戦い

 夜が近づくにつれ、ハランスの町は緊張をはらんできた。

 傭兵たちはいそがしく歩き回り、隊長は物見櫓の上から部下を叱咤した。

 タルカスもまた傭兵たちに請われ、隊長のひとりとして就任し、柵の様子やら、武器の点検などでいそがしい。

 パックはそんな中、所在無げに大人しく椅子に腰かけ、情勢を見守っていた。

 そのパックに、町の傭兵たちが気軽に声をかけてくる。

「よう、お前のスライムは元気か?」

 そう声をかけ、パックの肩からさがるバッグをのぞきこむ。ちらりとヘロヘロの顔がのぞくと、やあと挨拶をして立ち去る。みな、スライムを友達にしているということで物珍しいようだ。中には、ちょっとした食料を渡すものもいた。ヘロヘロにやってくれ、ということらしい。

 パックはバッグの中のヘロヘロに話しかけた。

「お前、ずいぶん人気者らしいな」

 ヘロヘロは顔をバッグから少し出し、えへ! と笑った。

 その時、パックに話しかけてきた者がいた。

「よお、そんな剣ぶらさげて、使えるのかよ!」

 顔をあげると、パックと同じくらいか少しばかり年下と思える女の子がにやにや笑いを浮かべ、腰に両手をあてて立っている。身につけているものは簡単なシャツと、膝くらいまでしかないズボン。そしてなんとも形容のつかない帽子だった。肌は真っ黒に日に焼け、黒い髪の毛は肩のあたりに切りそろえている。彼女は背中に弓矢を背負っていた。

「まあね」

 パックは短く答えた。

 へええ、と女の子は馬鹿にしたような声をあげた。

「お前、魔物を倒したことあんのかよ?」

「少しばかり」

「嘘つき!」

 パックが答えると、女の子は顔を真っ赤にさせ怒鳴った。

「嘘つけ! お前みたいなやせっぽちが、魔物を倒せるはずねえじゃねえか!」

 パックは目をぱちぱちと瞬かせた。

 いったい、この女の子はなにに怒っているのだろう? それに言葉遣いがすごく乱暴だ。まるで男の子みたいである。

「お前なんかなあ、魔物がこの町を襲ってきたらすぐにどっかに隠れるのがおちだ! いいか見てろよ、このファングさまが、この弓で……」

 魔物だあ……という叫びが物見からあがった。

 さっ、と町中が戦闘態勢にはいる。

 ファング、と名乗った女の子の唇が青ざめた。顔を上げ、物見櫓を見る。弾かれたように駆け出し、櫓をするすると登りはじめた。昇りきると下を見て、背中の弓をかまえ矢をつがえた。

 ぐっと引き絞り、きりきりと矢弦を鳴らす。

 ひょっ、と音を立て矢が放たれた。

 物見の男がやった! と叫び、ファングの肩をどやしつけた。

 ファングは得意そうな顔になり、上を見上げているパックと目が合った。

 へっ、と彼女は鼻をこすった。

 すると物見の男が次だ! と叫んだ。ファングはあわてて弓矢をつがえた。

 木柵の上、櫓の上、さらには屋根に上り沢山の傭兵たちが弓を引き絞り、矢を放っている。

 パックは走り出し、柵に顔を押し付けた。

 柵ごしに、襲いかかる魔物たちが見える。

 どん、と魔物の一匹が柵に体当たりをする。全身鎧におおわれた、巨大な猪のような生き物だ。柵がぎしっ、と軋んだ。

 パックは思わず剣を抜き、柵の隙間から突き刺した。

 がりっ、と切っ先が鎧のような皮膚にはねかえされる。

 もう一度!

 鎧の隙間にこんどはこじ入れるように突き刺す。

 ぐええっ!

 急所に突き刺さったのか、魔物は盛大に血を噴き出させ盲めっぽうに走り出した。そのあたりにいたほかの魔物たちが、鎧猪に跳ね飛ばされ怒りのあまり吠え声をあげる。

 その間にも柵にほかの魔物たちが体当たりを繰り返していた。

 ばりばりっ、と音を立て柵が突き破られた。

 わあ! とそこにいた傭兵たちが跳ね飛ばされ、四方に散った。破られた柵に魔物たちが集中する。突入を防ごうと、傭兵たちが武器を手に集まってきた。

 その中にタルカスもいた。

 タルカスは槍を持っていた。両手で槍を構え、渾身の力をこめて突き刺す。

 パックは駆けつけ、剣をかまえた。

「おう! パックか! お前は右を頼む!」

 判ったと叫び、パックは指示された方向へ急いだ。

 ひょろりとした手足の長い骸骨のような人間タイプの魔物が襲いかかってくる。

 ぶん、と剣を横殴りにはらう。

 ざくり、と骸骨のすねに刃先が食い込んだ。

 苦痛に骸骨はすねをかかえ、仰向けに倒れこんだ。

 ほっとする間もなく、次の魔物が倒れた骸骨を乗り越え襲いかかる。

 とても防ぎきれるものではなかった!

 その時、視界のすみからぼっ、とオレンジ色の炎のかたまりが宙を飛んだ。

 炎のかたまりは魔物が集中しているところに落下し、ばーん、と音をたてて弾けとんだ。

 ぎゃあっ、と魔物たちがひるんだ。

 ふりかえると、ひとりの老人が真剣な目で片手をあげ、構えている。口の中でぶつぶつなにかつぶやいていた。頭巾つきのローブを羽織った老人は、手に杖を握っているだけでほかに武器らしきものは持っていなかった。

 む! と気力を集中させると、手の平から炎があがり、それが宙を飛んでいく。

 そうだ、魔法だ!

 パックは手を挙げ、気力をあつめた。

 全身のちからが手の平に集まっていくのを感じる。

 集中したところで、そのちからをこめ、投げつける。

 ばりばりばりっ!

 パックの手から紫電が飛んだ。

 青白い電光があたりを薙ぎ払う。

 魔物たちがそれに触れると、落雷を受けたように黒焦げになり、しゅうしゅうと肉の焼ける匂いをさせて倒れこんだ。

 あの魔法使いの老人が驚きのあまり目を瞠っていた。

 パックはつぎつぎと電光を投げつけた。

 老人が声をかけた。

「おい、若いの! そんなに魔法を使ったら……」

 だがパックは聞いていなかった。つぎつぎと襲いかかる魔物の群れに、全身のちからをこめ魔力を投げつけた。

 ふいにパックの全身に脱力感が襲いかかった。

 ぐらり、と視界がゆれる。

 がく!

 両膝を地面についてしまった。

 そのままうつ伏せになって倒れこむ。

「パック!」

 それを見たタルカスが叫んだ。

 さっと駈け寄ると、片手でパックの胴をひっさらい、柵から離れた場所に運んだ。

「いいか、そこで休んでいろ!」

 命令すると、さっと柵のほうへ走りこんだ。

 わああっ! と、タルカスの喚き声を聞きながら、パックは気が遠くなっていった。

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