第2話「殺人鬼と無限を旅する銃」

夕日がやけに赤くて、気味が悪いなんて思いながら、俺は電車に揺られていた。自宅から5つも離れた高校を選んだ宿命だ。近いところにすれば良かったと思ったが、俺の学力では近くの進学校には推薦でも入れないのだから仕方ない。

俺に全くといいほど似なかった妹は、そのハイレベルな進学校へと通っている。母親の腹の中においてきた俺の学力をもって生まれた妹は驚くほど頭がよかった。それに、贔屓目に見ても美人で、可愛いいのだから困る。ついでに家事も得意で、お昼ごはんは毎日、手作りのお弁当である。俺ほど幸せな人間はいないだろう。

俺は妹に彼氏なぞできた日にはその彼氏を半殺しにしてしまいそうだ。

そんなことを思っているからシスコンなどと呼ばれるのだが、俺は断じてシスコンではない。妹である真奈美だけにそう思っているのだ。真奈美でなければそんなことは思わない。

そんなことを思っていると、いつの間にか自宅付近の駅に列車は近づいていた。

俺はゆっくりと不気味な夕日に背を向けて、ホーム側の扉を見つめた。

ホームに滑り込んだ電車のドアが開く瞬間、ドアのガラスに一瞬、オールメットの女が映ったような気がして、振り返った。

電車の中でライダースーツにオールメットのいかにも怪しげな女がいるはずもなく、くたびれたサラリーマン、同じく帰路につく学生に、居眠りしているお年寄りしかいなかった。

俺はすぐに踵を返して、ホームへと降りた。俺の背後で電車のドアがすーっと音もなく閉まり、発進していく。

その瞬間、ブレザーの上着に入っていた携帯がぶるぶると震えだした。

俺は携帯を取り出して、発信者の名前を確認する。

【妹】

ふっと笑って、すぐに電話にでると声優なのではないかと思うような可愛らしい声が聞こえてきた。

『お兄ちゃん!早く出てよ!』

妹にしては珍しく焦っているようだった。何かあったか?

「どした?なんかあったのか?」

電波の向こう側で一瞬、躊躇するような間があってから、ふっという笑いが聞こえた。

『なんか、電車で事故あったって聞いたから。ダイジョブならいいの』

その、電車事故の話なら俺も聞いていたが、全く別方向の電車の話だ。確か、インフィニティエネルギーの流れが悪戯によって遮断されたとかいうやつだ。

「それ、別方向の電車だよ」

『でも、インフィニティエネルギーの事故っていうから、もしかしてそっちにも影響あったかもって思って…』

「インフィニティエネルギーは世界一安全なエネルギーなんだろ?たかが悪戯程度でそんな心配するなよ」

『そんなのわかんないじゃん』

「核とかより全然安全だし、無尽蔵にあるんだろ?」

俺は目の前のインフィニティエネルギーキャンペーンのポスターの説明書きを読み上げる。

「インフィニティエネルギーは枯渇しない新たなエネルギー原です。核やガスなどの危険なエネルギーではありません。また、どんなものにも変換可能なエネルギーです。電気、ガスの代わりになります。しかし、インフィニティエネルギーは炎に変換しても熱を伝えるのみで実際に触っても焼けたりしません。また、電気に変換しても感電することもありません。夢のような次世代エネルギーです。枯渇しないエネルギーは各国のエネルギー問題を一気に解決しました。インフィニティエネルギーは無限にあります。みなさん、争わずに仲良くこのエネルギーを使用して幸せな世界を作りましょう。NPO法人世界救済の会っと」

『もう!おにいちゃんのばか!そんなの読み上げてる暇があったら早く帰ってきてよ!』

俺の行動などお見通しのようで、妹が怒り出す。

どうやら、今日は機嫌が悪いようで、ダンっと包丁がまな板をたたく音が背後から聞こえてきた。早く帰った方が身のためのようだ。

俺はポスターから離れて、改札へと階段を上る。階段の先の改札には昔の名残があるだけで、特に機能していない。

このインフィニティエネルギーが普及してから電車は税金で賄われることになった。ようはタダということだ。特急列車や特殊車両については別だが、ほとんどの交通機関が税金で賄われる。ようは無料になったということだ。

