館
街道は森のなかを続いていた。
踏み分け道の両側にどっしりとした大木が根をはり、おおきな枝をひろげ樹影を地面に落としている。空気はひんやりとして、じっとりとした湿気が感じられた。
空を見上げたタルカスはつぶやいた。
「雲が出てきたな。雨になるかもしれん」
その言葉どおり、空には重く雲が垂れ込め、風が葉をざわざわと騒がせている。
ぽつり、とパックの鼻を一粒、雨粒がたたいた。
「降ってきやがった!」
タルカスはひゃあ、と悲鳴をあげた。
だしぬけ、といった感じで大粒の雨が地面を叩きつけるように降り注いだ。
ぴかっ、と雲間がひかり、ぴしゃん! と、雷鳴が轟いた。
大木の陰に隠れようとするパックを、タルカスはとめた。
「やめろ! 木の陰にかくれると、かえって危険だ! 落雷にやられるぞ」
ふたりはばしゃばしゃと水を跳ね上げ、雨宿りできるところを探して走った。
するするとヘロヘロがパックの肩にとまり、叫んだ。
「パック、パック! あっち見て!」
ヘロヘロが指し示した方向を見たパックは、森の木立の向こうに館が建っているのを認めた。
「タルカスさん!」
かれに指さすと、タルカスもうなずいた。
ふたり、ヘロヘロが見つけた館に走る。
館は小高い丘の上にあり、門はひらいていた。
バルコニーがはりだしている玄関前に走りこみ、雨を避ける。
タルカスはドアのノッカーを見た。
それをつかみ、どんどんとドアを叩いた。
「タルカスさん……?」
「いいじゃないか、困ったときはお互い様ってな!」
きいい……、とドアが勝手に開いた。
おたがい、顔を見合わせた。
「開いているぜ」
ぐい、と頭をふり、タルカスは中に顔をつっこんだ。
「誰もいねえ……空き家みたいだな」
タルカスの言葉に、パックも中にはいった。
かび臭い匂いがパックの鼻をうった。
ぽたぽたと床の絨毯にふたりの雨にぬれた服から水がしたたり、染みをつくった。
タルカスは上着をぬぐと、水を絞った。じゃああ、と水がほとばしる。
「いやあ、濡れちまった! 雨がやむまで、ここにいようぜ」
パックはぼんやりと館の内部を見上げていた。
かなり古い建物のようだ。天井が高く、あちこちに蜘蛛の巣がはっている。ゆっくりと館の内部を見ていたパックは、壁に架けられた油絵に引きつけられた。
「パック……」
ヘロヘロがつぶやいた。
パックはうなずいた。
絵に近づき、見上げる。
それに気づいたタルカスは、パックが見上げている絵に視線をうつした。
その目がおおきく見開かれた。
「どういうことだ、こりゃあ……?」
絵にはある人物が描かれていた。
それは少年の立ち姿であった。きちんとスーツを着込み、まっすぐこちらを見ている。
その顔は、パックそっくりであった。
「そっくりだぜ。お前と……」
タルカスはぼう然とつぶやいた。
「ぼくに?」
パックはタルカスを見上げた。
タルカスはあきれた。
「おい、お前、鏡を見たことがない……なんて……」
そこでぽん、と頭をたたく。
「そうか、見たことがないのか! そうか、そうか。とにかくこの絵は、お前そっくりだ。それだけは確かだ。ええと、この館に鏡はないのか?」
あちこちを見回した。
「おい、あっちだ! あそこに鏡がある!」
ぐい、とパックの肩をつかむと、一方の壁に連れて行く。
そこに鏡があった。
「すこし曇っているな……」
タルカスはつぶやくと、ごしごしとその表面をこすった。パックはその鏡を覗き込んだ。
少年の顔がこちらを見返している。
これがぼくか……。
パックは思った。たしかにパックの顔は、壁にかけられている油絵の少年そっくりである。
くすり、とタルカスは笑った。
「おかしなもんだな。鏡を見たことがなくて、自分の顔を絵ではじめて知るなんて」
その時、声が降りかかってきた。
「どなたです?」
ふたりはぎくりと立ちすくんだ。
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