここでは初対面となる。ただ、記憶にあるないを別としてネコマタが感じた違和感はひとつ。
時計ウサギは大きく目を腫らしていた。
『...何があったのじゃ?』
時計ウサギは呼吸を整えた後、大きく頷き、これまでの事情をネコマタに
話した。
しかし、なぜタオが導きの栞でコネクトして、その手にした槍を空に向かって投げたのかは時計ウサギにはわからなかった。
これには、ネコマタがタオの意図するところを説明した。
時計ウサギは辺りを見渡し尋ねる。
『あの人は?』
『今頃、ヴィランの集団を相手に暴れておるのじゃろ。』
ネコマタは、先程、引き返して来た森に目を向ける。その方向の行く先には、あの脅威の発生源があり、そこへの近道である事が読み取れる。
『そんな!?』
『...』
ネコマタがネコらしく背筋を伸ばす。
『よしっ!、ワシらも向かうか!』
時計ウサギが頷くと、彼らは道なりに走り出した。
その時、タオの戦いは過酷さの極みに至っていた。
『はぁ、はぁ...いったい、どれだけいるんだ!?』
ヴィラン達の行進の側面を捉えたタオの奇襲は成功した。
しかし、その成功も一時的なもので、絶対数があきらかに違い過ぎる状況は、すぐさまタオを包囲するものとした。
『クルゥァァァァアアッ!!』
ヴィラン達の猛攻がとどまる事はない。
いくらタオが導きの栞で強力なコネクトを実現していても、消耗という点では状況は相手と同じ。そうなると絶対数に劣るタオにとっては活路を見出すどころか、現状を維持する事さえ困難となっていた。
更にヴィランの攻撃が激化する。
タオは、槍を下げ盾で身を固める。出来るだけ強固に...出来るだけ重たく...出来るだけで後退せずに...
(甘く見てたぜ...ここは時間稼ぎじゃダメなんだよなっ...完全に撃退しなと...)
引いていた槍に力を込める。
『うぉぉぉりゃぁぁぁああっ!!』
強烈な衝撃が押し寄せていたヴィラン達に炸裂する。
多数を巻き込み、粉砕しながらヴィランの包囲網を衝撃波が貫く。
ヴィラン達も想像を超える攻撃の前に怯み混乱する。
『これで少しは...』
『クルゥァァァァアアッッッ!!』
次に控えるヴィランの部隊が維持しようとする戦線を突破しようと突入して来る。
『チッ...行かせるかよっ!!』
回り込むとタオは突入する部隊の後方に着き、可能な限りの槍突きを浴びせる。
無防備な背面に怒涛の攻撃を受けヴィランの突入部隊は一気に壊滅に追いやられる。
(...あぶねぇ。ここを突破されれば、あの小屋までは一直線だぜ...)
新たな部隊が現れてはタオが粉砕する。するとすかさず新たな部隊が現れ突入を試みる。
物量線を強いられる中、完全な突破は阻止しつつも、しばらくの時間の経過で、その戦線は徐々にあの小屋へと近づいて来ていた。
(クソっ...このままでは...)
小屋に到着していたネコマタと時計ウサギは、窓を通して見える、遠くの砂煙の下、繰り広げられているであろうタオの戦いを案じていた。
徐々に迫る脅威もよそに小屋の中では子ヤギ達が、時計ウサギの帰りに安心感を取り戻し互いに戯れ合っている。
『メェ〜、メェ〜...』
1匹の子ヤギがネコマタの尻尾を引っ張る。
『はぁ〜...コイツらは呑気じゃの〜、あの若造が力尽きたら、瞬く間に怪物隊が押し寄せて来ると言うのに...』
時計ウサギの知る「あらすじ」ではもう既に、この小屋はヴィラン達の突入で爆発を引き起こし、自身も子ヤギ達もその爆発に巻き込まれている。自分の持つ懐中時計がその衝撃で誤動作を起こし周りの空間ごと時間が戻り最悪な「あらすじ」が再び繰り返される。
今回は違う。
時計ウサギも子ヤギ達も、踏み入れた事のない時間を生きている。
「あらすじ」は変わり始めている。
ただ、結末が何処にも書き記されていない。
『...どうして、あの人は...』
『さあな...ワシもヤツと出会ってそう長くないのでヤツの事は分からんのじゃが、変なヤツだと言う事だけは確かじゃ...』
時計ウサギは、首からぶら下げた懐中時計を大事に握り締めている。
(...そうなのじゃ...どうして?アイツは...この小娘の首から掛かっている懐中時計を取り上げればそれで済んだ事なのだが...いずれにせよ消えゆく「あらすじ」だと言う事は、アイツもわかっておる筈だが...)
戦いは数時間を経過した。
『はぁっ...はぁっ...はぁっ...』
終わりが見えない戦闘にタオの限界は既に超えている。それでもヴィランの突破を阻止し続けていた。
ここまでの数を1人で阻止し続けられたのには、理由があった。幾度と突入を防ぎ粉砕している間に、ヴィラン達の突入には経路があらかじめ決められており、その「あらすじ」は決して変わらない事にタオが気付いたのだ。
突入して来る経路が絞り込まれれば、そのポイントに身を固め迎撃に専念すれば、この脅威の突入を防ぎ切れる可能性がある。
タオは、その可能性に覚悟を決め、途絶える事のない敵の迎撃、粉砕に注力していた。
ようやくその戦いも終わりの兆しを見せ始めた頃...
