グリムノーツ〜編みほどかれた言葉の綻び〜
歩月
第1章 忘却の彼方へ
成り立たない「筋書き」・・・書き捨てられた「あらすじ」・・・ 綴られる事がなかった物語の断片は完結を求め同じ辻褄を繰り返す。役割りをはたせない言葉は沈黙へと変わり、やがて、掴みどころのない深い霧に、呑み込まれる。
昼とも夜とも判断出来ない薄暗い霧の中、彼等は幾つもの混沌と化した物語を調律しながら、終わりが見えない旅を続けていた。
演じる運命が記させれない空白の書を握りしめ次なる誰かの物語を求めて...
「おい?お嬢、本当に、こっちであってるんだろうな?」
一行の先頭を歩く少女が立ち止まり、男を睨み付ける。
「何よっ?また間違えてるとでも言いたいの?」
大雑把そうな男は、たじろぎながらぎこちなく不自然に宙を見る。
「・・・嫌。・・・単なる確認だ。」
「不服そうね〜」
黒髮の少女が間に入る。
「タオ兄、調律の巫女である姉御は、カオステラーやヴィランの気配を察して、その気配が強いと感じる方向へ進んでるだけなんだから、方向音痴だからだと言って次を右とか、あとこのくらいとか、こっちが近道とか、ないんだからね〜。」
調律の巫女は、すかさず少女を睨む。
「シェイン・・・方向音痴って・・・」
後ろで苦笑いを浮かべながら少年がフォローに割り込む。
「まぁ、まぁ、心細いけどレイナの感覚だけが、この沈黙の霧の中では頼りになる唯一のコンパスだから仕方ないよ」
「何よっ!エクスまでっ、「心細い」って、いったいどう言う意味よ!」
「えっ!?あのっ!?えっ!そのっ!」
「もうっ〜!!何でタオもシェインも笑ってるのよっ〜!!」
一見、噛み合っていないかの様に見えるこのパーティも、こうしたやりとりを重ねるうちに同じ境遇、目的での個々の絆を強くしていた。
「はぁ〜!やっとだぜ!」
「霧も薄くなって来たし、道らしい道も見えて来たし、この林を抜けりゃ想区だな!お嬢!上出来だぜ!」
タオは、大きな背伸びを終えてレイナを指差し言い放つ。
レイナは差されたタオの指ひねり返した。
「だから、最初から間違ってないって言ったでしょう!」
「少しは、アンタ達、信用しなさいよ!」
レイナは3人を睨みながら得意げな表情を浮かべていた。
「俺は、そもそも、初めからだな〜・・・」
「タオ兄が1番疑ってたクセにっ」
エクスも続こうとしたが、付近の別の物音に気が付いた。
「みんなっ、静かにっ」
エクスは近くの茂みに身を潜め木々に覆われた物音がする方向へと忍び寄る。
息を殺し様子を伺う。
「・・・クル・・・クル・・・クルァ・・・」
6、7体のブギーヴィランが泉を囲む様にくつろいでいる。
「ヴィランだ・・・」
後に続いて来たレイナ達からもその様子は確認出来た。
「さっそくかよ。だが、ラッキーな事にこちらに気付いていないぜ。」
タオが合図を出すと、4人は頷き、それぞれの「導きの栞」を取り出す。
「導きの栞」からヒーローへのコネクトが完了すると、位置に付き、次に攻撃のタイミングを待っている。
最初に仕掛けたのは、戦いへの意欲が高いタオだった。
「うおおおぉぉぉっ!」
茂みの中から、ヴィラン目掛け、疾風の如くタオのランスが突進する。
その衝撃は、ヴィランの胴体を完全に貫き悲鳴をあげる間も無くヴィランを粉砕した。
いきなりの出来事に状況を理解出来ていないヴィラン達に更なる不幸が襲い掛かる。
シェインは、あらかじめ敵が集中するポイント想定し、狙いを定め、複数の矢を事前に放っていた。