『おにいちゃん、今、どこ?』

「改札のとこ。すぐ帰るよ。何か必要?」

『ううん。なんか、心配だから、迎えにいくね。小学校の前の道からかえって来るでしょ?私もいくね!』

「別に大丈夫だって。まだ、明るいし、こんな俺みたいに180超えの長身の男なんて襲ってこねーだろ。てか、返り討ちにする自信あり!」

『そんなの無理だよ!』

「ん?なんか、今日のお前、変じゃないか?」

今日っていうか。この電話の妹はなんだか妙だ。性格が変わったわけでもないし、声が変わったわけでもない。いつもの妹なんだが、なんだか違うような。

「さては…、ブラコンになったか?」

妹の大きなため息が聞こえてきた。いつもの妹に間違いない大きなため息だ。

『はあああああああ。もう!馬鹿なこと言ってないの!』

その大きなため息をつく癖は間違いなく、俺の妹だ。なんだ、俺の思い過ごしか。

ふっと笑った瞬間、道の街灯が明滅して点灯した。

あれ?いつの間に夕日が沈んだんだ?

気が付くとあたりはすでに暗くなっていた。空を見上げると、大きな雲が夕日を隠していた。街灯は太陽光をキャッチしなくなると点灯するシステムらしく、雲の存在により太陽光を感知できなくなったために点いたようだ。

『おにいちゃん、どうしたの!?』

「ああ、ごめん。急に曇ってきたからびっくりして」

『今、どこ?』

「今、小学校んとこの道に出るとこっと…ん?」

俺は街灯の陰から出てきた不審者に思わず首を傾げた。黒いライダースーツに頭をすっぽりと覆った白いヘルメット。目のとこだけ黒いプラスチックが覆っている。

怪しさ満点である。

電話口の妹が俺のん?という言葉に過剰に反応する。

『どうかしたの?もしかして、そこに変な人がいるの?』

「よくわかったな。なんか怪しさ満点のやつがいるから、お前は来るなよ。ガチモンのキッチーだったらやべえだろ」

『にげて!!』

その妹の悲鳴と空を切り裂くようなシュパっという音が鳴ったのはほぼ、同時だったと思う。

直後に、俺の背後のコンクリート塀に穴が穿たれていた。しかも、向こう側まで見えている。コンクリを貫通するようなしろものを相手は俺に向けている。

それは、紛れもなく、街灯をスポットライト代わりにして立つ変質者。基、殺人鬼の手にある、恐らくはサイレンサー付の最新銃の仕業だろう。

殺人鬼は的である俺の体を弾が外したことに驚いたようだった。メットをつけているくせに表情が丸見えなやつだ。

片手で扱っていることから、この銃はインフィニエネルギーを使っているもののようだ。おいおい、さっき、そのエネルギーで平和を訴えているポスターがあったぞ。

てか、そもそも、インフィニティエネルギーの軍事利用および、インフィニティエネルギーを使用した武器の製造は国際条約違反だろ!?マジキチだなおい。

いつかは製造されるとは思っていたが、こんな平和な日本でお目にかかるとはびっくりだ。

ともかく、逃げるしかない。インフィニティエネルギーを使用しているのであれば、弾の残りなんて無限に等しい。当たるまで永遠と銃の試し打ちに付き合うような趣味は俺にはない。断じてMではないからだ。

さて、どうやって、この大馬鹿から逃げおおせるかを考えていると、殺人鬼の向こうの道から人影が飛び出してきた。

「おにいちゃん!!」

それは、電話で話していた妹だった。セーラー服のまま、靴下で飛び出してきたようだった。

んだよ。どうしてこんなタイミングで来ちまうんだよ。

「馬鹿!早く警察いけ!!」

そう、俺が怒鳴った瞬間だった。今度はヘビー級チャンピオンの伝説級右ストレートをもらったかのようなドンっと重い衝撃が腹部に直撃した。そして、俺は女が片手で扱えるような銃の威力で吹っ飛ばされた。小学校のフェンスにぶち当たって、ようやく俺の体は止まった。

ああ、いい的だな。

ヒュン、ヒュンと空を切る音が続いて、腹部に足に、腕に、数えきれないほどその謎の銃から放たれる銃弾を雨のように浴びた。痛みを感じる暇なんて与えないとばかりに次々に銃弾が体を貫く。痛いと感じた瞬間には別の場所を撃たれ、また、痛いと感じた瞬間には別の場所が貫かれている。

俺が血まみれになって、ピクリとも動かなくなると殺人鬼は妹の方へと踵を返した。くそコノヤロー、てめえの的は俺だろうが!

