第一章

少女の目覚め

 少女は目覚めていた。

 夢の内容は目覚めた瞬間、忘れていた。

 ただ、なにやら楽しげな記憶だけが残っている。

 ぱちぱちと少女は瞬きを繰り返した。

 闇。

 ただふかい闇がどこまでもひろがってる。

 身動きすると、少女はじぶんが全裸で、なにかどろりとした粘液のようなものにつつまれているのを感じていた。

 おきあがる。

 ふら──と、眩暈がして少女はしばらくうつむいていた。

 目覚めるべきではなかった──。

 奇妙な感覚がおしよせる。

 後悔のような、戸惑いの感覚。

 間違ったときに自分は目覚めた。

 それだけはくっきりと心に焼き付いている。

「なぜ目覚めたのですか?」

 ごぼごぼと泡立つような声が聞こえてきた。

 少女は顔をあげた。

 目の前に、なにかいる!

 なんだろう?

 闇の中、ふたつの瞳がじっと少女を見つめていた。

 少女は両手を前へつきだした。

 立ち上がろうとする。

 が、ちからがはいらない。

 つるりと足がすべり、どうと倒れこむ。

 どぼり──。

 とろりとした粘液の中に、まともに突っ込んでしまう。

 必死に手探りをし、進む。

 両手がなにか、ぶよぶよとしたものに触れた。

「灯りを──」

 ふたたびさっきの声がして、ぽ……と、かすかなひかりがともった。

 蝋燭一本ぶんの灯りなのに、まるで目に針を突き刺されるように痛んだ。

 しばらく目をその灯りに慣れさせる必要があった。

 ようやく瞳孔がすぼまり、少女はじぶんがあるものを見ていることを知った。

 ぐにゃぐにゃとした不定形の生き物。

 スライムである。

 その表面には無数の繊毛がはえ、ざわざわと勝手な動きを繰り返している。原形質の身体の中心には核があり、小指のおおきさほどのゴルジ体やミトコンドリアがくねくねと透明な原形質のなかで蠢いているのがわかる。巨大な単細胞生物。その体内にふたつの眼球がうかび、ぎょろぎょろとあたりを見回している。

 ふつうだと恐怖を感じるべき相手である。

 しかし少女はまったく恐怖を感じることはなかった。

 ただ相手が味方であることは本能的に判っていた。

 どんなことがあっても、このスライムはじぶんを攻撃することはない。逆に、彼女に害する存在には、全力を尽くして戦い、命をかけて守るであろうことはわかっていた。

 時間がすぎ、ようやく少女は立ち上がる気力がわいて出てくるのを覚えていた。

 ふらつきながらも立ち上がる。

 彼女ひとりが全身をひたすほどのプールのまんなかに立っていることを知る。

 天井を見上げた。

 ごつごつとした岩がむき出しで、どうやら洞窟の中のようだ。

「ここはどこ?」

 声に出した途端、

 

 ──ここはどこ?

 ──ここはどこ?

 

 と、木霊がかえってくる。

 ごぼごぼ……。

 スライムは全身を震わせ、声を出した。どうやら全身の繊毛が空気を震わせ、声を作っているようだ。

「ここはあなたさまの揺りかご。あなたさまの目覚めるまで、わたしはずっと見守り続けてきました。目覚めた今、わたしの役目は終わりました……」

「わたしを……守ってくれていたの?」

「そうですミリィさま……」

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