空気を切る音がヴィラン達の頭上で連続する。
混乱の渦に降り注ぐ矢の雨は、ヴィラン達に、致命的なダメージを負わせた。
「いつも通りの先手必勝っ!!」
3体のヴィランが絶命し、残る3体にも傷を負わせた。
残るヴィラン達は、ようやく状況を理解し、一瞬で自分達を危機的状況に追い込んだ、目前の最悪から、逃走する為の退路を探している。
退路らしき道筋が見つかると、その方向へと一斉に足を運ばせた。
だが、その退路の行く先には、既に回り込んだいたエクスとレイナが、待構えていた。
レイナが魔法詠唱を終えるとヴィラン達の目前に巨大な炎の柱が立ちはだかる。
その凄まじい炎はヴィラン達を焼き尽くす勢いで次々と呑み込んで行く。
全てが焼き尽くされたかの様に見えた。
「クルラァァアアアアッ!!」
しかし、ヴィラン達は炎の中を突き進んで来る。狂気、絶望、怒りと呼ばれる塊となって。
追い詰めらた敵ほど脅威と化す。
しかし、エクス達は、幾度となく繰り返して来た戦いの中で、その事を知っていた。
「でやぁぁあああああっ!」
迫り来るヴィランに対し、エクスは大きく踏み込み、下から上へと力強く大剣を斬り上げる。
風圧は炎を払い除け、強烈な斬撃は地走りと化し共に敵を直撃する。
爆発音が轟く中、ヴィラン達は、跡形も無く消滅した。
熟練されたチームワークの連携はパーティー全体の攻撃火力を大きく向上させていた。
「ボウズ、いい連携だったぜ!」
「冷やっとした瞬間はあったけど、まだまだ余裕ですね。新入りさん。」
仲間達に貢献出来ていると言う実感はエクスにとって嬉しく笑顔が溢れる。
「・・・だけど、こんなところで、ヴィランは、何をやっていたんだろう?」
レイナは辺りを見渡しながら、他に何かしらの気配が拾えるかと気を配るが、小さな動物や植物といったありふれた感覚しか感じない。
「ヴィランが居るという事は、もう想区に入ったのかしら・・・特に何も感じなかったけど・・・」
「低級ヴィランは気配が弱いから強くなり過ぎた姉御やシェイン達からは、見つけにくいとか・・・?」
「何?そのご都合仕様は・・・」
「まぁ、この状況だと、まだ何とも言えないわ。もう少し進んでみましょう。」
戦いを終えたエクス達は装備を整え、この薄い霧に満たされた森をまずは抜ける事に決めた。
「おいシェインっ!行くぞ!」
ヴィラン達がたむろしていた場所を物色していたシェインがタオの呼び掛けに気付き、向かって来る。
「戦利品っ、戦利品っ!」
シェインは何かを見つけたのか、手には何かを抱えている。
「もう〜、またシェインのコレクター魂に・・・」
「それ、何なの?古いランプみたいだけど・・・」
思わぬ掘り出し物に高揚するシェインをタオが制する。
「シェイン・・・その怪し過ぎるランプは置いていけよ・・・。」
「何でですかっ!?タオ兄!こんな素敵なフォルムにアンティーク感が抜群なランプは滅多にお目にかかりませんよっ!それにランプと言えば...何かしらの曰くが付いていて、レア感、半端無いですよっ!」
「俺が言いたいのはそこだ!その「曰く付き」だ!なっ?お嬢!?」
「そうね〜、「アラジンの想区」で魔法のランプってあったけど魔人やら何やらであまり良い印象はないわね・・・」
「それにだなっ、・・・そのランプ!」
タオが勢い良くランプを指差す。
「何で「まほうのらんぷ」って、わざわざ書いてあるんだよ!?」
レイナとエクスが目を凝らす。
(しかも、ひらがなで...)
