第四章

街道

 三人はドーデンの町を目指している。

 ミリィはハランスの町の人間の話しによると、ドーデンの町の方向へ去ったと言うことだ。

 ドーデン。ドーデン王の治める町。タルカスの話しによると、町には城がそびえたち、さまざまな地方から隊商や、行商人が集まり、ハランスの町とは比べ物にならないほどの繁華を見せているそうだ。

「どうしてそんなに人が集まるか、というとだな」

 タルカスは道々、パックとファングに話して聞かせた。

「ドーデンの町は港町でもある。湾の入江に面し、何隻もの船が毎日のように出入りしている。北の大陸に行くにはどうしてもドーデンの町から出発しなければならない。また北の大陸からも沢山の旅人がくるから、そのための宿屋や施設がそろっているのさ。商人だけではないぞ。偉い学者や、傭兵も集まるから、あらゆる人々があそこにはそろっている。とにかくあそこでは毎日びっくりするようなことがおきる」

 そう言うタルカスの口調は楽しげだった。

「タルカスさんはドーデンの町が好きなんですか?」

「ああ、好きだな。あそこに行くと、つい長居をしてしまう。なにしろ退屈しない」

 旅は魔物に襲われることもなく、はかどった。

 ハランスの町を襲った魔物があの戦いで大勢倒され、この辺にはいないのだろうというタルカスの言葉だった。パックは首をひねった。

「なぜ魔物は人間を襲うんだろう?」

 ファングはなぜそんなこと聞く、と肩をすくめ答えた。

「そりゃ魔物だからさ! 魔物は人間を襲うものさ」

 タルカスも同じ意見のようだった。そうかなあ、とパックは言葉を飲み込んだ。

 ドーデンの町には学者が大勢いるということだ。その学者に聞いてみようと、パックは思った。

 

 小さな小川の流れが、大河にそそぐように街道もまたほそい踏み分け道から、石を敷き詰めたひろい道に続いていた。ドーデン王が町を訪れる旅人のため、また軍隊を疾駆させるための道路網を整備したのだ。

 石組みの道には馬車の轍のための溝が刻まれている。この溝に車輪が乗ることにより、馬車やチャリオットが通れるようになっている。車輪の幅は、この溝に合わせているため、合わない車輪幅の馬車は通れない。片方の車輪が浮いてしまうため、これは他国の軍隊の侵入をふせぐための防御策なのだ。

 街道を歩く三人の横を、がらがらと車輪を響かせながら何台もの馬車が通りすぎた。人を乗せている乗り合い馬車もあったが、貨物を満載した荷車も多い。

 キャラバンだった。キャラバンの側には、鋭い目つきであたりを警戒している傭兵たちが馬に乗ってしたがっている。また馬車にも多くの傭兵たちが乗っていた。

「魔物もそうだが、キャラバンを襲う山賊がいるからな」

 と、タルカスは説明した。

 街道を行くと、大樹がそびえたち、巨大な葉陰に何組ものキャラバンが休息をとっていた。

「ちょうどいい。どこかのキャラバンに便乗させてもらおう」

 タルカスはそうつぶやくと、休息をとっているキャラバンの隊長らしき人物に話しかけた。でっぷりと太ったその男は、焚き火にあたりながら干し肉をナイフで切り取り、口に運んでいる。口の周りが肉のあぶらで濡れていた。

 便乗したいのだが、というタルカスの言葉に隊長は短く値段を言った。タルカスはうなずき、料金を支払った。隊長は馬車のひとつを指さした。それに乗れ、というつもりらしい。

「旅は順調かね?」

「まあな」

 隊長はうなずき、またナイフで干し肉を切り取った。もくもくと食べ続ける。

「何度か山賊や、魔物の襲撃があったがなんとかかわしたよ。あんたは戦いの経験がかなりありそうだな。もしこれからそういった襲撃があったら、その働きに応じて料金の払い戻しに応じるよ」

 まかせろ、とタルカスは胸をたたいた。

 三人は馬車に乗り込んだ。馬車の床は薄縁がしいていて、先客が数人いた。ドーデンの町に親戚を訪ねに行くと言う老夫婦と、商店の売り子として雇われたはたち前後の姉妹。それに町の大学に学びに来たという若い男子学生の五人だった。