情けないことに俺の身体は指一本動かない。呻くことくらいしかできそうにないが、呻いてみる。

これが効果を奏したのか、殺人鬼は俺の方へと踵を返してきた。その間に、逃げていく妹の後姿をいとしく思った。揺れるポニーテールそれが、最後に見た、妹の姿だった。

朦朧とする意識の中、ゆっくりと人影が視界に入ってきた。

ああ、わざわざご苦労なこって。俺の見えるところで最後の一撃を撃とうってか?いい趣味してらっしゃるわ。まあ、どうあれ、謎の殺人鬼は俺が狙いのようだ。

ならば、逃げた妹は無事だろう…。ちゃんと、警察についただろうか?

俺がいなくても、ちゃんと一人で生きていけるだろうか?

ただ、それだけが気がかりだな。一人は寂しいから、きっと彼氏とか作るんじゃないか。

いままで、俺が邪魔だったからな。

そんな、どうでもいい事を取り留めもなく考えながら、俺はゆっくりと近づいてくる人影の最後の一撃を待った。

目をつぶれば、最後の一撃の衝撃も痛みも少しは和らぐかもしれない。

けれど、俺は目を見開き、殺人鬼を見据えた。

最後まで、抵抗したい。俺を、妹を殺そうとしたやつが一体誰なのか、死の間際でも知りたかったから。

殺人鬼はゆっくりと俺の方へと歩みを進める。その歩みがやけに遅いのは、恐らく、その小柄な身長には不釣り合いの馬鹿でかい銃のせいだろう。

先ほど、俺を撃った銃とは随分と違い、大きい。なぜ、そんなものを持ってきた?

ああ、それで、俺の死体を木端微塵にするわけか。ここは小学校の通学路だぜ。子供には少しばかりハードすぎるだろ。

俺はほとんどの痛みをもう痛みとして感じることができず、ただ、目の前の殺人鬼の行動を観察していた。

「随分と余裕じゃないか」

俺の思考を読み取ったかのように殺人鬼がにやりと笑ったような気がする。やっぱり、わかりやすい殺人鬼だな。

俺は思ったより幼いその声に少しだけ驚いたが、昔みた映画に少女のサイボーグ暗殺者がいたことを思い出して、笑った。

人を殺すことに年なんて関係ないか。

「さて、ここで質問です。佐伯雄(さえき ゆうすけ)くん、あなたは死にたくない?」

殺人鬼は俺の耳元に息を吹きかけるように、ふざけた質問を俺に投げかけてきた。

そりゃ、人間誰だって死にたくない。けど、こんな状況で死にたくないって答えることに一体、何の意味があるのか?

こいつのお遊びに付き合うつもりもない。

それに、さっきからクラクラとめまいがして、視界が明滅している。

もうすでに片足を棺桶に突っ込んでいる状態だ。それなら、俺のやることは一つしかなくて、それは、こいつを少しでも長くここに繋ぎとめておくことだ。そのぶんだけ、妹の生存確率も安全も高くなるわけで。

ああ、俺はこんな時にもあほらしく計算してる。実にいやな性格だと思う。

「んー。反応がない。死んだのかな?」

明滅する意識の中、俺は重くなる瞼を必死で押し上げて、口を開く。

「まだ…、くたばって、ねーよ」

げほっと咳き込むと、血が口からこぼれた。

それでも、構わず、俺は悪態を付き続けることにした。こいつの足をつなぎとめるために。

少しでも余裕を見えてやりたくて、俺は口角を上げた。

せめて、笑っているように見えるように。

こんな余裕、力、一体、どこに残ってたんだろうな。

「で…、死にたく、ないって、答えたら…、どうなるわけ?」

俺はうつぶせの状態から、オールメットを下から睨みつけながら、答える。

口ん中からあふれる血が言葉を微妙に詰まらせる。息も苦しい。肺に骨が刺さってんのか、それとも、銃弾が肺を突き破ったか?たしか、映画とかじゃ肺に血が入り込んで、溺死するとか言ってたっけ。もし、それが、本当なら、俺がしゃべる事ができるのも結構短いのかも。

そんな俺の思考などお構いなしにオールメットの殺人鬼は言葉を紡ぎだす。

「それじゃ、生きてみる? 君の大好きな妹のいないこの世界を」

は?