「どう考えても怪し過ぎるぜ!!」
シェインは3人の様子を見渡すと、いい加減あきらめも付いたのかランプを足元に置いた。
「はぁ〜・・・今回ばかりは仕方がないですね〜、これだから素人は・・・」
「!!」
すると、ランプがカタカタと勝手に揺れ動き始めた。
「うおっ!?、そら見ろっ!」
エクス達はランプから離れ距離を取りつつ警戒する。
ランプの揺れは次第に激しくなり、口の所からは、黒い煙があがり始めた。
「カタカタカタカタッッカタカタカタカタッ」
「なんだ!?なんだっ!?」
ランプは更に激しく揺れ、壊れんばかりに地面に底を連続して打ち始めた。
尋常では無い量と勢いの黒い煙を吐き出し続ける。
「モクモクモクモクッッ、モクモクモクモクモクッッ・・・」
その膨大な煙は周囲のみならず、上空をも埋め尽くす。
稲妻が走り雷鳴が繰り返し鳴り響く。空は、漆黒へと変わり果てる。
「タオ兄・・・空が・・・」
震え怯えるシェインにレイナが寄り添う。
「大丈夫よ・・・シェイン・・・」
タオとエクスもこの状況に唖然としつつも武器を握る。
「・・・ボウズ、わかってるな・・・」
「・・・はい!」
更に漆黒の煙は勢いを増し、その煙は強大な悍ましい型を形成する。
長い尻尾に稲妻の様に光る背ビレ、二本の脚でその巨体は支えら、小さめ腕があるように見える。地響きなのか、巨獣の遠吠えなのか、空に轟く轟音は、あらゆる者に破壊的な恐怖を刻み付ける。
「ゴォオオオオァァアアアアアッッッッ!!」
目の前で起こっている絶望的状況にレイナとシェインは泣き崩れ失神寸前、タオとエクスは膝を落とし呆然とする。
更に絶望の雄叫びがこだまする。
「ゴォオオオオァァアアアアアッッッッ!!・・・・・・にゃお〜ん・・・」
(・・・・・・にゃお〜ん。)
「はっ!?」
エクス達は、違和感を感じて彼らを覆い尽くす漆黒怪物をもう一度見上げると、
「ガガガガガガッ、ガガガガガガッ・・・ゴゴゴゴゴゴッッ・・・」
ランプが壮絶な勢いで漆黒の煙を吸い込んで行く。それは始めに煙を吐き出していたスピードとは比べ物にならない程、はるかに速く、はるかに強力で、決して劣る事を知らない完璧な吸引力を実現していた。
瞬く間に全ての煙を吸い込み終えると、今まで夜の様に暗く、嵐の様に荒れていた空は通常の霧がかった晴空を取り戻していた。
「・・・」
エクス達は今起きた状況を飲み込めずに呆然としている。
問題の恐怖のランプに目を向けると側には黒い長毛種の猫が1匹、毛づくろいをしている。
「あっ・・・ネコだ。・・・何で・・・?」
猫が立ち尽くすエクス達に気付くと、
「貴様らか?・・・騒がしいのは?」
レイナとシェインが敏感に反応する、
「!!」
「ウヒョ〜、ニャンコが喋ったっ!?」
とっさにレイナとシェインが黒い長毛種のネコに駆け寄る。
「いや〜っ!カワイイねぇ〜っ!」
「どころから来たニャかな〜っ?・・・君、名前は何て言うニャかな〜?」
「うふぉっ!、フサフサだね〜っ!」
「むふっ!、モフモフだね〜っ!」
「・・・」
レイナとシェインは、先程の出来事など忘れたかの様に猫に夢中になり撫で回している。
「なぁ〜・・・ボウズ・・・ありゃ、いったいどう言う事だ?さっきまで泣いてたよな・・・」
猫と戯れるレイナとシェインを冷ややかな目で眺める。
「まぁ、なんて言うか・・・敵ではなさそうだし・・・危険も無さそうだし・・・」
しばらくして、レイナとシェインが、ご機嫌で猫を抱えてタオ達の方へ向かって来る。
レイナが嬉しそうに紹介する。
「この子、ネコマタって言うの!」
シェインが続く、
「こっちの大柄な方がタオ兄で、ちょっと影が薄い新入りさんが、エクス」
(影が薄いって・・・)
「この子が暇だから、想区を案内してくれるって!」
「・・・」
「ダメだ。」
「ええぇっっ!何で!?」
「コイツが何を知ってるかは知らなねえがダメだ。...まず得体が知れないからな。もう想区に入ってるみたいだし、早くカオステラーを見つけてぶっ倒して先を急ぐ。」
