スライム
「行っちゃったね」
甲高い声が洞窟に響いた。
ちょろり、といった感じでスライムの身体から黄色い固まりがぼとりと床に落ちてぶるぶると震えている。
あざやかなレモン・イエローの身体。
もう一匹のスライムだった。
ただし、こっちのほうは小さい。手に乗るほどの大きさである。
声も甲高く、子供の声のよう。
「こら! ヘロヘロ! お前はまだひとりで動いちゃいかん!」
おおきいほうのスライムが叱った。
叱られた小さいスライムは、ぎゅっと身体を縮めるとすぐに床にべたりとひろがった。どうやらヘロヘロというのが名前らしい。
「だってえ……」
不満そうな声をあげる。
「お前はまだひとりで行動するほど育ってはおらん。わたしの身体の中に入っていればいいんだ!」
「はあい……」
しぶしぶ、といった様子でヘロヘロはおおきいほうのスライムの中へとぼん、と潜り込んだ。子供なのか、それとも単細胞生物の生殖のように分裂したかたわれなのか。
ちいさなヘロヘロを身体の中におさめたスライムは、するすると床を滑るように這い、洞窟の別の場所へ移動した。
複雑な迷路になっている洞窟を、スライムは迷うことなく移動して、やがてもうひとつの部屋へと入っていく。
そこにもミリィが眠っていたようなプールがあり、もうひとりが眠っている。
少年だった。
眠っているのは、ミリィと同じくらいの年頃の少年である。
ぐい、とスライムは触手をのばし、そのさきに目玉をくっつけて溶液のなかに浮かんでいる少年を見おろした。
少年は溶液に頭までつかり、深い眠りについている。
夢でも見ているのか、瞼がときどきぐりぐりと動いた。
黒い髪の毛、まっすぐな眉。皮膚の色は、やや小麦色にちかい。
「眠っている……ミリィさまが目覚めたのに、このおかたはまだ眠っておられる。なぜ?」
スライムはごぼごぼとつぶやいた。
「ねえ、どうしてミリィさまにこのひとのこと、教えなかったの?」
ヘロヘロが黄色い身体をぴょこりとスライムの表面から出して声をあげた。
「それは禁じられている。おたがいの存在は、けっして教えてはいけない。目覚めた後、自然に出会うことが望まれているのだ」
「だれにそんなこと、言われたの?」
「だれって……」
スライムは言葉に詰まった。
そう決まっているのだ。
それがじぶんの使命なのだ。
スライムはいつまでも少年を見守っていた。
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