第3章 歪んだ鏡の表裏に映る姿は・・・

『ズドンッ!!ズドンッ!!』


『ドドッンッッッ!!』


激しい音と爆発と砂煙が舞い上がり、至るところで叫び声は飛び交う。

それは歓喜の声であり、悲鳴であり、怒涛の叫び声であった。


剣と剣が擦れ合う金属音や、空を舞う無数の矢の音。


『...ちょっと!何でここは戦争してるのよ!?』


エクスがシェインの頭を抑え込み、かがませる。


『シェイン...もっと身をかがめなきゃ...』


『でも、これだといつまで経っても進めないよ!...そもそも、何処と何処が戦ってるのよ!?』


『でっ!何で、その戦場の真ん中に挟まれてなきゃ行けないの?』


エクス達は「鏡の女王」の城に辿り着く直前、後方から突如現れた軍勢に混乱し、訳も分からず追われる様な形で城の城門まで辿り着いた。

すると、城の城門から大量の守備軍が出撃を始めエクス達は再び引き返し、守備軍からも追われる様な形になり、やがて両軍が衝突、戦闘が開始された。


...そして、二人はその戦場の中心にいた。


戦場は更に激しいさを増す。


『新入りさん!もうっ!どうして真後ろに逃げたんですかっ!?』


『あれはっ!あの時はっ、仕方が無くてっ...シェイン!後ろ!!』


巨体な兵士が大剣で斬りかかって来る。


『お前達!あの魔女の手の者かっ!!』


どうちらでもなく返す回答を持ち合わせていない彼等は自分達の身を守る。


シェインは大きく身体を捻り、紙一重で斬撃をかわす。


だが、足場が悪くバランスを崩し横転した。


『怪しい格好だな...やはり魔女の手先か...死ね...』


兵士は大剣を振りかざす。


『シェインっ!!』


次の瞬間、頭上より凄まじい衝撃が兵士の巨体を襲う。地面に叩きつけられた巨体は、反動で宙に浮き上がり、無防備となった。そこに、重い鎧を打ち砕くかの如く強烈な蹴りが入る。

