名前

 ミリィ!

 それがじぶんの名前!

 そうだ、わたしはミリィ!

 衝撃にミリィは立ちすくんだ。

 じぶんの顔!

 そうだ、じぶんの顔を見たい。

 あたしはどんな顔をしているのだろう?

「鏡!」

 ミリィは叫んだ。

「鏡はないの?」

「ございます」

 スライムはごぼごぼと答え、するすると床を這って移動した。

 にゅるりと身体の一部を伸ばし、触手をつくる。

 その触手に手鏡を掴んで戻ってくる。

「どうぞ……」

 差し出された鏡を受け取りのぞきこむ。

 そこに映し出されたのはたしかにじぶんの顔だ。

 ふっくらとした頬。白い肌。それに燃えるような赤い髪の毛。のぞきこむじぶんの目は、びっくりするくらいおおきく、赤い髪の毛とは対照的なあざやかなブルーであった。

 これがじぶんの顔か……。

 しばらくミリィはじぶんの顔に見とれていた。

 はっ、と顔をあげスライムを見る。

「ね、あたしどのくらいここで眠っていたの?」

「十五年くらいになりましょうか……赤ん坊のあなたはずっとあそこの」

 と、触手をつかってプールを示した。

「浴槽で眠っておられました。あの浴槽の溶液はあなたさまの揺りかごであり、養育槽でもあります。あなたはあそこで眠りながら成長なさったのです」

「あたしはまだ目覚めるべきではなかった。なぜなの? どうしてそのときでないことが、わたしにはわかるのかしら? いったいわたしは……」

 絶句する。

 答えはない。

 その答えを知る方法は……。

 そうだ、自分はどこかへ行き、だれかに会わなくてはならない。

 その相手は、運命のひと!

 そう、自分は自分の運命を知るために旅立たねばならないのだ!

「あたし、外へ出たいの」

 ざわざわとスライムの触手がなびいている。その体色が、めまぐるしく変化する。緑、青、紫となにか迷っているようだ。

「判りました……あなたさまが目覚めたとき、用意していた品がございます」

 こちらへ、とスライムはミリィを案内した。

 くねくねとつづく洞窟を移動し、スライムは触手に灯りの蝋燭を掴んで先導した。あとをついていくミリィは物珍しそうにあたりを見回している。

 洞窟は意外と清潔で、床は歩きやすいように平坦になっている。

 ミリィは足の裏で、洞窟が上へ向かっているのを感じた。スライムがかかげた明かりに、洞窟の先が二手に分かれているのを目にする。右側の方向へ歩き出そうとするミリィを、スライムはそっと触手を伸ばして止めた。

「そちらではありません。こちらへ……」

「こっちにはなにがあるの?」

 スライムは無言だった。ミリィはちょっと眉をひそめた。なんだか秘密めかしている。決然とミリィは禁じられた方向へ歩き出した。スライムはぶるぶると震えた。

「い……いけません! そちらは……」

「そちらは? なにがあるというの?」

 ふたたびスライムは黙り込んでしまった。頭をぐいと上げ、ミリィは歩き出した。なにがあろうと、絶対に確かめてみるつもりだった。ふりむくとスライムはぶるぶると震えたまま、立ち止まってミリィを見送っている。

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