第五章

援軍

「くそ! こう敵が多くては……」

 兵士たちと共に王は槍を馬上からふるい、全身返り血をうけ必死に戦っていた。戦いは王の有利に運んでいる。魔物たちは作戦などなにもなく、むやみやたらと真正面から襲い掛かるだけで、それを向かい撃つ兵士たちは側面から、あるいは背後からたくみに剣を突き刺し血祭りにあげる。しかしなにしろ魔物の数が多かった。

 王のとなりで長剣をふるう兵士長が叫んだ。

「王さま、こうなっては魔物使いたちの加勢を頼むしかないのでは?」

「それはそうだが、どうも今回のこの魔物たちの攻撃、不審な点がある」

「と、申しますと?」

「おぬし感じぬか? いつもの魔物の攻撃の仕方が妙なことを」

 王の言葉に兵士長も同意せざるを得なかった。

「はあ、なにやら狂気すら感じますな。何度か剣を突き刺せば、その痛みで魔物はひるみますのに、今回はまるで死ぬことすら恐れておりません様子で……」

「そこじゃ! この狂気に魔物使いたちの魔物たち、正気を保っておられるかあぶないものだと思わんか? もしそんなことになれば、われらが腹背に敵を引き入れる結果になりかねん」

「しかしこの多数の相手にはわれら数がたりませぬ! ハランスの町に援軍を頼みに伝令が向かっていますが間に合うかどうか……」

 むう……、と王は馬上でうなった。

「しかたがない。兵士長、そちが魔物使いたちのギルドに援軍を要請せよ!」

 はっ、と兵士長はうなずいた。さっと剣を持つ手を額にかざすとその場から立ち去る。

 それを見送る間もなく魔物たちがふたたび押し返してくる。王はもはや無心に槍をふるい、突き刺し薙ぎ払う動きしか考えられなくなっていた。

 パックとタルカスもまた機械的に手足を動かし、襲いかかる魔物に立ち向かっていた。

「パック、ハランスの町よりは戦いがいがあるぜ!」

 タルカスは笑いながら叫んだ。パックはそれに答える余裕などなく、ただ剣を揮うだけで精一杯だ。それでも魔法を使えるパックのほうがより多く魔物を倒していた。

 そこへファングが飛び込んできた。

「パック! ミリィが……」

 言いかけたファングに一匹の魔物が襲いかかった。全身ぬらぬらとした粘液にまみれた巨大な蚯蚓の化け物だ。ファングはさっと弓矢をかまえ、ひょうとばかりに一矢報う。ぎゃああ……、と蚯蚓の化け物は体節から体液を噴出させ、地面に横たわりひくひくと蠢いた。

「ミリィがどうしたって?」

 パックは叫んだ。そのパックに巨大な猿のような魔物が襲いかかった。パックは剣を両手に握りしめ、真正面に切り下げる。ずばり、と顔の真ん中から血を噴き出し、猿は倒れた。ファングはパックに駈け寄り叫んだ。

「魔物が彼女を狙っているの!」

「なんだって!」

 パックはぼうぜんとたちすくんだ。あぶないっ、とタルカスはパックに襲いかかった魔物に剣を突き刺した。ファングはパックの手を引き、戦いの現場から引き離した。

「ミリィが危ないわ! 魔物が狙っている」

「なんでファングがそれを知っているんだ?」

 パックの問いにファングは唇をかみしめた。それを見たタルカスは喚いた。

「つべこべ議論する前に、城に行くべきだ! ここはおれに任せろ!」

 その言葉にファングはパックの手を握った。

「ね、行きましょう! 彼女と出会うために旅したんでしょ? ミリィはあんたの大事なひとなんでしょう?」

 パックはファングの顔を見つめた。真剣な表情に、パックは彼女が嘘を言っているのではないと確信していた。なによりもミリィのことがにわかに心配になってくる。

 うん、とパックはうなずいた。タルカスにうなずいて見せると、ファングとともに走り出した。ちらりと背後をふりかえると、兵士たちの群れの真ん中で王が槍をふるって戦っている真っ最中だった。

 戦いの現場から離れたとはいえ、町には魔物がいたるところにはびこっている。城に向かうパックとファングは、その途中無数の魔物と出会い、血路を切り開いて進んでいた。

 ようやく城に着くと、ここもまた魔物によって取り囲まれている。近づくふたりに、魔物が一斉に襲い掛かってきた。

「ファイアー・フラッシュ!」

 呪文を唱えると、パックの手の平から無数の炎のかたまりが宙を飛び、魔物にぶちあたった。あたっただけでは魔物は倒すことは出来ないが、本能的に火を恐れるのか、炎が近づくと魔物たちはぎゃあぎゃあと喚いてひるんだ。そのすきにふたりは城の正門にたどり着いていた。

 正門は閉ざされている。ファングは城の外壁を見上げ叫んだ。

「開けて! あたしたちを入れて頂戴!」

 外壁の上に兵士が数人魔物を狙って弓矢を放っている。その中の何人かがファングの声に下を覗き込み、叫び返した。

「駄目だ! いま門を開けたら魔物が入り込んでくる。お前ら、町に帰れ!」

 くそ……。パックは焦りだしていた。こうしている間にも、ミリィの身が心配でならない。

 ファングを見て叫ぶ。

「裏門へ急ごう! あそこからなら……」

 ふたりは正門から壁つたいに走り出した。

 ぐるりと城をまわり、裏門に出る。ここもやはり閉ざされていることにはかわりない。

 あたりは誰もいない。魔物は正面にのみ攻撃を集中させているようで、このあたりには兵士もいなかった。

 パックは手にした剣のつかを門に打ち付けた。

「開けろ! 開けてくれ!」

 答えはない。

 どうしよう、パックはますます焦っていた。

 城壁を見上げる。その高さは絶望的で、この壁を這い登るなど考えられない。

 そのとき、物入れからヘロヘロがにゅるりと顔を出した。

「パック、ぼくがなんとかするよ!」

 お前が……。パックはぽかんと口を開けた。第一、いつこの物入れに入り込んだんだろう。

「ファング、きみロープかなにか持っていないかい?」

「ええ、持っているけど。でもただのロープよ。引っ掛け鉤なんか、ついていないわ」

「それでいいよ。それをぼくが壁の上にもっていく。それを伝えば、登れるだろう?」

 あ! と、ふたりは顔を見合わせた。そうだ、スライムなら壁を登ることなどお手の物だ!

 ヘロヘロはファングからロープを受け取ると、一端をそれを身体のなかに埋め込み、するすると城壁を登りはじめた。見あげるふたりの前で、ヘロヘロは城壁の向こうへ消える。

 しばらくしてヘロヘロの声が聞こえてくる。

「もういいよ! 登ってこれるよ!」

 パックはためしにロープをぐい、と引っ張った。

 大丈夫そうだ。頼もしい手ごたえが感じられた。

 ぐい、ぐいとパックはロープを伝って登りはじめる。城壁の上へ登ったのを確認して、ファングも後につづいた。もっとも非力なファングの努力の大半を、パックがロープをたぐることによって肩代わりしたのだったが。

 城壁の上は広々として、兵士たちが通行できるようになっている。塀が盾となって弓をはなつことにより、城を防御するのだ。内側には下に降りる階段がついていて、ふたりは城の中庭に降り立った。パックはヘロヘロに話しかけた。

「ヘロヘロ。お前、ミリィの部屋にいったんだよな? 道は覚えているか?」

「あったりまえさあ!」

 ぴょん、ぴょんとヘロヘロは中庭を跳ねてふたりを案内した。

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