あとからあとから魔物は湧いて出てくるようだった。倒しても、倒してもきりがなく、王の顔に焦りの色がふかまった。揮う槍も重たく感じ、まわりをとりまく兵士たちの顔にも疲れがでてきたようである。

 じりじりと王の軍隊は魔物に押されはじめた。

 ぐえええ……。

 ふいに頭上から聞こえてきた咆哮に、王は顔を上げ空を見上げた。

 なんと、夜空をバックに、うすい被膜の翼をひろげた魔物の群れが空を飛び、近づいてくる。

 王の表情に絶望があらわれた。

 竜だった!

 竜が魔物の軍勢に加わったのだ。

 ドーデン王がはじめて見る竜であった。いままで無数の魔物がドーデンの町を攻撃してきたが、竜が加わったのはこれがはじめである。噂で聞いただけであったが、実際に目にしたいまはその噂はまるきり竜の真実を伝えていないことがわかった。

 すらりとのびた優美な姿、その鱗は月光を反射し、きらきらと虹の色を反射している。

 美しい……。

 魔物というよりは、なにか神聖な生き物のように思えてくる。

 ぐおおおおっ!

 竜がふたたび吠えた。

 くわっと大口を開ける。

 と、その口からごおおおっ、と青白い炎が噴き出した。

 竜の炎はドーデンの町をなめつくし、その炎がふれた途端、まるで爆発がおきたように一気にオレンジ色の火炎が噴きあがる。

 どおおんっ!

 空気が一気に膨張し、熱い気団がふくれあがった。

 ぱり、ぱりんと音を立て町の家々のガラス戸が一斉に割れとんだ。

 もう一匹の竜はまっしろな霧のような息を吐き出した。

 こんどは息にふれた場所はたちまち凍りつき、兵士たちの何人かが息にのみこまれ、一瞬でまっしろな氷の彫刻になってその場でがしゃ、がしゃんと音を立て割れていく。部下たちの無残な最期に、王は唇を噛みしめた。

「王さま! 魔物使いたちが加勢にまいりましたぞ!」

 通りの向こうから、伝令に走った兵士長が戻ってくる。

 その背後には、多数の魔物を引き従えた魔物使いたちが後を追って近づいてきた。

 それを見た王の顔に、やっと希望のひかりがともったようだった。

「みなの者! 加勢があらわれたぞ! 今一度、ちからをふり絞るのじゃ!」

 おう! と王の周りの兵士たちからときの声があがる。味方の参軍に、兵士たちもまたちからづけられたようだった。

「全員、竜にむけ弓矢を引き絞れ!」

 兵士長が声を張り上げ、命じる。弓兵たちはそろって空を飛ぶ竜に狙いをつけた。

 きりきりきり……百の強弓が引き絞られる音が響く。

 射てーっ!

 兵士長の叫び声で、弓兵は一斉に矢をはなった。

 ざあああ……!

 無数の弓矢が、空を飛ぶ竜に飛んでいく。

 がち、がちんと弓矢は竜の固い鱗に跳ね返され、傷ひとつつけることはできない。しかし数本の矢が竜の羽ばたく皮膜状の羽根をつらぬいた。ぐおおおっ、と竜は怒りの咆哮をあげた。

 ばさばさばさと羽根を羽ばたかせ、竜はまっしぐらに王の前の地面を目指す。

 どすん、と音を立て竜たちは地面に着陸した。

 その巨大さに、王たちは圧倒される思いだった。

 ざわ……と、部下たちが怖気づくのを見てとり、王は叫んだ。

「ひるむなっ! われらのもとへ着地したのはもっけのさいわい。さあ、打ち倒すのじゃ!」

 槍をふりあげ、王はまっさきに竜に向かって突進していく。それを見て、部下たちも王を見殺しにするわけにはいかず、引きずられるように駆けていく。ぼう然としていた魔物使いたちも、はっと我に帰り魔物の首輪を引いて戦いに参加した。

 凄惨な戦いがはじまった。

 

「そこにいるのはだれか!」

 誰何の声にパックは立ち止まった。

 城の回廊の向こうに、衛士が一人槍を手に立っている。衛士を目にしたヘロヘロはあわててパックの背後に隠れた。

 パックは一歩、前へ踏み出した。月明かりにパックの顔が照らし出され、衛士はほっと緊張をといた。

「なんだ、パックとか言う小僧ではないか? 一体、こんなところで何をしている?」

「ミリィが大変なの! 魔物が狙っているのよ!」

 なんだと、と衛士はファングの顔を見つめた。

「そこにいる娘はまだ見たことのない顔だな。なんと言った? ミリィさまがどうした?」

 衛士はミリィをドーデン王の婚約者として遇している。ファングは足を踏み鳴らした。

「だから魔物が狙っているんだって! はやく彼女のところへ行かないと!」

 魔物……衛士はファングの言葉をおうむがえした。不審が表情に表れている。

 何か言いかけた衛士はふいに空をふりあおいだ。

 ばさばさばさ……とかすかな羽音が聞こえてくる。衛士の視線を追って、空を見上げたパックは目を見開いた。

 あれは……?

 空を飛ぶあやしの影。人の形をしたなにかに、蝙蝠のような翼がついてゆったりと羽ばたき、城に近づいてくる。

 衛士は叫んだ。

「ミリィさまのお部屋へ向かっているぞ!」

 槍を小脇にかかえると、衛士はくるりと背を向け走り出した。パックたちもついていく。

 階段を登り、廊下を曲がり、衛士は人気のない城を走っていく。

 ミリィの部屋へ向かって。

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