003 特異点

僕らは無事町に入ることに成功した。町人は遠くから僕らを見るだけで、特段何かをするわけではなかった。

僕は石投げつけられたりするかと思っていたので安心していた。ふと、れいなのほうを見てみると、れいなは何かを考えている。

「どうかしたの?れいな。ロキたちはなんでこの想区を平和なものにしたのかしら?」

「え?」

れいなは驚いたように、僕のほうを見た。そして、話した。

「だってほら、管理されてるとはいえ、『ヴィラン』がいなくなって、人々が平和に暮らせるようになったのは、事実でしょう?つまり、あいつらがいるはずの停滞がこの物語に怒っているのよ。確かに、元の話もあいつらに言わせれば停滞していたかもしれないけど、私には今の話のほうが停滞しているように見えるわ。」

「そういわれてみれば…。」

確かにそうだ。本来、ロキたちは、こんな想区をカオス化して、ヴィランのいる想区に作り替えていたはずだ。今回はまったく逆のことをしているように見える。

なぜだろう?

僕はそれからそのことをずっと考えていた。

するとその様子を見て、心配したのか、サヴァンさんが僕に話しかけてきた。

「おい、お前、どうかしたのか?」

「いえ…別に…あ、そういえば、前、サヴァンさんは、昔そんな強くなかったって、いっていましたよね?」

僕はごまかして、話題を変える。

「ああ、それがどうした?」

「じゃあ、どうして、今はそんなに強くなったのかなぁ…って。」

「ふふ、強くなって、調律の巫女を支えたいってか?」

サヴァンさんは見透かしたように笑いながら言う。

「えっ、別にそういうわけじゃ…れいなには、拾ってもらった恩があるから…それを少しでも返したいと…思っています。」

「まあ、いい。話してやろう。といっても、神殿に地区までの間だがな。」

「あ、ありがとうございます。」

サヴァンさんは懐かしそうに話し出した。

「そうだな…ラーラから、ここがカオス化する前の俺のことは聞いたよな、あの時俺は、世界を救おうだの、みんなを守ろうだの、そんな気持ちはなかった。ただ、ヴィランがこのまま増えて、人が淘汰されると、自分の金の価値がなくなる、ということしか、頭になかった。」

「なんで、そんなにお金が好きだったんですか?」

「それは金というものが、すべてのものと交換できる、いわばワイルドカードであったからだ。」

「???」

どういうことだろう?

「この世界では、金で買えないものはなかった。命までも金で買うことができた。もちろん、いくらで命というものが物理的に売っているとかそういうことではない。金があれば、いくらでも命、寿命を延ばせる。時間もそうだ、金を出せば、早くことが進んだ。つまり、空き時間を買うということだな。だから、俺は金を手に入れるための努力は最低限したがそれは所詮それだけだった。つまり、結果はどうであれ、信念があったラーラと信念とかそういうものが毛ほどもなかった俺とでは、そもそも格が違った。まぁ、今になってわかったところで、意味はないが。」

諦めたように言う。

「…」

「話を戻すぞ。その後、カオス化されたこの世界で、俺はラーラとともに行動することになってな、俺は、その時もまだ、金のことしか頭になかった。自分の金が無事かどうか。それで町に降りて、‘ヴィラン’が‘ぬいぐるみ’になって、共存している、そして、四神官のやつらによって取り仕切られている世界になっているのを見て、驚いた。そして、何が起こったのかを把握した。そして俺は絶望した。なんせ、カオス化した状態の世界では、金は意味をなさず、すべて物が人々に分配されていたから、つまり、俺が一文無しになったことを意味していた。このとき俺は初めて思った。ああ、俺たちには分配されていなかったのかって?ああ、俺もそう思って、分配場所の神殿に行ってみたさ、でも、四神官に見つかってな、追い返されてしまった。そこで、俺はそして、俺がどうして、ラーラに勝てなかったのかを、な。それから、俺は必至をこいて鍛えなおしたな。ラーラはそんな俺を黙って支えてくれた。さて、そろそろ神殿につきそうだから、おとなしくするか…。大した参考になることは言えなくてすまんな。でも、一つ確かなことは、信念を持つことだな。たとえ世界から否定されようとも、持っていようと思えるような信念を。」

信念…か…。

「さて、そろそろ神殿につくから、おとなしくするか。」

僕はサヴァンさんの話のあと、そのことを考えていた。

しかし、その思考はリアンによって中断させられた。

「御姉様、ただいま戻りました。」

リアンが神殿の前から、神殿の中に向かって言う。

すると、神殿内部の暗がりから、片手剣を腰にさした少女と軽装をした少女が姿を見せた。

「おかえりなさい、リアン、テルミエ。よく、異端者たちを捕まえて来ました。」

「えへへ、ありがとう、イストス御姉様。」

さすがのテルミエも緊張しているようだ。

「声が震えていますが、どうかしましたか?」

「いえ。何でもありません。」

リアンが答える。

「では、中におはいりなさい。捕まえた者たちもつれて。」

イストスは疑っているのか、疑っていないのかわからなかったが、リアンたちに指示をした。

「はい、御姉様。」

「ステイ、町の人々に異端者たちは捕まえたということを発表してきてください。」

「はい、御姉様。」

ステイと呼ばれた、片手剣を腰に差した少女は、神殿の外へ出て言った。そして、僕らは縛られたまま、暗い神殿の中を進んで、開けた場所に出て、そこには、たくさんの‘ぬいぐるみ’がいた。

「さて…テルミエ、リアン、異端者たちの処刑を始めましょう。」

イストスが僕らのほうに振り替える。

「はい、御姉様。」

テルミエとリアンは、一瞬逡巡したが、イストスのもとへ、武器を取りに行こうとした。が、

「ふふ、あなたたちもそっち側よ?」

イストスはおかしそうに言った。

「!?」

「ええっ、どういうことですか、御姉様?」

リアンは、焦りを見せまいとしつつ、イストスに真意を尋ねる。

「どういうことも何も、あなたたちにかけられていた呪文はすでに解けて、あなたたちは、そっちの方々と同じになってしまった。そんな人たちをこの世界に置いておくわけにはいかないでしょう?」

イストスが片手をあげると、ジリジリと『ぬいぐるみ』が彼女たちに迫る。

…くそっ、ここまでか…。

目の前が暗くなってくる。

「くそ、ばれてしまったからには、仕方がない、ここで終わらせるぞ!」

サヴァンさんの一声によって、明かりを取り戻した。

僕らは縄を解き、栞と武器を取った。

「さて、あなた方を失ってしまうのは惜しいことですが、この人たちに代わりになってもらいましょう。」

…この人たち?

つまり、イストスには、『ぬいぐるみ』が人に見えている…?

「さあ、いきますよ‼」

………

……

「ぐっ、この私が負けるなんてっ。」

「よし、これでカオステラーは捕まえたぞ、調律を始めてくれ。」

「ええ、『混沌の渦に呑まれし語り部よ』

『我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし…』」

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