その巨体は弾丸の様な速さで後方に吹き飛ばされた。


『子供、相手にムキになるんじゃないわよっ!...それに魔女じゃないって言ってんのにね〜...』


『あなた達、大丈夫?ここは危ないから離れて隠れてなさいねっ』


エクスとシェインは、窮地から救ってくれた相手に目を向ける。


その絶世の美貌は気品と自信に満ち溢れ、この戦場の中でさえも美しく激しく輝いていた。


『...あなたは?』


その女はエクスを見つめ笑顔を浮かべる。


『...女王よ。』


エクス達の周囲に密集していた敵部隊が、ざわつき始め指揮統制が乱れる。


『...魔女だ。』


『...魔女が出て来ているぞっ!』


その女王は大多数を相手に華麗に剣を構える。


態勢を立て直したエクスとシェインもとっさにコネクトを済ませ武器を構える。


『あら坊や達も手伝ってくれるの?』


『状況はわかりませんが...この数だと...』


するとエクスはある違和感に気付いた。


『あっ!?足が...燃えてる?』


女は余裕の笑みを浮かべる。


『ああ、コレね。危ないから私に近づいちゃダメよ。...火傷どころじゃ済まないからねっ。』


よく見る必要もなく、一見すれば誰がどう見ても、この美しい女王の足元は燃えているのだ。

青白い炎が足元から燃え広がり、時折その身を炎が包み込んでいた。幻でも魔法でもない熱を帯びた正真正銘の炎が、周囲の空気を揺らしている。


その魔女と呼ばれる女の登場で、城内へと突入を試みた敵部隊に動揺が走った。その動揺は相手に逆撃を許すだけの十分な隙を作り出していた。


『全軍!!押し返せっ!!』


主君自らが陣頭に立ち指揮をとる。剣を手に戦うその姿に皆が魅せられ、押されていた守備兵の士気が勢いを取り戻す。


『おおおおおおおっっっ!!!』


『突撃っっっ!!!』


その突撃は城塞包囲を完成させようとする敵の陣形を大きく崩す形になる。


『その位置にて守りを固めよっ!!』


重装備兵が前に進み出て防御壁を形成する。


エクス達はこの激しい戦局の変化に目を奪われ、唖然としていた。


『すごい...』


『なんて迅速で的確なの...』


予定を否定され押し返された敵陣は、混乱の中にある。

そのほころびを女は見逃さなかった。


『このまま、敵の中央を突破し分断せよ!!』


重装備兵の後ろから態勢を整えた味方守備部隊が敵陣目掛けて突入する。


『うおおおおおぉぉぉ!!!』


この中央突破で敵陣は崩壊したかの様に見えた。


『!!』


敵陣中央に突入して行った兵士達が次々と左右の上空へと弾き飛ばされて行く。


敵陣の中から衝撃が女目掛けて突き進んで来る。


『キシィィィィィンンンッ!!』


かん高い金属音が戦場に響き渡る。天使の羽根なのか、誰のものなのか、幾つもの羽根が舞い上がる。


その尋常ではない衝撃を女は自身の剣で受け止めた。


『チッ...打ち損じたか...魔女めっ!』


『相変わらずね...小娘』


その衝撃の正体は斬撃を連続的に放ちながら目で追う事がほぼ不可能な速さで突進して来た少女であった。


二人は剣を交えたまま睨み合っている。


『...白雪姫』


シェインがその名を口にした。


『おお、姫様!』


『白雪姫様だ!』


今度は逆撃を喰らい崩壊寸前だった軍勢が士気を取り戻す。


『ここは私に任せよ!中央の城門は既に突破した!!迂回して左翼部隊と合流、側面より城内への突入を試みろ!急げ!』


『はっ!』


(小娘め...)


『せぇぇぇぇやぁっ!!』


女王は白雪姫と交えた剣を振り払う。

白雪姫は、大きく後方に舞いながら斬撃をかわす。


『小娘っ!思い通りにさせないわよっ!!』


互いに剣を構え間合いをはかる。


『あなたの相手は私よっ!!魔女めっ!!』


すると白雪姫は、剣を空へと掲げ、力を注ぐ様な動作をとった。


(マズイ...)


