救世主の二重奏:鋭石は今投げられた
いつもどおりの朝礼が終わり、しばしの時間。
さぁて、今日はどんないじめが起こるのか、と諦めモードでそう思ってぼんやりとしている俺には目もくれずに、クラスメイトはアニメやドラマでよくある転校生への質問タイムに入った。
「どこからきたの?」だの、「何が好きなの?」だの、「SNSはやってるの?」だの、様々な質問を伊藤さんへと投げかけた。
お調子者の中心人物の男子は、「俺の第一印象は?」「彼氏いるの?」などと聞いていた。
この調子で、転校してきたその日の休み時間は、すべて質問攻めにあっていたので、俺はその間、いじめどころか、触れさえもされなかった。
たくさんの質問攻めにあっていたが、彼女は律儀なことに、質問すべてを漏らすことなく答えていた。
その質問内容から軽く彼女のことがわかった。
彼女は、幼少の頃は親の転勤でこっちから大阪へ越したが、また今になり親の転勤で大阪からこっちに引っ越して。つまりはこの地に戻ってきたようだ。
好きなものは甘いものと読書で、好きな食べ物はブドウで、SNSはやっていないようだった。お調子者の第一印象については「表情豊かで元気そうな人だね」「彼氏は居ないよ」と当り障りのないコメントをしていた。
他の質問についてはあまりにも長いので割愛する。
そして、彼女が転入してきた日の、初の昼休みのことである。
質問攻めや転入生への話題がある程度続いたあと、主に俺をいじめている主犯格のグループの一人であり、そのグループのリーダー、箕面一弥がこのクラスを紹介した。
一致団結していて仲がいいだのなんだのの、くだらない綺麗事や、クラスメイトたちの紹介と言う名の自慢から始まった。
当然のように俺を除く全員の紹介が終わったところで、
「良いクラスなんだね」
と、伊藤さんは無表情にお上品な笑顔を作りながらそう言った。横顔を見るに、…なんとなくだが作り笑顔な気がするのは気のせいだろうか。
「いいね、いいねいいねいいね。まいこちゃん! なかなかわかる子だ! 可愛いしな!」
と、主犯格のグループの一人、枚方直人が言うと教室が、しばし沸き立つ。
口々に話し盛り上がる彼らを
「まぁまぁまぁまぁ、まて! まてまてまて皆の衆! おちつけーい!」
なだめるのは箕面であった。そして先ほどとは打って変わって静まる教室。
「このクラスには一つ特殊な部分があるんだけど、今から説明するからよく覚えててくれよ」
と箕面は軽い口調で前置きをする。特殊な部分って、認めちゃってるのか。
「まず、このクラスにはストレス解消のための道具があるんだ」
そう言った。多分おそらく、まちがいなく俺のことだ。まちがいなくまちがいない。十中八九、いや、これは絶対俺のことだ。
「…ストレス解消のための道具?」
そう言って伊藤さんは静かに席を立ち、教室を見回す。まぁ周りの人だかりでろくに見えないだろうがな。俺からも周りあんまり見えないし。
「んー、わからない」
見回すのを諦めたのか着席。しばし考え込んだあとにそう言った。
「はいはい! 答えはー、こいつでーーす!」
箕面がその声を発した途端、道が開け、視界が広がる。うん、そうだ。そうだよ。俺だよ。そして予想通り、俺を指差した。
「こいつこいつ、この泉双太郎でぇーす!」
俺の近くに主犯格グループの女の一人、豊中美代子がやって来る。
「おりゃー! そりゃー!」
豊中に顔面を軽く左手で二発ビンタされた。じんわり広がる俺の痛みとは裏腹に歓声があがる教室。
ああ、不気味だ。異様だ。人がビンタされてるのにこの歓声。だから他のクラスから人が来ないんだよ、この教室は。
ビンタされた箇所からひりひりとした痛みが広がる。あー寒いときじゃなくてよかった。悲しいことにもうそんな感想しか出てこない。怖いね、慣れって。
「ほらー! どうよこれ! いいだろコレ! もっとむちゃくちゃしてもいいんだぜ」
箕面が、座りながら無表情でこっちを見ている伊藤さんのすぐ近くで自慢した。
「…………」
伊藤さんは黙っている。口を開かない。しかし彼女は最初からずっと無表情なので何を考えているのやらわからない。これを見ておかしいと思うのか、それとも奴らに迎合し、同じように敵に回るのか、わからない。
「あららー、固まっちゃって。どうしたのまいこちゃーん? こんなことしても大丈夫なんだよほら」
と、主犯格グループの一人、阪南土弘が俺の通学カバンから母手作りの弁当を取り出した。そして綺麗なフォームと一切の無駄も迷いも介在しない動きですぐ後ろのゴミ箱に投げ入れられる。
ガコンという音と共に、俺の弁当は綺麗にゴミ箱に収納されてしまったようだった。
「イェェーイ! ゴォォォール!」
「フゥウーーー!!」
「今日の運勢は良いね!」
「おみごとッ!!」
「まじウケるわー!」
「土弘調子いいなあ!」
「これで4回連続ゴールじゃね? すげぇよツチやん!! マジエース!」
と、湧き上がる歓声。盛り上がる教室。
お弁当は恐らくシェイクされるどころか、中身が飛び出し、もう食べられない状態になっていることだろう。ま、いつものことだ。あとで弁当箱だけは回収しよう。
