第4章:救世主の二重奏
救世主の二重奏:転入生とプロローグ
中学二年生の俺はいじめられていた。
いじめの主犯格はクラスの中心人物とその周辺の人間だった。
机にらくがきなどはもちろんのこと。弁当をゴミ箱に捨てられていることも、通学カバンを水浸しにされていることも、男子たちのサンドバックになることもあった。
休み時間はトイレに連れ込まれ、金をせびられたりする。
校舎裏を"闘技場"と称して、喧嘩の強いいじめっ子と喧嘩をさせられることは日常茶飯事である。
当然、俺の力は弱いので負ける。なすすべも無く負け、ボコボコに殴られるのだった。
しかし、奴らは殴るにしても、顔などの見える箇所は極力狙わない。なぜなら、怪我をされると大人たちに見つかる恐れがあるからだ。
実に巧妙。実に狡猾。俺の"敵"は変なところで技巧派なのであった。
もし、これらの行為で俺が怪我をしたらば、"敵"は俺を脅す。
「遊んでただけだろ? そうだよな?」
「こんなことで怪我するとかマジ受ける、冗談だから大事にはすんなよダッセーから」
「おう、怪我大丈夫か? 俺たち友達だよな? 同じクラスの仲間だよな? だったらこのことは誰にも言うんじゃねえぞ? な?」
だから俺は、体育で怪我をしたと言って家族へ言い訳をし、家でちょっと転んで怪我をしたと先生へ言い訳をする。
いじめにあうきっかけはなんだったのだろう。わからない。
顔? 性格? 態度? 言動? 成績? タイミング? わからない。
わからないが、女子も男子も関係なく俺をいじめていく。
クラス内のいじめはすべて俺が一心に背負っている。
俺の敵はとんでもないクズだったのだ。
いじめをしたいという意志を持たないクラスメイトに向け、俺へのいじめを強要させていた。
歯向かうと俺と同じ目に合うことは、口に出して脅されるまでもなくわかっているのだろうか、しぶしぶと、恐る恐るといった形でいじめを実行した。
そのいじめは、主犯格に比べればまだ優しく、初々しかった。
殴る力も緩かったし、弁当をゴミ箱へ叩きつける際も目を瞑っていたり、髪を引っ張って「邪魔だ」と意味もなく退けられたときも、その声は一様に震えていた。
だが。だが、今は違う。今はもはや、あいつらも俺の敵だ。初々しさなど今はもう無い。見る影も無い。
主犯格の連中と同じく俺をいびり、殴り、痛めつける。あいつらは主犯格の連中と同じく完全に俺をストレス解消の道具にしているのだった。
クラス三十一人中、俺を抜いた三十人が俺をいじめていた。
いや、一人は中学一年の終わり頃から入院しているから、三十一人中二十九人か。
クラスの二十九人が俺をいじめていた。
精神も肉体ももうボロボロだ。だが、義務教育なので行かねばならない。
そんな毎日だ。
俺はなるべく心配はかけたくなかった。
当然親にもいじめられてるとは言わないし、先生にも言わない。
らくがきの机は俺が自らしたと言い消す。
水浸しのかばんはドジを踏んだということで済ませる。
苦し紛れの言い訳だっただろうが、俺自らがそう言っているので、大人は信じるものなのだ。
そんな毎日だ。
************
十月。秋ごろ。
一人の女子が転校してきた。
「はい、今日は転校生を紹介するから静かにな」
担任の野太い声の後ろから教室へ入ってきたのは、黒髪のポニーテールの女の子だった。
顔から察するに一目見た彼女は。彼女は知的でクールなイメージだった。
白い肌に、深く深く黒い瞳。無表情なのがまた整った顔を際立たせ、髪はつややかな黒色で、束ねていた。
俺は思った。美しい。俺は少し見とれていたのかもしれない。
――だからなんだと言うのだろう、か。
「関西から越してきた伊藤舞子です。趣味は読書、好きな色は水色です。よろしくおねがいします」
伊藤さんは簡潔に丁寧に名乗り終わると優雅にお辞儀をした。
そして、教室にはたくさんの拍手の音と笑顔が立ち込めた。
「席はあっちだ。座ってくれ」
担任が教室の一番後ろの窓際の席であった俺の隣の席を指さす。が、
「えっと……?」
伊藤さんは困惑していた。当然だろう。
彼女が座るはずである席のすぐ前も空席だったからに他ならない。
空席の主は"伊東未来"という、茶髪のショートカットに、笑顔が眩しい女の子だ。
今は心臓の病気で入院していて、出席は途絶えている。お見舞いに行こうにも、入院先を公表していない為に誰もお見舞いに行けていないのだが。
「あぁ、すまんすまん。一番後ろだぞ。その泉という男子の隣だ。愉快なやつだからよろしくしてやってくれ」
担任が具体的に席を教える。泉とは俺のことだ。ちなみにこの担任は俺がいじめられていることを全く知らない。なので恐らく本当に"愉快な奴"と思っているのだろう。ありがたい。ありがたいのかこれ。どうなんだ。
「はい、わかりました」
伊藤さんは席に向かう。あちこちから一斉に話し声が聞こえいつも以上にざわめく教室。
「おいおい、静かにしろよー!」
担任が一言笑顔でそう言うと渋々静まり返る。
「ふつつかものですが」
という謎の発言と共に伊藤さんは俺にお辞儀し、静かに席に座った。
「よーし、じゃあ今から朝礼を始める」
朝礼が始まった。そして同時に始まるのだ。
いつもどおりの時間が。
しかし、この時、俺も、クラスメイトも、担任も、誰も知る由がない。
この出来事が後に起こる大事件の静かなプロローグになるということを。
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