『全軍引けっ!!!急いで城の中へ...』


次の瞬間、女王の目の前の少女は姿を消していた。


『はっ!上っ!』


その跳躍は、空へと駆け上がるかの如く速く、高かった。


そして、はるか上空から振りかざされる無数の氷の斬撃は氷塊へと変わり防御陣を敷く為に密集していた守備兵に降り注ぐ。


『ガッガッガッガッガガガガッッ!!!』


『うわぁぁぁぁっっ!!』


見下ろす地上では兵士達の悲鳴が渦巻く。


エクス達もこの惨劇に巻き込まれていた。


『シェインっ!』


『うへぇ〜、何とかっ!』


エクス達は降り注ぐ氷塊を剣と魔法でなんとか退けていた。


冷酷な氷塊は一向に降り止む気配が無い。

降り注ぐ無数の氷塊は、彼等の足場一帯を冷やし、その体温を急激に奪い続ける。

城壁の陰や装備している盾で氷塊を防いでいた兵士達も限界点に来ているのか、徐々に守りが崩れ、氷塊の餌食になって行く。


一時は戦局での優勢を得ていた大部隊だったが、この少女の脅威の前に、瞬く間に壊滅的状況に追い込まれた。


『このままでは...』


体力と体温の消耗からかエクスもシェインも弱りつつある。


白い光と冷気に包まれながら、空を我が物とする白雪姫が微笑みながら、惨状を楽しんでいる様にエクスには見えた。


その時、上空の白雪姫の更に上空に一筋の炎が見えた。


『お前は、ここを凍らしてどうするつもりなのさっ!!!』


『なっ!?』


白雪姫の背後から、と言うより真上から強烈な斬撃が下される。


完全に不意を衝かれた少女は女王の斬撃を剣で受け止める事が精一杯だった。

その衝撃と共に急落下して行く。


凍てつく雨はこうして止んだ。


城は残存部隊で何とか城内への突入を阻止したが、被害は甚大なものであった。


『はぁ〜...こりゃ大変ね。』


女王が辺りを見渡し忙しげに救護兵に指示を出している。


巻き込まれる形で出くわした災難を何とか免れ、安堵の息を漏らすエクス達に女王が歩み寄る。


『大丈夫〜?怪我してないでしょうね?』


『あっ、はい!大丈夫です。』


『あなた達も城で休んで行きなさい。部屋を用意してあげる。』


『あっ、ありがとうございます。』


兵士達が女王に駆け寄る。


『どうしたか?』


あとに続く兵士達の担架で運び込まれて来たのは、傷付き気を失った白雪姫であった。


『...』


女王は意識を失っている白雪姫に近づくと、手を伸ばし、その頬に優しく触れる。


心配そうな、そして、優しい目で白雪姫を見つめている。


しばらくして兵士達に指示を出す。


『早く手当てしてやれ!』


『はっ!』


こうして城の攻守を掛けた戦いは、ひとたびの終わりを告げた。


だが、白雪姫の軍勢は完全なる撤退を余儀なくされた訳ではなく、一時的に城外へと後退する範囲に留まっていた。


女王の城の包囲は依然として変わる事なく、城落の危機にあり、いつ再び戦闘が始まっても不思議ではない状況が続く。


「戻らぬ白雪姫」という現実を突き付けられた兵士達は、正統な復讐心が果たされるまで続くであろう戦いをここに覚悟していた。


だが、その行動を躊躇させていたのは白雪姫の死を誰一人として確認していないところにあった。生存して敵に囚われているのなら迂闊に突撃すれば、彼女の生命を危機にさらす事になる。決断出来ない覚悟程、頼り無いものは無い。


曖昧な空気と時間が霧の中を静かに流れて行く...。


女王は自身の部屋で兵士からの偵察報告を受けると、


『御苦労!まっ、しばらくは時間が稼げるわね』


『それにしても、いい加減、諦めてくれないかしらね〜』


報告に来た兵士も溜め息を漏らし苦笑いを浮かべる。主従関係は所々に存在するが、それ以上に親近感を重んじる女王は兵士に対して微笑みで返す。


エクス達は女王に用意してもらった部屋で、先の戦場での疲れを癒していた。

思わぬ惨事に巻き込まれながらもネコマタが説明していた「魔法の鏡」を持つ女王の元へと辿り着く事が出来た。


『変な女王様だね。』


『そうですね〜さっきの白雪姫への対応といい、見ず知らずの私達への客人対応といい、それにあの強さっ!?』


何か思い詰めるエクスの様子をシェインは伺う。


『新入りさん、最初に見惚れてたでしょ?あんなに綺麗な人、滅多にいないしね〜』


『あっ、ちがっ、違うよ!!』


『へぇ〜...』


シェインはエクスの後ろめたさを探るかの様に疑惑の目を浴びせつづける。


『ゴホンッ、どうして...どうしてずっと足が燃えてるのかなって....』


『ホントですね〜、魔法とかじゃないみたいだし...』


部屋のドアがノックされる。


女王のお付きの召使いだった。


『女王への謁見が許可されましたよ。どうぞこちらへ』


エクス達は旅の目的である「魔法の鏡」を女王から借りなくてはならない。借りるからには理由を説明して了承してもらう必要があった。


当初2人は説明して断られたら強奪する他ないという作戦もあったが、あの強さを目の当たりにして強奪は不可能だと理解する。きちんと説明した上でお願いするしかない現実に謙虚な姿勢で謁見を召使いに依頼していた。