「仮に連れて行くとしても俺達の旅には危険が付いて回る、もしもの時、そいつは誰が守るんだ?」
「・・・」
猫と旅が出来ると舞い上がっていたレイナとシェインは旅の本来の目的を思い出し、諦めようとした。
・・・その時。
「黙れ!若造っ!」
長毛種の黒猫、ネコマタがタオを睨む。
「黙って聞いておれば好き勝手に自分の都合をほざきおって。そもそも想区に入っておるだと?ここは霧の想区じゃよ、貴様らが旅して来た想区の様に隔てる境界線など元より無いわ。それに、『連れて行く』じゃと?道も分からず宛ても無くこの辺りをうろついておったのじゃろ?『連れて行く』はワシのセリフじゃ。更に・・・」
「ギクッ」
『「もしもの時?」何を持って「もしもの時?」と抜かしておるのか分からんが、そのもしもの時?が貴様らにとって今じゃと思わぬのか?分からぬのか?理解出来ぬのか?霧の想区では時期に全てが呑み込まれ消えてしまうのじゃぞ!いつまでも彷徨い続ける事さえ叶わぬ状況じゃ...それを好意的に助けてやろうと言うのに・・・』
「・・・」
ネコマタが後ろに頭をそらせながらタオを睨む。
「・・・若造っ!図が高い!」
この好機を逃すまいとレイナとシェインがが便乗する。
「そうよっ!タオもお願いしなさいよっ!!」
「タオ兄、図が高いよっ!」
たじろぐタオはエクスに救いの目線を送る。
「・・・初対面なのに失礼だよ・・・謝った方が・・・」
「なっ!?」
(コイツら・・・ちくしょう・・・ネコめっ)
「ちょっと待てっ!どうしてコイツが危険じゃねぇって言える?お前達もさっき、恐ろしモノを目の当たりにしたろ!?泣いてだろ!?」
「おいっ!ネコっ!お前、さっきのあの黒いデカイ怪物は何だったんだ!?」
「登場する際の演出のひとつじゃ。」
「ベシッ!」
「テメェッ!なんちゅう登場の仕方、しやがるっんだっ!?」
「若造、貴様、実はワシの本性は、あの強大な怪物だとか考えておるのか?」
「そんな設定は無いわ。ちょっとした茶目っ気というモノじゃ。」
(クソッ、・・・俺は本気でビビっちまったぜ・・・)
「んじゃ、あのランプは何だよ?」
「ワシの寝ぐらじゃ。」
「ベシッ!」
「んな訳ねーだろっ!」
タオは肩を落とし、色々と諦めながら溜め息を落とす。
「はぁ〜・・・、まっ、いいか・・・。」
レイナが改めて挨拶をする。
「じゃあ、宜しくお願いしますねっ!ネコマタさん!」
こうして、黒い長毛種の猫であるネコマタと4人は、霧の森を抜けこの筋書きの首謀者が潜む「忘却の祭壇」を目指しその足を進める事にした。
その途中、幾度か、ヴィランに遭遇するも手こずる事は無くあっさり敵を撃退し、順調なペースで進んでいた。
切り立つ崖を下って行くと、具合の良い場所を見つけ、エクス達は、ひと息入れる事にした。
「はぁ〜、ちょっと疲れて来たわね。シェインは大丈夫?」
「姉御と違って、足腰が鍛えてありますから全然平気です。」
「じゃあ、少し休んで行くか?ボウズも疲れて来てるみたいだしな。」
「いやッ、僕は・・・」
崖といった地形の馴れていないエクスは息を既に切らしていた。
「それにしても、ネコっ、ここはいったいどんな想区なんだ?」
疲れを見せないネコマタが毛づくろいを始める。
「さっき言うた様に「霧の想区」じゃ、正式に言うと「沈黙の霧の想区」じゃな。貴様らが旅して来た正式な想区とは全く別物じゃ、言葉も音も消え、やがてはその存在さえも消えてしまう。沈黙の霧は貴様も知っておろう?・・・だが性質は知らぬか・・・」
「だけど、ネコマタさん、普通、想区と言えば物語が決まっていて登場する人物は全部決まっていて、それなりの役割を果たして成り立っているモノだと・・・」
ネコマタがレイナに目を向ける。
「成り立っていない、辻褄が合わない、あらすじが噛み合わない、そんな物語は、正式な物語では採用される事は無い。当たり前じゃがボツネタとして破棄される。その破棄された物語が行き先を失い、読まれる事も無く消えて行くのが「沈黙に霧」じゃ。」
「・・・なんか寂しいね。」
シェインが遠くの霧を見つめる。