『グルララァァァァッッッッッッ!!!』
今まで相手にして来たヴィランとは比較にならない程、巨大で獰猛なメガヴィランがタオに向かって迫って来た。
『...やっと、お出ましか...メガ・ゴーレムとは...ついてねえなぁ...』
槍を得意とする、タオにとっては相性の最悪な相手となる。
メガヴィランがタオを間合いに捉えると、その巨体は恐ろしい勢いで突進を掛けて来た。
『グルララァァァァッッッッッ!!!』
『...コイツがどうやら最後かっ』
タオはボロボロになった盾を投げ捨てると、槍を構え渾身の力を込める。
『敵を選べないんじゃっ!しょうがねぇよなっっっっ!!』
タオはメガヴィランに対し深く構え突進を掛ける。
『うぉぉぉぉおおおっ!!!』
かなりの時間が経過し、間近で繰り広げられた壮絶な戦闘が終わりを見せたのか、小屋の周辺は静まり返っている。
『...随分時間が経ったのう。』
子ヤギ達は身を寄せ合い眠りに付いている。
『若造が力尽きておったら、子ヤギ達もこうも行くまい...だが...』
外を見つめる時計ウサギが何かに気付いた。
時計ウサギが小屋を飛び出し走り始めた。
その向かう先には、人影があり、その人影は、槍で支えながら、身を引きずりながらも歩いて来るタオの姿だった。
ネコマタも安心感か、溜め息を落とす。
(...全く、無茶な事を...)
疲弊し尽くしたタオの側に心配そうに時計ウサギが近づく。
『...よぉ、時計ウサギ...また会ったな...とりあえず...』
タオは、弱々しく右手を上げると、それを察してか、時計ウサギも右手を上げた。
『パンッ!』
お互いの手の平が合わさり弾かれ、心地良い音が鳴り響く。
そのままタオは疲れ果て崩れ落ちる。
ネコマタが駆け寄って来る。
『おいっ!若造っ!...しっかり...』
夜が明けて小屋の中では、
『あっ痛ってっっっっ...このっヤギっ!!』
『メェッ〜!メェッ!!』
『コイツッ!おいっネコっ!お前も!』
『シャァァァアアアアッ!!』
『クッソっ、なんだっ!?』
『メェェッ〜!メェッ!』
『うぉぉぉぉぉっっっ!!!』
タオとネコマタと子ヤギ達に格闘が繰り広げられていた。
その様子に時計ウサギも微笑み浮かべ参入する。
昨日まで続いていた、あの終わりのない悪夢の様な「あらすじ」は嘘だったかの様に、この「あらすじ」は自らの選択で読み進められている。
『さぁ〜て!行くかっ!』
タオが大きく伸びる。
『貴様もだいぶ回復したようじゃの。』
『おっ?心配してくれたのか?ネコっ?』
『馬鹿を抜かすなっ!貴様の心配などしておらぬわっ!...時計ウサギに感謝せい。時計ウサギがヒーラーでなかったら貴様など等の昔に沈黙に霧となっておったわ!』
『なに!?』
『お前...ヒーラーなのか...?』
時計ウサギは得意げに頷く。
『そうですよっ!あたしは、ヒーラーですよっ!』
タオが両手で時計ウサギの首を締める。
『ググググッ...』
『テメェッ、「ヒーラーですよっ!」じゃねぇ〜よっ!最初に言えっ!俺があのありえん数のヴィランを相手にしてる時っ...俺はだな...俺はだな...』
時計ウサギが切り替えす。
『だってっ!そんな作戦だったなんて聞いてないですよっ!!』
『若造っ!貴様が悪いっ!そもそも単独行動じゃしな。』
(クソッ...何て事だ...危うく何十回も死にかけたというののに...)
『まぁ、いいぜ。とりあえずあの子ヤギ達と楽しく暮らしてくれよ。』
『けど...お前も知ってる通り、この「あらすじ」が、いつまで続くかわからないんだぞ。いいのか?』
『いいんです。例え霧の中に消えてしまうとしても、ここまでに起こった物語は、誰かの記憶に残る。どんな最悪のあらすじも結末は決して決まり切ったモノではなく、大変だけど、とても、とても大変だけど、自分達で選び取る事が出来る...。仕方がない物語など、この世界には存在しない。それがわかりましたから...少し寂しいですけど...正式な物語にも、あたしは存在するみたいだし...ありがとうございました。』
時計ウサギは、タオとネコマタに深くお辞儀をした。
『...』
タオが笑顔で子ヤギ達を撫でながら応える。
『まあっ、お前が、いいて言うなら俺もいいけどな...そもそも正式な物語だと時計ウサギもこの7匹の子ヤギも物語は違っても重要登場人物だぜっ』
『バキッ!』
『...』
子ヤギの右フックがタオの顔面に直撃する。
『このぉぉぉっ、クソヤギィィィッ!』
時計ウサギが何かを思い出しタオに駆け寄る。
『あっ、コレ...懐中時計...どうぞ。』
『ああ...そうだったなっ、悪いな大事なモノなのに...』
『いえっ、事情は、あなたがヴィランと戦っている時にネコさんから伺いました。大変な事になっているみたいで、こんな壊れた懐中時計で役に立つのなら持って行って下さい。』
時計ウサギは懐中時計をタオに渡す。
『んじゃ、時計ウサギ、また想区で会おうなっ!』
『はいっ。』
こうして時計ウサギ達と別れを交わしタオとネコマタは、エクス達と合流する予定の地点へと向かった。
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