召使いの誘導に従い、2人は女王の部屋へと向かう。


『女王様、2人を連れて参りました』


部屋にドアの向こうから声がする。


『入りなさい』


エクス達は女王の部屋へと入っていった。


『ごめんなさいね〜私の部屋で、「謁見の間」とかの方が良かったかしら?』


『...』


それでも女王を前に緊張するエクスとシェイン。


『あらっ、もっと楽にしていいのよっ、私、あんまり気にしないからっ』


足元に炎をまとう女王が優しく2人に尋ねる。


『何か、お話があってここに来たのでしょう?』


2人は、この「霧の想区」に来てから自分達に起こった出来事、レイナに起こった事、これから起こる事、その解決の糸口を探している事、全てを包み隠さず女王に説明した。


『...それは大変だったわね。...いいわよ、あの鏡で良ければ持って行きなさい』


すると女王が部屋の奥に目を向け、指差した方向に鏡はあった。


ただ、至る所が酷く曲がり表面はデコボコに歪み切っている。何を映し出しているかさえわからない。


『ですが、これでは...』


女王が鏡の方へ歩いて行くと鏡の前に立ち、


『鏡よ、鏡よ、魔法の鏡、この世で最も醜い人間は誰?』


女王が鏡に問うと鏡が答える。


『...それは、貴方よ鏡の女王...』


『あら、そうっ!』


女王はエクス達の方へ近づくと言葉を続ける。


『ねっ!一応はアレでも「魔法の鏡」やってるみたいなのよ。』


エクス達が知る「魔法の鏡」とは違っている。


『本当は、「白雪姫」って言うらしいんだけど、この「あらすじ」ではあんな感じなのよ。それにボコボコに歪んでるしね』


『坊や達の知ってるのと違うんでしょ?』


『はい、確かに「白雪姫」と答えるみたいで...』


『持って行きなさい。但し、その前に、二、三、頼まれてくれないかしら...』


『...?』


『アレよ...』


女王は更に奥の寝室に目を向ける。目線の先には女王のベッド上で眠る少女、「白雪姫」が眠っていた。


『時期に意識が戻るわ。その前にあの子を敵陣に返して来て欲しいのよ...ウチの兵士達だと怪しさに満ち溢れているから、坊や達なら街商人に変装して馬車で、この辺りを通り掛かった際、崖の側で拾ったとか何とかで「お助けしました」とか言えば大丈夫よ。』


『大丈夫ですけど!えっ!でも、そんな事すれば、またこの城が...』


『その時はまた守ればいい』


シェインが疑問を浮かべながら女王に尋ねる。


『どうして?どうして白雪姫と女王様は戦っているのですか?それに、ここに居る白雪姫は私達の知ってる白雪姫と何か違う感じだし...』


この疑問はシェインだけではなくエクスも感じていた。


白雪姫のあの尋常ではない獰猛さ、それに憎しみに満ちたあの表情は確かにエクスの知る白雪姫とは違う。白雪姫が女王と戦う理由も何なのか見えて来ない。


それに、自分の目の前に存在する、この美しく強く親しみ易い女王。彼女もエクス達の知る女王とは違い過ぎている。


『そうね...坊や達の話だと2人はこの「あらすじ」とは無縁だから話してあげる...みんなには内緒にしてねっ』


『じゃあ、まず、2人とも椅子にかけなさい。今、美味しいローズティーを入れてあげるわ。美味しいんだからっ!』


相変わらずの美しさと愛敬で全てが許されてしまうのだろうか?この人の前では...


3人はお茶を嗜みながらしばらく有意義な時間を過ごす。その間もこの城は敵に包囲されているという事実を忘れてはいけない。


『んん〜どこからがいいかしらね〜...』


『まず、この娘が私を殺害しようとしてるのは、単純に怨みや憎しみねっ!』


エクスとシェインが互いに顔見合わせ疑問を浮かべる。


『どうしてですか?』


『それは、坊や達も知っての通り、正式な物語では、私があの子を幾度となく殺害しようとしたからよ。猟師をさしがねたり、毒リンゴを使ったりして...全部失敗するんだけどねっ』


『でも、それは物語の筋書きだから...』


『そう、その筋書き通り、私は最後に罰を受ける』


女王は足元で燃える炎を見つめる。


....白雪姫と王子の結婚披露宴の席。王妃は真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊らされる。


エクスがその残酷な罰に不快な表情を浮かべる。


『じゃあ...それで物語は終わりでは?』


『終わらない...終わらないのよ。』


『最後には「死ぬまで踊らされる」とあって死んでないのよ。』


女王の足元の炎が若干強く燃え上がったかの様に見えた。


(今でも燃えているんだ...)


『それで殺し切れていない私の存在に、私に殺されかけたあの子に憎しみが、あの子を呑み込み「獰猛な白雪姫」を作り出している訳』


『だから、私を何度も狙って来るのよ...女の執念って怖いわねっ』


『この「あらすじ」がやがていつか霧に呑まれて消えるか、私があの子に殺されるかじゃないと、この悪夢は終わらない。残念だけどそんな「あらすじ」なのよ。』


『そんな...』


シェインがやり場の無い気持ちを噛み締める。


『話して説得は出来ないんですか!』


『あの子の無意識に潜む憎悪があの子を作り出しているから私の言葉は届かないのよ。物語の言葉ってそう言う役割でしょう?それが可能になってしまったら、それはもう物語ではなくなるのよ。...例え、それがこんな物語でもねっ』


(どうしてこんな運命なのにこの人は...)


