呪文

 夜明けごろようやく魔物の襲撃はやんだ。

 ハランスの町は守られた。

 傭兵たちは疲れきり、全員激しく息をしてあえいでいる。

 パックは目を開いた。

 仰向けになったパックの視界に、夜明けの空がひろがっていた。

「パック、大丈夫かい?」

 となりで、ヘロヘロが心配そうな顔で覗きこんでいる。

 うん、とパックは仰向けになったまま返事した。なんだか身体がだるい。

 にゅ、といきなりファングの顔が視界に飛び込んでくる。

 顔をあげたパックに、ファングは黙ってコップを差し出した。

「飲め!」

 パックが受け取ると、ふんと顔をそむけ行ってしまった。

 コップに口をつけ、飲み込む。ぴりっとした刺激のある飲み物だった。中身は果物の果肉を搾ったジュースらしい。どうやら香辛料が入っているようだ。しかし旨い。パックは一気に飲み干してしまった。

 その途端、身体のだるさが吹き飛んでしまった。

「魔力を使いすぎたんじゃよ。その飲み物は、失われた魔力を補充する効き目があるのじゃ」

 気がつくとすぐ側に、あの魔法使いの老人が腰をおろしていた。

 昨日の杖を大事そうにつかみ、にこにこと笑みを浮かべパックを見ている。

「わしはロングという。お前さんはタルカスの道連れの……」

 パックはあわてて自己紹介した。

「パックです。ロングさん」

 ロングはうむ、とうなずいた。

「あんな無茶な使い方をすれば、気絶するのも無理はない。お前さん、いったいどこで魔法を習ったんだね?」

 パックは首をふった。

「誰にも習ってはいません。ただ夢中で……」

 老人の目が驚きに大きくなった。

「なんと、それでは呪文も知らずに魔力を投げつけていたというわけか。それでは消耗するわけじゃ!」

 いいかな、とロングはパックに向き直った。

 呪文は魔力をコントロールする役目をするのじゃよ、と老人は語った。

「コントロールできないちからは、結局身を滅ぼす。ちゃんと呪文を覚え、それを適当なタイミングで使えば、昨日のようなことにはならない」

 パックはうなずいた。そうかもしれない。あの夜、無我夢中で魔力を使い、何匹かの魔物は倒せたが、ロングの言うとおり呪文を使っていれば、もっと倒せたかもしれなかった。

「ぼくに呪文を教えてもらえますか?」

「うむ、わしも教えておこうと思っておった。ま、わしの知っておるのは基本的な呪文じゃがな……」

 魔法使いはパックに呪文の数々を教えてくれた。炎の球を飛ばすファイア・ボール、冷気を呼び起こすブリザード、怪我や病気を癒す治癒の呪文……。

 一通り教えた後、ロングはこうつけくわえた。

「わしの知っておるのは基本的な呪文じゃ。あとは自分であらたな魔法を会得するのじゃ。いくつかの呪文を組み合わせるか、魔力のながれをコントロールして、いろいろな効果を工夫すれば、お前だけの魔法を使いこなせるようになるじゃろう」

「ぼくだけの魔法? ひとによって魔法の技は違うのですか」

「そうじゃ。魔法の技はひとによって様々に変化する。お前さんはかなりの魔力を持っておるようじゃから、きっと伝説の光の魔法も会得することができるじゃろうな」

「光の魔法?」

「うむ。邪悪な存在に対抗する、究極の善をなす魔法じゃ。この魔法の前ではすべての魔物が光の中へ消え去ってしまうと言う……しかしだれも見たものはおらぬ。だから伝説なのじゃ」

 ふうん、とパックは思った。

 ひとつ思いつき、老人に質問した。

「ロングさん、ここには長いのですか」

「長い、というわけではないが、町の連中と顔見知りになるくらいはおるな」

「ファングというのは……」

 ああ、とロングはうなずいた。

「あやつはジャギーの妹じゃよ。そうか、昨夜あやつはお前さんに悪態をついておったな。ジャギーに恥をかかせたミリィの行方を尋ねておるから、お前さんに妙なことを言ったのじゃろう」

 そうか、それで判った、ファングの態度が。

 パックはロング老人に礼をいい、立ち上がった。

 

 昨夜の食堂兼、宿屋に行くとタルカスが傭兵たちに取り囲まれ談笑していた。パックが近づくと、ああ来たなという顔つきになった。

「どうした? 昨夜、ひっくり返って心配したぞ」

 そう言ってパックの顔をのぞきこむ。

「元気になったようだな? それじゃ出かけるか」

 パックがうなずくと、まわりの傭兵たちが残念がった。

 みな別れを惜しむ。

 ひとりひとりと握手を交わし、タルカスはパックと共に町の出口へと向かった。

 パックは立ち止まった。

 門の前にファングがじっとパックを見つめ、立っている。

「やあ……」

 一言そう口を開き、黙り込む。

 妙な顔でタルカスはファングとパックを見比べた。

 思い切ってパックは話しかけた。

「なにか用?」

 ファングはうつむき、足先で地面の石をけった。

 ちらちらとパックを見るが、黙り込んだままだ。

「なんだい?」

 ファングはそっぽを向き、肩をすくめた。

 パックはだんだんいらだってきた。

「じゃあ、ぼくは行くよ」

 通りすぎようとすると、ファングは顔を上げた。

「待ってよ! 話しがあるんだ」

 え? と、パックはファングの顔を見つめた。

 ファングは顔を赤くした。

「お前、ミリィって女の子を探しに行くんだろう?」

 パックがうなずくと、ファングは前に出て叫んだ。

「ね、あたしも連れてって!」

 ええっ、とパックは驚いた。

 ファングは心配そうな顔になった。

「駄目かい?」

 そんなわけじゃないけど、とパックはタルカスに助けをもとめた。タルカスは肩をすくめて見せた。これはパックの問題だ、というようだ。

 そうか、それなら……。

「なぜ一緒に行きたいんだ?」

「あたし、兄貴を探しに行きたいんだ」

「お兄さん? ジャギーっていう……」

 そうさ、とファングはうなずいた。

「あんたも聞いていただろうけど、あたしの兄貴はそりゃろくな奴じゃない。でも、あたしには大事な兄貴だ。ハランスの町を出て行って、もしかしたらミリィって女の子を追っていったんじゃないかと思うんだ。だからミリィって女の子を探すあんたらと一緒に旅をすればもしかしたら……」

 ファングはまたうつむき、上目がちにパックを見た。

 その目にかすかに怯えが見える。

 パックはうなずいた。

「いいよ。一緒に行こう!」

 ファングの顔に、はじめて笑顔が浮かんだ。パックの、はじめて見る彼女の笑顔だった。

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