一瞬にして、思考が停止した。

「ど…ゆ、いみ…?」

オールメットはまるで、俺の反応が楽しいかのように、メットの下でくすくすと笑った。

小刻みにその小さな肩が揺れて、持っている大きな銃も揺れる。

呆ける俺の体を殺人鬼は乱暴に仰向けにさせた。全身から痛みが再び襲ってきて、俺は叫びそうになった。

その瞬間、俺の首元のネクタイを引っ張って、殺人鬼が俺の口を塞いでいた。

それも、こともあろうに唇で。

何が何だかわからないまま、メットを外した殺人鬼は俺に謎の液体を口移しで飲ませた。

血の味と、吐き気がしそうなほどの薬臭さのする液体が流し込まれる。

俺には拒否権なんてなくて、それを飲み下すしかなかった。

ごくん…と飲み下すと、殺人鬼が唇を離す。殺人鬼の唇が奇妙に笑っている。

俺の血で彩られた唇は真っ赤なルージュを塗ったような艶やかさだった。俺には、小さな頃聞かされた怪談の口裂け女のように見えた。

女はまた、すぐさまメットをかぶりなおした。

だから、ほとんど、一瞬みたいなもんで、だから、その女が妙に見たことがあるような顔をしていたような気がしたのは気のせいだと思う。

そんなことを考えている間に、痛みが引いている事に気が付いた。くらくらしていた頭も随分とはっきりしてきて、体の自由が脳の指令を受け付けるようになっている。

俺は慌てて、傷口に手をあててみたが、そこには真っ赤な血と無数の小さな穴の開いた服。その下の俺の体には傷一つついていなかった。

おいおい、今のが夢だってのか?それとも幻覚?

俺は頭がおかしくなりそうになった。確かにさっきまで、痛みがあった。傷も流れ出る血もあった。現に服に付着した俺の大量の血液と銃弾が通った小さな穴。それは紛れもない現実として、目の前にある。

呆然とする俺の前にオールメットの殺人鬼は悪魔のようにささやいた。

それは、メットの厚いプラスチック越しなのに、それを感じさせなかった。

「生きたかったんでしょ? でも、もう、きみの妹はこの世界に…いや、宇宙には存在しないけれど」

オールメットの殺人鬼はヒラヒラと手を振って、早く行けばと言わんばかりだった。

でも、それでも、俺にはその場を動くことはできなかった。なぜなら、そのオールメットが言う《妹のいない世界》という単語が気になって仕方なかったから。

もしかして、妹はこいつとは別の殺人鬼に殺されてしまったとか?こいつは単独犯ではなく、複数犯で、妹が逃げた先にはこいつの仲間がいて…。

俺は自分の血の気が一気に引くのがわかった。

慌てて、俺は携帯を取り出して、妹へと電話を掛ける。

妹が逃げた方には警察がいた。絶対にそんなことない。不安を無理矢理にかき消すように俺は携帯を強く握って、願った。すぐ出てくれよ。

しかし、電話に出たのは思わぬ相手だった。

『おかけになった電話番号は使われておりません』

意味が分からない。思考が現実についていかない。何が起こってる?どうして?

冷たい女のアナウンスが再度、耳に流し込まれる。

『おかけになった電話番号は使われておりません』

なぜ?確かに、この番号で、さっきまで話をしていた。この殺人鬼が襲撃してくる直前まで。だから、間違いなく、この番号が妹の携帯の番号だ。

俺は再度かけ直すが、冷たいアナウンスが受話器を取る。今度は手打ちでかけてみるが、全く反応がない。それどころか、おかしな事に今度はアドレスの中から妹の文字が消えていた。

は?

慌てた俺の指がフォトライブラリを開いてしまう。その中には一枚も妹の写真がなくなっていた。亡くなった両親と撮った写真、友達と撮った写真。ぽっかりと空いた妹の不自然な空白があざ笑う。妹と一緒に行った遊園地の写真には滑稽な笑顔の俺一人が取り残された。

一体、何が起こっている?

一体、何が起こってしまった?

その答えは俺の後ろで、棒立ちになっている華奢な殺人鬼のみが知っているのかもしれない。

あまりの展開の速さについていけない思考を俺は放棄して、八つ当たり気味に、そいつの襟元をつかんで、捕まえる。殺されたって、撃たれたって、今はこいつを離すわけにはいかない。

「てめえ、いったい、何しやがった」

オールメットの目に当たる部分を睨みつけながら、俺はそいつを揺さぶる。

華奢な体には重いであろう馬鹿でかい銃が一緒に揺れる。

オールメットの殺人鬼はさも面白い茶番劇でも見ているかのように、笑った。メットのその下、黒いブラスチック越しに殺人鬼は確かに笑っていた。

俺に掴まれ、睨まれても余裕のオールメットの女はその血に彩られた唇を開いた。

「きみの妹はこの運命線から抜け出てしまったのさ」

運命線?一体、なんのことなんだ?