『さぁ!秘密のお話はここまでよっ!この子が目覚める前に、この子を敵陣に返して来てね。そのついでに以前、仕立屋に依頼していたこの子のドレスが出来上がっている筈だから、ドレスを貰ってこの子のお城に届けて欲しいの。もう少しで、この子の本国で舞踏会がある筈だから、きっと似合うと思うのよね〜!鎧なんて着させて行かせる訳にもいかないでしょう?』


エクス達は女王のこの覚悟と明るさの前に何を言っても無駄な事を悟り、逆に敬意を持って与えられた仕事を遂行しようと心に決めた。


『はぁ〜...わかりました。』


『お願いねっ!』


西の城門付近が敵の包囲が薄い。仕立屋に変装を終えたエクス達は、女王が用意してくれた馬車に乗り、荷台には、あの「白雪姫」を載せ敵陣へゆっくりと向かっていた。


『止まれ...。』


包囲網の拠点を守る白雪姫の兵士達が行く手を阻む。


『街の商人か?...荷物を見せろ...』


後ろの荷台を確認した兵士が大声をあげる。


『白雪姫様!!!』


エクス達は女王に言われた通りに、城の側を通過する際、倒れている白雪姫を見つけ、お助けしたと伝えた。


『でかしたぞ!商人!これでっ...』


白雪姫を拠点の守備兵に引き渡し、自分達は、その先の街にある仕立屋の店に用がある事を伝えた。直ぐに通行許可が下り、目的の街までの護衛も付けてくれた。


そこで仕立屋の店より依頼してあったドレスを受け取り、そのドレスを届けるべくして白雪姫の城へと向かっていた。


『ねえ、シェイン?』


『何?新入りさん?』


『本当にこれでいいのかな...また戦闘が始まるよ。どうして親子で殺し合いなんて...』


『随分と大袈裟な家庭問題ですけど、殺し合いではないんじゃないですか〜?少なくとも女王様に娘である「白雪姫」を殺す意思はないみたいですし...まあ、だからいつまでも繰り返す訳ですけど...』


『そうなんだけど...でも女王の部屋で眠っていた「白雪姫」はあんなにおとなしくて...』


『眠っている時に凶暴な生き物なんて知らないですが、以外と影で操る黒幕みたなヤツがいてとかだと、まだやりようがあるんでしょうけどね...なんでこんな「あらすじ」に...』


『私達は与えられた仕事をしっかりやって、鏡を頂いて、早く姉御を...』


『あぁっ?』


エクスが何かに気付く。


道の脇であくびをしながら毛づくろいをしている長毛種の黒猫がいた。


2人は馬車を止めてネコに近づく。


『ああああっ、ここにもネコがいるだ〜!』


『どこから来たのかなっ!?お腹、空いてないかなっ!?』


シェインとエクスが撫でまわす。


『このネコも黒猫なんだね。ネコマタさんに似てるね〜!』


『...触るな。』


『...』


『えええええええええっっ!?』


『ネコマタさんっ!?』


そこに居たのは、正しくネコマタであった。


『でっ!?、お前達...何故にそんな間抜けな格好をして呑気に馬車など走られておるのじゃ...楽しそうじゃのう...』


『ギクッ』


ネコマタが2人を睨む。


『時間がないと言うたじゃろうが!!!』


『うわぁぁぁぁっっ!』


2人はこれまでの事情をネコマタに説明した。


『あの若造といい、コイツらといい、妙に「あらすじ」に首を突っ込みたがるのう...』


『でも、ネコさん?どうしてここに?タオ兄は?まさか喧嘩して?』


ネコマタがシェインを睨む。


『お前達が遅過ぎるから探しに来たのじゃ』


時計ウサギの件を済ませ、待ち合わせ場所の「失意の泉」でタオとネコマタは、数日待っていた。一向に姿を見せないエクス達を心配してか、タオはネコマタを捜索に出す。行き違いを避ける為、タオは「失意の泉」で待つ事になった。


