ダルリ村
夜明けとともに、ダルリ村が見えてきた。
馬車の窓から、パックは近づいてくる村をむさぼるように見つめていた。
人間の村。
夜明けの光の中、村の家々からかすみのように炊事の煙りがたなびき、早起きの村人たちがさまざまな活動を始めている。
なんてたくさんの人だろう……。
人々は近づいてくる馬車に気づき、親しげに手を振った。
村長だというオードは、村人たちの尊敬を集めているようである。人々はオードと目が合うと、いちようにお辞儀をし、お早うございますと挨拶をしてくる。オードは窓越しに、いちいちそれに答礼している。
やがて馬車はオードの屋敷に近づいた。
納屋があり、一見して農家の暮らしである。
屋敷に通され、パックはオードの妻から朝食のもてなしを受けた。
「ミリィさんね……ああ、憶えているわ。赤い髪がとてもきれいな娘さんでしたよ」
パックの相手をしながらも、手は忙しくテーブルの上を動き、パックの前にスープやパンを並べその間にも目は台所の火加減を見張っている。
「そう言えばボルトの家の息子が……」
オードの言葉に妻はうなずいた。
「そうそう、ボルトの家のひとり息子が病気でながいこと寝たきりだったんだけど、あのミリィさんが治してあげたのよ」
「治して……?」
「治療した、という意味じゃよ。あの娘さん、ボルトの家の息子が長患いと聞いて、すぐに出かけて行ってその場でなにやら魔法のようなことをしたそうじゃ。そしたら、息子のやつその場で立ち上がって、母親にお腹がすいたと訴えたというぞ。いやはや、たいした魔法使いじゃわい!」
パックはその治療を受けたという男の子に無性に会いたくなった。
朝食が終わると、すぐボルトの家というのをふたりに聞き出し、パックは外へ出た。
目的の家は、村はずれにあり、家の前に家畜の柵がかこまれ、中では豚や鶏、山羊などが飼われている。十才くらいの男の子がひとり、飼料の籠を手に持って、家畜に餌をやっていた。
ひょろりと痩せた、金髪の男の子だった。たぶん、あれがそうだ。
「こんにちわ」
挨拶をすると、男の子は顔を上げた。
ちょっと眉をよせ、パックを見上げる。知らない人に警戒しているのか?
「ぼく、パックっていうんだ。きみ、ミリィと会ったそうだね。その話し、聞かせてもらえないだろうか?」
男の子の顔が、ぱっと明るくなった。
「ミリィさんだね! あの人、ぼくがベッドに寝ていると側へきて、手をこう……」
男の子は片手をあげ、手の平を前にした。
「こうして、なにか呪文をつぶやいたんだ。すると、ぼくすっかり身体が軽くなって、起き上がれるようになったのさ。ほんと、ミリィさんすごいや! お兄さん、ミリィさんの知り合いなの?」
「うーん、知り合いというかなんというか、会いたいとは思っているんだけど……」
パックは口ごもった。
会いたい……。
そう、その気持ちはますます強くなった。話を聞くと、ミリィというのは治癒魔法を習得しているようだ。いったいいつ、そんな魔法を覚えたのだろう。
と、そこへ家の中からひとりの農婦があらわれた。小柄で、頬があかい。これが男の子の母親の、ボルト婦人だろう。
ボルト婦人は、ちょっと気弱な笑みをうかべ近づいてきた。
パックは挨拶をして、じぶんが村長のオードの知り合いだと説明した。ミリィのことについて、教えてもらっていると言うと、婦人はくしゃくしゃと笑った。
「本当にミリィさんはあたしらにとって、女神様ですよ! この子が……」
と、男の子の髪の毛をなでる。
「起き上がれないほどの病気になってどの治療師も治せなかったのを、あの人がちょっと魔法をかけただけで元気になったんですからねえ」
その時、ボルトの家の前をひとりの老女が歩いていた。
老女はケープを肩にはおり、じろりとパックを見つめ歩みを止めた。
すると、まっすぐ身体をパックに向け、口を開いた。
「あんたがオードの世話になっているという小僧かい!」
老女の口調は乱暴で、敵意むきだしだった。
ぽかんと口を開けたパックに、老女は言葉をついだ。
「あたしゃ、この村で治療師をしているフライという者さ。あのミリィって小娘、どこで治癒魔法を習得したか知らないが、この村で治療師はあたしひとりなんだ。それを横から来て、勝手にあたしに断りもなく治療しやがった! あんたもそうかい?」
パックはわけがわからず黙っていると、ふんと鼻を鳴らして老女は立ち去った。あっけにとられているパックに、ボルト婦人は説明した。
「あのフライ婆さんは、ずっとこの村で村人の治療をしていたんです。ちょっとした怪我や、打ち身くらいだったらあの婆さんでも治せたんですけど、この子は駄目でした。それがミリィさんがあっという間に治して、面白くないんでしょう」
パックはフライ婆さんに話を聞くことにした。
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