「ここに来る途中、幾度か人にも出会っただろう?彼等もやがては消えて行く・・・そういう役割なのじゃが・・・」
エクス達は霧の想区の中で、何人かの登場人物を見かけていた。
猟師、小人、幼い兄弟や、眠り続けている筈の姫、その他にも、確かにエクス達が知る物語とは噛み合ってはいない。それぞれが個々に動いている様な違和感を感じていた。
何かに気付く様にエクスが切り出す。
「ネコさんの役割は何なんですか?」
「お前達をこの「あらすじ」から、出口へと案内する役目じゃよ。」
「もっと言うと「空白の書」を持つ旅の者達が現れたら「あらすじ」にそってこの混沌した霧の想区から脱出させる事じゃ。」
「単純に勝手に通り過ぎるだけじゃダメなのですか〜?ネコさん?」
「小娘・・・物語は何処かで終わりを迎え完結しなければならんのじゃ。それがどんなに意味のない「あらすじ」であってもな。」
「お前達がここで倒して来たヴィラン達もそういう配役だったりもする・・・。」
「取り敢えず、もうこの物語も終焉じゃ、あそこに古い神殿が見えるじゃろ、神殿と言っても今では廃墟じゃが、あそこの首謀者を倒したら完結じゃろ。」
下って来た崖は、まだ途中だが、見下ろす先には古びた小さな神殿が見える。
その神殿には「忘却の祭壇」と呼ばれる場所が備え付けられている。祭壇と言えば何か儀式染みたエピソードが付いて回るが、ここでは特別な理由や意味は無かった。
一行は崖を下り終え、古びた神殿で辿り着いた。これと妨害も無く難なくして内部に浸入する事が出来た。
「この先に祭壇があるんだね。もっとヴィラン達が待ち構えて抵抗して来るとか思ったよ。」
「ボウズ・・・油断するなよ・・・。そんなに広くない建物の中だと不意打ちを食らって一斉に包囲されたりしたら逃げ場所が無いからな・・・。」
エクス達は戦闘に向け「導きの栞」でコネクトを済ませ、警戒を高めながら奥へと進む。
「アレが「忘却の祭壇」か・・・」
奥の大広間に出ると、その先には祭壇らしきモノが設置されている。
ネコマタが祭壇の角でうごめく影に目を向け合図をエクス達に送る。
「ほれ・・・アレじゃろ。」
そこには、エクスがこの旅に出る切っ掛けとなった序盤も序盤の「シンデレラの想区」。
そこで想区を混沌と化す元凶であったカオステラーこと、「カオス・ゴッドマザー」が存在していた。
「カオス・ゴッドマザー!?何でこんな所に?シンデレラの想区でやっつけた筈なのに!」
「シェイン!来るぞ!!」
「・・・叶えましょう。叶えましょう。醜いものは美しく、清いものは悍しく、退屈な秩序は・・・」
カオス・ゴッドマザーがシェインに向かって突進して来る。
この間合いではシェインの弓が近すぎて機能しない。
「どこかで聞いた様なセリフねっ!」
レイナが光魔法を詠唱する。
その光の強さは神殿内の大広間から溢れ出る程の強さに達していた。
「ぐうぁかぁぁぁ!!」
カオス・ゴッドマザーが、たまらなく大きくたじろぐ。
「いまだっ!!」
タオとエクスがカオス・ゴッドマザー目掛けて突進する。
踏み込む勢いで砂埃と塵が舞う。
空間を突き抜ける槍の突きに、それを引き裂く強烈な斬撃。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
一瞬でカオス・ゴッドマザーは絶命した。
「あの時よりも、はるかに強いオレ達だぜっ!」
タオが決めセリフ的な事を言い閉める。
「まぁっ、貴様らだと余裕じゃろ。」
「案内する」という仕事を終え、ネコマタは毛づくろいを始めた。
「よしっ!お嬢、頼むぜっ」
レイナは頷くと、絶命したカオス・ゴッドマザーに対して調律を始めた。
「混沌の渦に呑まれし語り部よ・・・」
ネコマタが、シェインに尋ねる。
「・・・おい、あの、姫さまは、いったい何をしておるのじゃ・・・?」
「ネコさ〜ん。アレは物語を調律してるんですよ。カオステラーの影響で混沌と化した物語を正しい物語に・・・お嬢は、ああ見えて「調律の巫女」なんですよっ。」
『!!』
(「調律の巫女」だと!?)