『それで、この荷物をその「白雪姫」の城に届けるところなのじゃな...』


エクスとシェインが頷く。


『ならば、早く終わらせて、「魔法の鏡」を貰い若造と合流するぞ。』


エクス達の進める馬車が白雪姫の城へと到着した城門で手続きを済ませドレスの入った品を引き渡し彼等の任務は無事完了した。


『さあ!後は帰るだけですね!!これで鏡を貰って...』


すると城門が開き、おびただしい数の武装した兵士達が出て来る。


脇でそれらを眺めるエクスが城門の守備兵に尋ねる。


『アレは...?』


『行方が不明となっていた白雪姫様が見つかり全軍攻勢に出たんだ。魔女の城をもう少しで落とせると知らせが入り、更なる増援部隊がアレだ。勝利をより確実なものにする為のな。俺も魔女の首が飛ばされるところを見てみたいぜ!!』


すると城門の兵士が何かを思い出したのか、


『ああ〜そうだった!だいぶ前に別の街のお茶屋が、使いで来ていて、猫を連れた商人が来たら渡して来れとコレを預かっていたぜ。猫を連れた商人ってお前達の事だろ?』


『...だいぶ前に...?』


瓶に入れられたローズティーと手紙だった。


手紙には、「あなた達が立ち寄った仕立屋に鏡は預けてある。私が見せた紛い物の鏡ではなく、正式な鏡よ。忘れずに持って帰ってね。お茶は旅途中で嗜むように。お友達を救う事が出来る事を心より願っています。」


『はっ...』


エクスから涙が溢れでる...堪えようしても大粒の涙が溢れ出る。


(あの人はどこまでも、わかっていて、優しくて...)


エクスの中から込み上げて来る思いにある覚悟をさせる。


『あの人を助けよう...。』


『さあ早く!鏡の女王の元へ!今直ぐに!』


シェインとネコマタが戸惑いながら馬車に乗り込む。


『ちょっと!どうしたのよ!新入りさん!』


エクスは馬車を速める。


『女王は、全部知っていたんだ!僕達がやって来る事も!鏡を必要としてる事も!レイナの事も!城がこの後攻め落とされて自分も殺される事も!だから、ドレスを届けるようにこのタイミングで、自分の召使いではなく、僕とシェインに依頼した!危険から僕達を遠ざける為に!』