…いつもながら、いいと言っているのに、遠慮も聞かずお弁当を作ってくる母には本当に悪い。悪いがどうしようもない。俺は見ていることしかしないしできない。
最初のうちは怒りも湧いたが多勢に無勢。つっかかったところでいいように遊ばれるだけである。というかいいように遊ばれたことがあるので、触らないのが一番だ。されるがまま、平和に俺は中学三年まで耐えるとするんだ。
これが俺の戦い方だ。これが俺の反抗だ。
「あァー! ツチやんいいねいいね! ほらァ、なんか言ってみろよ泉。感想だよ、早く言えよ」
箕面がやかましく興奮して俺に問う。そんなこと言われても、本当の事を言えばお前ら普通にキレるのに聞くのか。よくわからないな。
「は、はははは……、よ! お見事! こ、こんな感じで愉快なクラスだけど、よろしくね…。伊藤さん」
俺は笑顔だ。心の底からなんとか絞り出した苦笑いで、ベストオブ無難な返事をする。
「ふっはー。どうよ! どうよ! 文句ひとつ言わねーだろ! 見たかよあの笑顔! 最高だろあのストレス解消ロボ! どう? まいこちゃんも景気づけに一発やっとく?」
箕面がニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべながら伊藤さんに勧める。しかしロボとは失礼だな。俺は人間だというのに。
「うん、確かに最高だね」
伊藤さんは無表情で言う。あーこいつもか、まぁいい。俺の敵が三十人に増えるだけだ。一人増えようがなんの問題もない。三十分の一、つまりは誤差。なんの問題もないから安心しろ、泉双太郎。と、自分を奮い立たせた。
「フゥウー! わかってるね! まいこちゃん!」
「ノリいいわー!」
「かわいい! 付きあおう!」
「メアドおしえて!」
「空気読めるねぇ!」
どっと、沸き立ち歓声で埋まる教室。
新しい仲間が出来たことに対して、歓喜で立ち上がる者もいれば、拍手をする者もいる。そのやかましさ極まりない様相はまるでどこぞのお祭りのようでも、動物園でエサを喜ぶ獣のようでもあった。
阪南が笑いながら俺の頭を叩く。痛いが、まぁそれだけさ。痛いだけ。問題はない。おめでとう伊藤さん、君も今日からこの狂ったクラスの一員だ。おめでとう。
時間と共にさらに奇声と歓声で沸き立つ教室。
それを切り裂く打撃音。
教室が水を打ったように静まり返る。
そして、みんながみんな、物音一つ立てずに音の先を凝視する。
強烈で鮮烈な打撃音の先にいたのは、握った右拳を机に置き、行儀よく美しく席に座っている伊藤さんだ。
「勘違いしないでね」
無表情で彼女は静かに言う。
「最高なのは君たちだよ」
無表情の彼女は穏やかに言う。
「君たちのその歪んだ精神。最高だね」
無表情の彼女は寂然たる口調で言う。
「君たちさ」
ただ静かに、穏やかに、彼女は続ける。
「寄ってたかって一人の子にそんなひどいことをして、恥ずかしくないの?」
そして彼女は続けざまに鋭い言葉を言い放つ。
「"ストレス解消のための道具"だっけ? 」
「もしかして君たち、そんなことでしかストレスを解消できないのかな?」
無表情で、淡々と。この異常なクラスに爪をたてるが如く、彼女は。
「そのストレス解消はね、実は世間ではいじめって言うんだよ。知ってた?」
彼女は核心をついた。そして、クラスは少し冷たい空気になった。
「……なにあんた、新参者の転入生のくせに。もしかしてこのクラスのルールに文句あるわけ?」
主犯格グループの女の一人。箕面の彼女である女、貝塚愛子が下品にも、伊藤さんに顔を近づけ、少し怒った様子で睨みつける。
「近付かないでくれる?」
伊藤さんは無表情で淡々と、目の前の貝塚へと言い放った。
「は?」
あまり聞こえなかったようで、いや、正しくは貝塚の脳みそでは理解することすら叶わないのだろうか。理解不能とばかりに眉をひそめ困惑する貝塚へ堂々と伊藤さんは顔を向ける。
「クズが伝染るから、近付かないで?」
彼女はお上品な笑みを浮かべて、目の前の下品なクズに、堂々と、しっかりと、ハッキリとそう言い放った。
直後、響く肉を打つ軽快な音が響いた。
「……」
伊藤さんは白く綺麗な左頬を赤くしていた。
貝塚に平手打ちを見舞われたのだ。
「あーあ。マージで空気よめねーなーお前」
貝塚の声が静かな教室に響く。
「どうもありがとう」
平手打ちされた箇所なんて気にも止めず、尚もお上品な笑顔で返す伊藤さん。
「こ、い……、……つ…………!!」
怒りが頂点に達し、右手で拳を握り振りかぶる貝塚。
「やめとけ、やめとけ」
その今にも降りかかりそうな拳、それに連なる腕を握って止めたのは箕面だった。
「なんでだよ」
「今ぶん殴ったりするより、じわじわいこうぜ。空気の読めない奴は、俺達に、俺達の仲間に歯向かう奴はどうなるか、たっぷりとその身に思い知らせてやろう」
箕面がなだめると、貝塚は力を抜いたのか、箕面は掴んでいた手を離した。
「オマエ、まともな学校生活を送れると思うなよ」
かつて無いほどに怒り狂った貝塚が、低く唸るような声で言った。
すぐに昼休みの終わりを告げる軽快なチャイムが、重苦しい空気の教室に容赦なく鳴り響いた。
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