フライ婆さん

 ボルト婦人からフライ婆さんの家を聞き出す。婆さんの家は、村はずれからさらに山のほうへ寄った、丘の斜面にあった。

 家の前には井戸がほられ、まわりを森に囲まれている。ちいさな掘っ立て小屋で、小屋の煙突からはもくもくと煙がたちのぼり、ぷんとあたりに奇妙な匂いがたちこめている。

 ドアをノックすると、お入りという大声が聞こえる。

 がたぴしと軋むドアを開けると、老女が囲炉裏で鍋をぐつぐつなにか煮込んでいた。

 おおきな木のスプーンで鍋をかき回していた老女は顔をあげ、パックの顔を認め驚きの表情になった。

「な、なんだいあんた……」

 身構えた。パックは手をあげ、挨拶をした。

「こんにちわ。ぼくパックという者です。ちょっとお話しを聞きたくて……」

「話すことなんか、ないよ!」

「ぼくミリィという女の子に会いたいと思って旅をしているんです。彼女は治癒魔法を習得しているって言いましたね。いったい、魔法とはなんですか?」

 フライ婆さんの口がぽかんと開けられた。

「魔法は魔法さ! あんた、そんなことも知らないのかね?」

「ええ、人が魔法を使えるなんて、初めて知りました。魔法という言葉は知っているけど、それがどんなものか、知りたいんです」

 ふうん、と婆さんの敵意が消えた。かきまぜている鍋のなかからスプーンを引き上げ、ちょっとスープを舐めた。ふむ、とうなずき手を前掛けで拭いて椅子に腰掛けた。

「そこにおかけ。それじゃ話をしてやろう」

 パックが婆さんの前の椅子に腰をおろすと、老女は楽な姿勢になって話しはじめた。

「魔法というのはこの空中に」

 そう言って手をゆっくりとあげ、あたりをなんとなく指し示した。

「無限にある魔法のちからを引き出すちからのことなのさ。この魔法は、生まれつき使える人と使えない人がいて、使える人間はその魔法のちからを引き出し、いろんな奇跡をおこなえる。あたしは子供のころから魔法のちからを見ることが出来た」

「見る?」

「そうさ、心眼をこらすと、魔法のちからがこの空中に漂っているのが見えるのさ。その流れをうまくつかまえれば、いろんなことができる。あたしはそのうち、人の身体を治す方法を会得して、いろんな人を治してやった。もっとも魔法だけじゃないけどね」

 老女は鍋をちらりと見た。鍋ではぐつぐつなにか煮えている。

「ありゃ、薬草を煮込んでいるところさ。あたしの魔法はそうたいしたものじゃないけど、あれと組み合わせるとたいていの病気や怪我は治せるんだ。ボルトの家の息子は駄目だったが」

 そう言うフライ婆さんの口調は悔しそうだった。

「あたしはさらにどの人が魔法を使えて、どの人が魔法を使えないか見分けることも出来る。この村で魔法を使えるのはあたしひとりだけど、あの娘は違ってたね。最初から、強い魔法のちからを発散していたよ。あんたは……」

 フライ婆さんは目をほそめ、パックを見つめた。

 彼女はぎょっとなった。

「あ、あんた! あんたは!」

 わくわくと口をわななかせ、顔中に汗がふきだした。恐怖に目が丸くなる。

「なんですか?」

 パックは立ち上がり、近寄った。

 老女は慌てて手をふり、椅子から転げ落ちた。

「よ、よらないでおくれ! あたしゃ、ただの婆あさ! お、おたすけ!」

 這うようにしてパックから遠ざかる。

 パックはこれ以上話を聞くことを諦めた。

 いったいなにをフライ婆さんは怯えているのだろう?

 

 フライ婆さんの家から外へ出ると、パックはだれも見ていないことを確認してバッグを持ち上げた。

「ヘロヘロ、出て来いよ」

 ぴょこり、とバッグの口からヘロヘロの黄色い顔が飛び出した。

 きょろきょろとあたりを見わたすと、するするっとパックの腕に乗って肩にとまる。

「なあ、あの婆さん。どうしてあんなに怯えていたんだろう? お前、なにか知ってるか?」

 ヘロヘロはかぶりをふった。

「わかんないよ。ぼくにはパックは普通の人間の男の子に見えるだけさ」

「お前はミリィも見ているんだろう? そのミリィってどんな女の子だい?」

「可愛い娘さ! 髪の毛が赤くて、色が白くて……あ、目はきれいなブルーだったな」

 ふうん、とパックはまだ見ぬミリィを想像した。

 と、だしぬけにヘロヘロは身を硬直させた。

 ぶるぶると細かく震えている。

「どうした? ヘロヘロ」

「洞窟の……スライムが!」

「あの、ぼくを守っていたスライムか、それがどうした?」

「死んじゃったよお!」

 ヘロヘロは哀しげな声をあげた。

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