 やがて出発のときが近づき、キャラバンの動きが慌しくなった。

 御者が鞭を鳴らし、傭兵たちが武器を点検している。

 隊長が大声で出発を告げている。

 ごとり、と馬車がひとゆれしてキャラバンは動き出した。ぞろぞろと列を作り、街道を進みだす。前方と後方に傭兵を乗せた馬車が警戒をし、客車と荷車がその間に挟まれる。

「きみたちもドーデンに行くのかい?」

 学生が話しかけてきた。そばかすが目立つ、やせた男であった。

 三人がうなずくと、学生はそうかと笑った。

「ぼくはドーデンの大学へ進学するつもりさ。高名なギズモ教授のもとで学ぶことを許されたからね」

 そう言う学生は得意そうであった。

「ギズモ教授とはどんなことを研究しているの?」

 礼儀上、ファングが尋ねる。よくぞ尋ねてくれたと、学生は話しを続けた。

「教授は起源問題についての権威なんだ。起源問題とは、魔物の起源について考察する学問なんだ。どうして世界に魔物が存在するのか、なぜ魔物がつぎからつぎへと出現するのか? きみらは考えたことはないのかい?」

 ファングとタルカスはパックを見た。パックはうなずいた。

「教授はどうしてだと考えているんですか?」

「魔物の不思議なことは、子孫をつくらないことだ。普通の動物……熊や鹿、馬とか山羊などの家畜もそうだが、みな子孫をつくるよね。ところが魔物というのはそれだけで存在する。きみらは魔物が子供を育てているところを見たことがあるかい?」

 パックはバッグを持ち上げた。

「ヘロヘロ、出てこいよ」

 バッグの蓋を持ち上げ、ヘロヘロが顔を出した。きゃっ、と姉妹が悲鳴を上げ、老夫婦は身を寄せ合い、馬車のかたすみに避けた。学生は目を丸くしている。

「これは……スライムだね。でもずいぶん、小さい」

 学生は手をのばし、ヘロヘロに触れた。ぷるん、とヘロヘロの身体がゆれる。

「ははあ、慣れている。きみがこれを飼っているのか?」

「ぼくヘロヘロっていうんだ! これ、なんて名前じゃないぞ」

 気を悪くしたヘロヘロが叫んだ。学生はぽかんと口を開けた。

「喋れる! 信じられない。魔物は知性もなく、動物とおなじと思っていた……」

「このヘロヘロには親のスライムがいたんだ」

 パックの言葉に学生は頭をふった。

「なんてことだ……初めて知る。魔物に親がいるなんて……ドーデンの町には魔物を飼っている魔物使いは珍しくないが、スライムを連れている魔物使いは見たことない」

 ヘロヘロはパックに話しかけた。

「ね、ぼく魔物なのかい?」

 う、とパックは言葉をつまらせた。考えてみればヘロヘロが魔物なんて、思ったこともない。ヘロヘロはヘロヘロ。友達だ。

 しかしやっぱり魔物なのかもしれない。

 パックはヘロヘロと目を合わせた。

 

 学生の名前はテレスといった。

 テレスは姉妹を気にしているようで、旅の間しきりにふたりに話しかけていた。とくに妹のほうに執心で、なにかと口実をつくっては話しかける。しかしふたりはテレスのそんな態度にあからさまに拒否するわけでもなく、話をあわせている。テレスの努力は空振りをくりかえしているようだ。姉妹の興味はヘロヘロとファングにむかっていた。姉妹はパックのヘロヘロに近寄り、おそるおそる指を近づけた。こちょこちょとくすぐると、ヘロヘロはきゃっきゃと甲高い声で笑う。

「可愛い……! あたしもこんなスライム飼いたくなっちゃった」

 テレスは憮然としていた。

 夜になって、キャラバンは野営のため動きを止めた。防御のため、馬車や荷車が円を描くように並んで、その中心にテントが設営された。パックとタルカス、そしてテレスはひとつのテントに泊まり、そのとなりにファングと姉妹がとまるテントが張られることになった。

 焚き火が盛大にたかれ、傭兵が夜警についた。キャラバンの隊長はタルカスに夜警につくよう依頼した。タルカスは快諾し、傭兵たちの仲間にはいる。

 テレスとパックはテントの床に寝そべり、目を閉じた。ふたりは見張りの任につくことをまぬがれ、休息することになった。となりのテントから、姉妹とファングの話し声が聞こえてくる。テントの布地越しなので、なにを喋っているかは判らない。