「この後、光る蝶々とか飛び始めて・・・?」
「ネコさん?どしたの?」
「直ぐ!やめさせるのじゃっ!!」
するとネコマタは尋常ではない勢いで調律を始めているレイナに向かって走り始めた。
疾走するネコマタの後ろからタオが飛び付く。
「コラァっ!ネコっ。大人しくしてろっ!もうすぐ終わるから・・・どうしたって言う・・・」
タオに抑えつけられるネコマタが暴れる。
「はっ・・・な・・・せっ!」
「シャァァァァッッッ!!」
抑えつけていたタオはネコマタに顔を引っ掻かかれネコマタを解放してしまった。
ネコマタが再び駆け出しレイナに叫ぶ。
「やめるのじゃっっっっ!!」
調律も終盤に差し掛かるレイナの背後にネコマタが飛び付こうとした。
「カランッ!」
「・・・パカッ」
その時、後方にいたシェインの手から、あの「まほうのランプ」が床に転がり落ち、その反動でランプのフタが開いた。
ランプの横にに小さく点灯する緑色のLEDはスイッチがオンになった事を示す。
「ゴゴゴゴゴッ・・・ゴガガガッゴゴゴゴゴゴッッッ・・・」
その吸引力は既に証明されていた・・・。
ネコマタがランプに吸い込まれて行く。
「こっ・・・こんなっ・・・時にっ・・・」
完全にネコマタを吸引し終えた「まほうのランプ」は静かになり。小さく点灯するLEDは緑から赤へと変わる。
「あっ、いてぇ・・・何なんだ急にあのネコはよ!・・・だが、シェイン!ナイスだぜ!」
「シェインもビックリしましたよ。急にネコさんが、凄い形相で姉御の方へ走り出したんで何事かと・・・ランプはタマタマ転がってスイッチが入ったみたいで・・・」
「だけど、ネコマタさんは、ホントにどうしちゃったんだろう?・・・普通じゃない様子だったし・・・」
「ったく・・・。」
調律を終えレイナの身体は白い調律の光に包まれる。その落ち着いた時間の中で優しい光に3人は魅せられる。
「キャァァァァッッッ!!」
「!!」
突然、レイナが悲鳴を挙げる。
「お嬢!?」
「これはっ・・・!?」
異常な様子に3人は直ぐに気付いた。
光を放って消えたカオス・ゴッドマザーの位置から黒い何かがレイナを包み込み始めていた。
それは、黒い光、黒い炎、黒い物体、つまりは得体の知れない何かである。わかっている事は、光に黒いモノは無く、炎にも黒は無い。物体としてそこに存在するのなら、それは深すぎ程黒い闇だと言う事。
その深い暗闇は意思を持つかの様に、逃れようするレイナを呑み込んで行く。
「お嬢っ!離れるんだっ!」
「レイナ!!」
「このままだと姉御が・・・」
タオとエクスが目を合わせると、タイミングを計り暗闇へと特攻を掛けた。
タオは装備していた盾で目の前の暗闇をなぎ払う。
広がった空間にエクスがレイナ目掛けて突入して行く。
意識を失いかけているレイナにエクスが迫る。
「レイナァァァァ!!」
名を呼ぶ声に意識を取り戻し、迫るエクスにレイナは手を伸ばした。
「・・・エクス」
凄まじい衝撃がエクスを襲う。
「バチンッッッッッッ!!」
その繋がる手は大きく弾かれ、エクスは後方へと吹き飛ばされた。
「ボウズっ!・・・クッソ!」
続くタオが飛び込もうと踏み込んだ次の瞬間、猛烈な暗闇の嵐がレイナを中心として吹き荒れる。
「うわぁぁぁぁっっ!!」
タオのみならず3人はその衝撃で大広間の入り口付近まで更に吹き飛ばされた。
暗闇の嵐は、弱まるどころか徐々にその威力、勢力を増して行く。
気付くと、エクス達とレイナとの間には、救出するにはもはや絶望的な距離が出来上がっていた。
既に意識を失っているレイナは吹き荒れる暗闇に身を委ねていた。
暗闇に包まれるどころか、レイナの身体から漆黒の闇が今では生み出されている様にも見える。
その目は虚ろで純粋に澄み過ぎており不気味さを感じる。
「・・・お嬢」
「・・・どうなって・・・」
「姉御・・・.嫌だよ・・・」
暗闇は左右へと回転を速め中心へと激しく包み込んで行く。
中心に位置するレイナの姿は今では見て取る事が出来ない。
迫る来る激しい暗闇の渦。
動揺と恐怖からか、エクスが、暗闇の嵐に突入する。
最初とは比較にならない程の衝撃で弾き飛ばされる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
エクスの身体は広間の壁に激しく叩き付けられ床に崩れ落ちる。