疾走する馬車の中でシェインとネコマタは手紙に目を通していた。


『...これは』


『ならばっ!坊主!そのようにすれば良いのではないのか!?このまま手紙に書かれている通り、仕立屋に寄って鏡を貰い受けて、若造と合流すれば?』


『ネコさん!そうなんだけど...そうなんだけど...言葉じゃなくて、コレは想いなんですよ!』


『女王が言った通り物語の中での言葉には役割がある。想いが言葉を超えてしまうとそれは、もう物語ではなくなってしまう。だったらこんな物語の結末は...』


『想いで変えてしまえばいい...か...』


ネコマタは懐中時計のウサギを思い出していた。


『あの若造も、お前達も...どうせ消えて無くなる「あらすじ」だと言うのに...全く...』


ネコマタは溜め息を落とすと深呼吸をして周囲の景色を注意深く観察した。


『あの森を迂回している時間はない!坊主!森を突っ切れ!そうすれば先の増援部隊を一気に抜き去り、先に女王の元へと辿り着くはずじゃ!!』


馬車は、城から続いていた街道を大きくそれて森の中へと進んで行った。


鏡の女王の城は激戦と化していた。既に全ての城門は突破され敵に城内への進入を許していた。


『この回廊で何とか持ち堪えよ!』


重装備兵が守りを固める。


『...とは言ってもこっちには増援なんてないのよね...行くか...』


すると女王は単独特攻を敵部隊に掛けた。


『命令撤回っ!ここは私が引き受けたっ!皆は逃げよっ!!』


『くうぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!』


凄まじい斬撃の嵐で敵部隊を押し返す。


新たな敵部隊が現れる。


主君を囮に兵士が逃げて良いものか戸惑う兵士達。


『女王様...』


兵士達の方に振り返り微笑み返す。


『そんな事、いいから早く逃げなさい。また後でねっ!』


『せぇっやぁぁぁぁっ!!』


女王は再びを敵部隊目掛けて攻撃を仕掛ける。


その攻撃に対して連撃で向かい討つ者が居た。


天使なのか、誰のものなのか、幾つもの羽根が舞い上がる。


次瞬間、衝撃と衝撃がぶつかり合う。


城内の壁がその圧力から吹き飛ばされる。


『またしても...小娘かっ!』


『今度こそ仕留める!魔女め!!』


息を吐く間の無く互いの次への攻撃が始まる。


『思春期の女の子てみんなそうなのっ!!』


そう言い放つと力を込めて斬撃が下から切り上げられる。その剣の軌道を白雪姫は見極め、身を回転させながらなぎ払う斬撃へと繋げる。


『うるさいっ!魔女め!子に刃を向ける母などこの世におらぬっ!』


鍔迫り合いで互いに引けず、剣通しの削れる音が城内に響く。


『ギィィィィィッッ!!』


『小娘!?そんなに憎いの!?...私を焼いたでしょう?』


『そんなもん、生ぬるいわっ!!』


両者がその力に弾き飛ばされる。


『どうやらあなたの教育方法を...』


『!!』


白雪姫は自身の剣に力を注ぎ込んでいる。


(マズイ...ここでは!)


この城の通路を埋め尽くす程の氷塊が女王の正面から迫り来る。

この狭過ぎる空間ではかわし切る余裕など無く、また防ぎ切るにはあまりにも膨大過ぎる量と衝撃であった。


『うっぁぁぁぁぁぁっっっ!!』


その直撃は女王に致命的な傷を負わせた。

そして足は凍り付いており、その俊敏かつ華麗な舞は終演を迎えた。


女王の足元の炎は消えていた。


『...ふふふふっ...これで』


傷を負い身動きが取れない鏡の女王に白雪姫がゆっくりと歩み寄る。

青白い冷気に包まれながら、その手には憎しみ、怒り、恨みを断ち切る為の剣をぶら下げ。


『さあっ!!死ねっ!魔女めっ!』


白雪姫は剣を大きく振り被る。


『白雪姫っ!!!!!』


その背後に現れたのは、エクスだった。


白雪姫も一瞬、エクスの出現に気を取られたが、気を取り直して目の前の魅力的な終わりに集中する。


『ダメなだぁぁぁぁぁぁっっっ!!』


エクスが強烈な踏み込みと同時に白雪姫に突進する。大剣の切っ先が地面と擦れて火花を散らす。


『ドホンンッッ!!』


エクスの大剣の衝撃は空気ごと白雪姫を吹き飛ばさす。


『きゃぁぁぁぁぁぁっっ!!』


エクスが女王に駆け寄る。

シェインとネコマタも続いて到着した。


『坊や...どうして...?鏡は?』


『理由はわかりませんっ!...だけど、こんな結末は...鏡はその後で...』


白雪姫がフラつきながら立ち上がる。


『貴様らどういうつもりだ...こいつは魔女で...冷酷な...』


『あなたのお母さんでしょっ!?』


シェインがコネクトを済ませ、白雪姫の前方に立ちはだかる。


『戦いで怪我をして、いつも治療してくれていたのは誰?』


『毎年、舞踏会に着て行くドレスは?いつもあなたにぴったりだったしょう?』


『テーブルマナーやローズティーの入れ方は?・・・誰に教わったの?』


『どこに行ってもあなたが恥をかいてしまわぬように見持ってくれている人が居たのよ?・・・忘れたの!?』


倒れながら様子を伺っていた女王が顔を背け表情を隠す。泣いているのだ。


『憎しみに呑み込まれしまってこんなに変わってしまったあなたの事をそれでも最後まで案じてくれる様な人間は、この世界で1人しかいない。それは...』


『お母さんでしょう?』


『...』


白雪姫の瞳から涙が溢れ出す。


握りしめた剣は、ほどけた指からゆかへと落ちる。


『...どうして私は...お母さん...』


白雪姫の様子が変わった。

表情から憎悪が抜けさり普通の可愛らしい少女に戻っていく。


ネコマタがシェインに呟く。


『小娘...今だ...』


シェインが弓を呆然と立ち尽くす白雪姫に狙いを定め大きく引く。


『やっ、やめてっ!!』


母である鏡の女王が止めようとするが、もはや女王は身動きが取れる状態にない。


『ビシュュュンッ!』


『!!』


シェインの放った矢は白雪姫の足元の床に突き刺さる。


正確に言うと、その矢は立ち尽くす白雪姫の足元の影に刺さっていた。


『ギャャャャャァァ!!』


悍ましい悲鳴と共に白雪姫の足元から現れたののは、顔から胸までは女性で翼と下半身が鳥の姿を持つメガ・ハーピィであった。


白雪姫は我を取り戻すと意識を失い倒れて込む。


シェインの放った矢がメガ・ハーピィの肩に突き刺さっていた。


『やはりな...坊主達の話からして、白雪姫の異常までの跳躍と突進は人のモノで無いと考えておったわ。それにあの憎悪に満ちた表情、そこに浮かぶ赤い目...何より決定的なのは、鼻が曲がりそうな、貴様のその匂いじゃ!食べてならぬ鳥の匂い。』