 ごそごそと身動きし、テレスはパックに話しかけた。

「パック、きみはドーデンの町へついたらミリィという女の子を探すのか?」

 うん、とパックが返事するとテレスはため息をついた。

「ドーデンの町はおおきいぞ。人も沢山いる。毎日、大勢の人が町をおとずれ、そして旅立っていく。たったひとりの女の子なんて探せるのかい?」

「わからない……でも、どうしても会いたいんだ!」

 ふうん、とテレスは生返事をした。

 ふと起き上がり、パックに向き直る。

「なあ、ドーデンの町についたら大学に一緒に行かないか? ギズモ教授に会わせてやる! きっと、教授もきみの話しに興味を持つはずだ」

「ああ、いいよ」

「絶対だぞ! 約束だ」

 そう言うとテレスはふたたび寝具にもぐりこんだ。すぐ寝息が聞こえてくる。それを聞きながら、パックはギズモ教授とはどんな人物なのだろうと思った。

 とにかくドーデンの町につけば……。

 ミリィも……。

 パックは眠った。

 

 翌朝、あわただしく出発の準備が整えられ、キャラバンの全員に簡単な朝食が配られた。固く焼いたパンと、乾し肉、それにすっぱい飲み物などで、それは馬車の中や、馬上で手づかみで食べられるようになっている。結局、昨夜は魔物や盗賊の襲撃もなく、無事にすんだ。隊長はほっとしたようだったが、タルカスは腕を披露できないので、すこし残念そうだった。

 姉妹のテントから出てきたファングを見てパックはちょっと驚いた。

 彼女は姉妹たちからあらたな服を贈られ、着替えていた。簡素なシャツの変わりに身にぴったりとした青い上着に茶色のズボン、それに黒いブーツを履いている。髪型もかわり、見慣れた男の子のようなものから、女らしい、髪の先を跳ね上げたものになっていた。

「ファングったら、せっかく可愛いのに男の子みたいなんだもの。あたしたちの使っていない服から見つくろってあげたのよ。どう、似合う?」

 パックはただうなずくのみだった。

「うん、とても似合うよ」

 言われてファングは真っ赤になった。それでも嬉しそうである。タルカスはにやにや笑っていた。

 ドーデンの町が近づくと、反対方向からやってくるキャラバンも多く見かけられる。ドーデンの町で商品を仕入れ、あるいは卸した帰りの隊商である。また旅人の姿も多くなった。パックの鼻は潮の香りをとらえていた。テレスにそれを言うと、ドーデンの町は海に近いせいだと答えた。

 だらだらした上り坂をのぼりきったところで、ドーデンの町が見えてきた。

 馬車から顔を突き出したパックは、その規模のおおきさに驚いた。

 こんなにおおきな町だとは思いもしなかった。ハランスの町もおおきいと思ったが、ここはそのハランスの町がすっぽりいくつも納まってしまうほどである。家の壁は色とりどりに塗られ、ひとつとして同じ色の壁はない。さらに壁にはさまざまな紋章が描かれ、それらが目も眩むような印象をあたえていた。町のむこうに、青い水平線が見える。海のすぐそばにあるのだ。町自体は海から突き出した岩礁のような台地に集まり、山の頂きには尖塔を突き出した壮麗な城がそびえている。ドーデン王の宮殿である。

「凄いねえ……これが人間の町なのかい?」

 パックの肩にとまったヘロヘロが呆れたような声をあげた。

「うん、人も沢山いるんだろうな」

「ぼく、やっぱり隠れていよう……」

 バッグに潜り込もうとするヘロヘロをテレスはとめた。

「大丈夫だよ。ドーデンの町ではいろんな人がいる。スライムを連れている人はさすがにいないけど、いろんな動物をつれている魔物使いがいるから、きみがパックと一緒にいても怪しまれないから」

「そうか、じゃ、やめたっと!」

 ヘロヘロはふたたびパックの肩にとまった。

 かぽかぽと蹄の音が近づいてくる。いつの間にかタルカスが馬を手にいれ御している。パックと顔が合うと、にやっと笑った。

「どうだ、おおきいだろう?」

 まるで自分の町のように自慢している。

「町についたら、王に面会しないといかんな」

 パックはびっくりした。

「王さまに会うことができるの?」

「ああ、王さまはできるかぎり下々の話を聞く習慣だ。今日はもう昼過ぎだから無理だが、明日のはやいうちなら謁見の間で面会できるだろう。そこでミリィのことを聞くのも手だ」

「王さまは知っているかな?」

「まさか。だが王さまの部下は、町にやってきた人間のいろんな情報を収集しているから、そのだれかが知っている可能性はある」

 なるほどなあ、とパックは思った。やはりタルカスと道連れになってよかった。

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