「・・・助けなきゃ・・・レイナ・・・」
力を絞り出す様に立ち上がりもう一度、突入しようとするが、その足はふらつき、直ぐに崩れ落ちる。
「退け!!ここは退くんだ!!とりあえず退け!!」
「タオ兄!姉御を見捨てるの!?」
「早く・・・早く・・・レイナを助けなきゃ・・・」
タオは今ここで巡らせる事が出来る限界の思考で判断した。レイナとはエクスより付き合いが長く、目の前で彼女を助ける事が出来ずに逃げ出すという決断は本人にとって、血が滲み出る様な思いであった事に違いない。
だが、ここで3人揃って全滅して終わるより、まだ助け出す方法が何処かにあるのなら、それを見つけ出しレイナを救出する。それが自分としての責任と義務である。その思いがこの状況より撤退するという決断へと至らせた。
「お嬢を見捨てたりは、しねぇっ!ここでで全滅したら、助けられるものも助けられないだろ!!」
「シェイン!そこでのびてるボウズを頼むぜ!」
暗闇の渦は次第に3人の方へと拡大して来る。
タオが盾を構え身の重心を沈める。
「早く行け!俺は退路を守る!」
倒れているエクスを引きずりながらシェインは、出口へと向かう。その退路をタオが守りながら後退する。
(待ってろよ・・・お嬢。必ず・・・)
「まほうのランプ」より煙が噴き出し、ネコマタが登場した。以前の派手な演出は今回は用意されていない。
「あの娘は!?・・・何があったのじゃ?」
ネコマタは周りを見渡す。
「・・・」
「何が起こったのかを知りたいのはこっちの方だぜ!!」
「・・・調律をしてしまったのじゃな・・・。」
「そもそも、この想区は貴様らの言う「カオステラー」によって秩序を壊され混沌と化した物語では、ないのじゃ。・・・断片的にあらゆる「あらすじ」が無秩序に絡み合い成り立っている物語。」
「じゃあ、あのカオステラーのカオス・ゴッドマザーは?」
「アレも、「カオス・ゴッドマザー」であってカオステラーではない。ただの首謀者じゃ。ここらで貴様らが出会ったヴィランと同様、決められた配役じゃよ。」
「ヴィランが物語の配役だなんて・・・」
「ここは、お前達の知る想区とは異なる」
「なんだよ・・・それ・・・」
「ヴィラン達が、街やら村やらを破壊している、そこに「空白の書」を持つ一行がやって来る。「高貴なネコ」に出会い導かれ、その地域の首謀者であるボスを倒す。住民達は訪れる平和に喜び、「空白の書」を持つ者達は次なる冒険へと旅立って行った...そういう物語じゃ。」
『「高貴なネコ」ってとろこが引っかかるけど、よくある、単純なありふれた物語・・・。』
「坊主・・・。「高貴なネコ」というところが重要なのじゃが・・・その通りじゃ、坊主。なんのひねりもトリックも無い退屈な物語じゃ・・・」
ネコマタが3人を睨み付ける。
「どこにも「物語を調律せぇっ」なんぞ書いておらんのじゃっ!!」
「ギクっ!」
「そんな変な想区だなんて聞いてねぇぞ!」
「若造っ!それを言うなら、あの娘が「調律の巫女」だとも聞いておらんぞっ!それに「お前達の知る想区とは異なる」と初めに言ったじゃろうが!更に、「おかしい」と思わんかったのか・・・?敵が弱すぎるとか感じなかったのか・・・?ヤツらはお前達にヤラれる役柄を見事に演じておったのじゃ、それをコレでもかぐらいにハデにヤリおって・・・」
「・・・鈍すぎる」
シェインが間に割って入る。
「二人共、止めて下さいよ!それにタオ兄・・・姉御を・・・」
「・・・」
「レイナは!・・・レイナはこれからどうなるんだ!?」
「あのお姫さまか・・・「調律の巫女」どころの話では済まされない。貴様らも見たであろう、あの暗闇。やがては、世界全体があの混沌の暗闇に呑み込まれる・・・。」
「貴様らが旅して来た正式な想区など霧の想区から比べると微々たるモノじゃ・・・そう時間を要すまい・・・。」
「でもどうして?姉御があんな事に・・・?」
「正式な物語を調律すると、どうなるかわかるか?」
「そんな事、した事も無いし、聞いた事も無いよ・・・」
「「見た事は」だけはわかるか・・・。今のこの最悪の状況だ。」
「調律に調律を重ねると単純に増大する。だが物語には必ず終わりがあり、その規模には限りがある。限りがある以上、どこまでも溢れ続ける事は出来ない。限りを起点に跳ね返って来た「あらすじ」と、溢れ出て来た「あらすじ」が衝突し不協和を生み出し、物語の秩序は崩壊する。」