「妹を追いかけたいなら、早くした方がいいかもしれないね」

余裕しかない殺人鬼はさっきからずっと引きずってきた銃を俺の方へと転がしてきた。

あまりの重みに俺は思わず、女から手を放して、銃の下敷きになってしまった。

俺の腹の上で不気味に明滅するその銃は見たこともない変な形をしていた。よくよく見てみると、それは銃と呼べるのか少し疑問のある形をしていた。

注射器にも見えるし、掃除機にも見える、パッと見、銃に見えたのは、それがライフルに一番近いような気がしたからだ。

殺人鬼はそれを見越したかのようだった。

「銃にみえるでしょ?これは、運命線を引き抜いて、別次元に新たに【きみ】という運命線を概念から作り出す装置」

言ってる意味がよくわからない。概念?別次元?運命線?

メット女は銃を腹に抱えたままの俺の前に仁王立ちして言った。

「簡潔に言う。きみの妹はこの次元の運命線から消えて、別の運命線へと移動した。きみが死なない世界を探して、あの女は永遠に今日を繰り返しているの。きみの頭じゃよくわからないと思うから、すごく簡単に言う。あの女はタイムマシンを使用して、きみが死なない未来を探してる。この時代のタイムマシンはまだ未完成だから、概念そのものから引き抜いてしまう。早くしないと、きみも妹を忘れるけど、どうする?」

俺が…、妹を忘れる? は? ありえねーよ。

生まれた時から見てきた相手を忘れるなんて、そんなこと。

あれ…、生まれた時から一緒って、俺は誰のことを思っていた?

「ああ、もう忘れちゃったかな?」

目の前のメット女をみた瞬間に俺はもう一回思い出した。妹だ。俺の唯一の家族で、面倒見がよくて、馬鹿が付くほどのお人よしの。目元のほくろが気になって、いつも悩むような馬鹿でかわいい妹。

「妹はどこだ?」

オールメットの女はくすくすと笑って、「そうじゃなくっちゃ」とつぶやいた。

そして、小首をかしげるようなしぐさをして、肩をすくめた。

「わからないけれど、別次元かな。そして、今もまた、君を死なせない世界を探して、運命線をたどっている。ばかげているけれどね。その運命は避けられないから」

「なんでだよ!てめーが襲って来なけりゃ、妹はその、別次元に行かなかったんだろ?」

「ボクの目的はきみと妹を引き離すこと。別に襲うことやきみを殺すことが目的じゃない」

「じゃあ、なんで俺にこんなものを渡すんだ?これがあれば、俺と妹はいずれ再会するんだろう?」

「永遠に再会できないかもしれないし、きみが別次元で死んじゃうかもしれない。案外、ボクの狙いはそれかもしれないよ?」

とにかく、早く追いかけなければ、俺も写真やアドレスのように妹を忘れてしまうということだった。だから、早くこれの使い方を教えろと言いかけた瞬間。

爆発音のようなものすごい音が耳にこだました。

何が起こったのか驚く俺の前で、メット女はいつの間にかしゃがみこんで、例の機械に搭載された引き金のようなものをひいて、俺を撃っていた。

「こうやって使うんだ。しっかり意志を持たないと、自分を忘れてしまうから気を付けて」

自分をこの銃?みたいなので撃てってか?

ああ、今日は随分と撃たれることの多い一日だったな。服にはいくつの穴があいてるんだか。

そんな事を考えていると、奇妙な感覚が襲ってきた。

なんだか自分が解かれていくような。妹がやっていた編み物をほどくような感覚がした。

これが、運命線をほどくということ?俺は今、まさにこの世界から別の次元に移ろうとしているということなのか?そして、これから、別の世界に、別次元へと移動するのか?

そう問おうとしたけれど、その時にはもう俺は随分と解かれてしまっていて、言葉が出なかった。

謎の女はそんな俺をまだ観測できるのか、こちらを見たまま、再度メットを取った。

「それの名前はインフィニライザー。無限の次元を旅する銃。それじゃ、よい旅を」

そう呟いて、悲しそうにうつむいた。

そして、最後に一言。

「自分を消すための旅へ

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インフィニ・ライザー やなちゃん@がんばるんば! @nyankonosirusi

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