メガ・ハーピィがネコマタを睨み奇声を吐く。


『クルァァァァァッッッッ!!』


『ワシは高貴なネコじゃ、鼻が効くのじゃ!』


『そんな貴様が少女を誑かすのに潜める場所があるとすれば、少女の影の中しかあるまい!』


ネコマタが大きく剃ってメガ・ハーピィを見下す。


『いささか...知恵が足りんかったのう...鳥』


『!!』


『クルァァァァァッッッッッ!!!』


怒り狂ったメガ・ハーピィがネコマタ目掛けて突進して来た。


すかさずエクスがネコマタの前に飛び出し武器を構える。


『良い動きじゃの、坊主!』


『あの女王様も、そうだけど...このネコさんも...どうしてこんなにぃ!!』


エクスはメガ・ハーピィの攻撃を防ぎ、力づくで押し返す。メガ・ハーピィは大きく弾き飛ばさバランスを崩し、よろけた。


『シェインッ!!』


『了解!!』


『ビシュッ!ビシュッ!ビシュッ!ビシュッ!』


複数の矢が解き放たれ、その矢全てがバランスを崩したメガ・ハーピィの胴体に突き刺さる。


『ギャャャャャァァァッッッ!!』


メガ・ハーピィは絶命し消失した。


応急処置を終えた女王が倒れている白雪姫の元へ身体を引きずりながら歩み寄る。


頬に手を当て優しく見守る。


『...お母さん...ごめんなさい』


『ホント...バカな子ね。』


そのやり取りをエクス達も兵士達も見守っていた...


一夜が明けて、城で戦いの疲れを癒していたエクス達。


タッタッタッタッタッッ...


『今のネコマタさん...』


ネコマタがエクスとシェインの側を駆け抜けて行った。次の瞬間、白雪姫が凄い形相で追いかけて行った。


『待って!!黒猫っ!私の臣下になりなさいっ!』


『にや〜っっっ!!』


白雪姫に追いかけ回されるネコマタであった。


『ネコさんはも大変そうだな...』


女王がエクス達の側へとやって来る。


『これ、白雪姫っ!もうおよしなさい。』


『...だって喋る猫なんて』


『この方達はこれから大変な運命に向かうのですから...』


『召使いに鏡をとって来させたわ。コレを...』


『魔法の鏡だ〜』


『ありがとうございます。』


エクス達は深々とお辞儀をする。


『もうっ!ちょっとヤメてよっ!ホントは礼を言いたいのはこっちなんだから...一応立ち場上こう言ってるだけなの。あの子の前だしねっ』


『本当にありがとうね』


そう言うと女王はエクス達に笑顔を浮かべた。


エクス達も笑顔で返した。


『あっ!?女王様?足元の炎が...』


『そう消えたの...あの子と最後に剣を交えた時にね』


エクス達は白雪姫の方を見つめる。

ネコマタを夢中で撫で回す白雪姫がそこには居て、昨日までの剣を振り回していた少女とは思えない。


『無意識に誤りたかったのかな...お母さんにあんな事をして...だから氷を...』


『ヤメてよ...泣けて来るじゃない...でも痛みも消えたのよ!』


『えっ!?痛かったんですか!?』


『当たり前よ〜、足が焼けてるんだから...』


(どんな強靭な精神力なんだ...)


『まっ、それでもこの「あらすじ」がいつか消えるまでは、あの子と楽しく過ごせそうねっ』


女王は嬉しそうに目閉じてこれからの予感に浸っている。


『なんか、正式な「白雪姫」よりこっちの方が幸せそうですね。』


『うんっ、うんっ!』


エクス達は、出発の支度を整え城で、お世話になった人達に挨拶をして鏡の女王の城をあとにした。


見上げた空は以前より深く暗闇に包まれていた...


『レイナ...』


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