「その元凶がカオステラーだと?」
「そう考える者もおるが、確かな事は誰にもわからんじゃろ・・・だが、ここでは、あの「調律の巫女」がその元凶に成り果てている事は確かな事じゃ。」
「・・・お嬢。」
「カオステラーを倒せば、みんな元に・・・」
「坊主、あのカオステラーとなった「調律の巫女」を倒した後、誰がこの想区を調律するのじゃ?・・・それに、ここは「霧の想区」でお前達もこの想区の住民ではなかろう?倒してしまうとあのお姫さまは、沈黙の霧の中に消え果て、調律出来ないまま、想区全体、いや世界全体が混沌の暴走に呑み込まれるぞ。」
「クソっ!もうどうする事も出来ないのかよ!!」
(・・・まさかな・・・「調律の巫女」とは・・・)
ネコマタは古びた神殿の方へと目を向け、その視線を空えと運ぶ。
まるで、神殿から噴き出す悍ましい暗闇が空へと注ぎ込まれている様に見える。
どれだけ考えても埒があかない、それでも考える事しか選べない。過ぎ行く時間は彼等の心を後悔へと繋げて行く。
「姉御・・・どうして・・・」
「あの時、俺がっ・・・クソっ・・・」
「・・・僕がもっとしっかりレイナを・・・」
彼等とは別に解決策に考えを巡らせていたネコマタがようやく糸口に辿り付く。
(やれやれ・・・これしかないか・・・仕方がない)
失意に溺れ疲弊する3人にネコマタが歩み寄る。
「おい!いつまでグズグズしとるのじゃ?全くだらしがないの・・・あの姫さまを助けるのじゃろ?」
そう言うとネコマタは空を見上げる。
「空を見てみろ!」
ここしばらくうつむきながら決して変えられない過去に打ちのめされ続けた3人は、空を見上げた。
数時間前とは比べ物にならない程、暗闇は大きさを増し空の在り方を変えていた。
3人は、事態の深刻さを改めて実感する。
もう一度、失望の底に突き落とされそうになるところ、そんな3人に1匹がネコが手を差し伸べる。
「もう、あの忌々しい暗闇で真っ暗じゃ!時間が無いから手短に言うぞ!」
「急いで、「懐中時計」と「魔法の鏡」を見つけるのじゃ、いずれも、この「霧の想区」に散らばる「ちぐはぐなあらすじ」に中に存在する。正式な想区のモノではないが、代用するには十分じゃろ。」
エクス達が疑問そうにネコマタを見る。
「懐中時計と魔法の鏡・・・?」
「何でも説明したがるワシじゃが、あの空をみての通り時間が無い。・・・と言うより、説明は、品が揃ってからじゃ・・・」
「あの祭壇に辿り着くまでの途中にも、貴様らは、いろいろな断片的な「あらすじ」を見かけて来たな。ヘンテコなモノばかりだったが一応は物語じゃ、そんな「あらすじ」がここら辺りには散乱しておる。」
「その破棄された「あらすじ」に一時的に介入して、その「とんでもアイテム」を拝借して来ればいいんですね。ネコさんっ!」
「御名答じゃ。小娘。「空白の書」を持つお前達ならそれが出来る。」
この追い詰められらた状況で、出来る事がまだ残されている。
彼等は立ち上がる。
「よぉ〜し!!そうと決まれば出発だっ!!」
タオの表情から重たい曇りが消える。
「若造っ!出発はいいがどこへ行く気だ?」
ネコマタはこの「霧の想区」周辺に心あたりがある位置を彼等に伝え、残されている時間も考慮して二手に別れて捜索する事を提案した。
「ネコ・・・お前の事は信用ならんが、今は仕方ねえ・・・それで行こう。」
「別に貴様に信用など必要としておらんわ。」
(クソっ・・・なんてネコだ・・・)
「時間が無い。シェインはボウズと一緒に「魔法の鏡」だ。俺はもう一方をあたる。」
「鏡を手に入れたらここで集合でいいんだね!」
「ああっ、ここで落ち合う。」
するとエクスとシェインは、「鏡の女王」が住むと言う城を目指し走り出した。
「ネコっ!お前はどうするんだ!?」
「・・・仕方が無いから貴様に着いて行ってやるわ」
「そいつは、助か...うむっ...足手まといになるなよ。」
「素直さが欠けておるの〜。人間という生き物は面倒な事ばかりじゃ・・・着いて来い!」
(クソっ!・・・ネコめっ!)
タオとネコマタも目的地を目指し走り出した。
こうして、闇に呑み込まれた「カオス・レイナ?」を助けるべく、一行は、二手に別れ「失意の池」をあとにした。
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