メロンパン争奪戦:咆哮の後編


 時計の時刻は昼休み終盤を指し示していた。

 生徒がたくさん存在するとある教室の一角に、二人の女子生徒が椅子に座っていた。

 二人の生徒は一つの机を共有しあい、向かい合っていた。

 自分の椅子を後ろの席の机に向け、座っているのは茶髪のショートカットの女の子で、向かい合うその机の主は黒髪のポニーテールの女の子だ。


「今回もメロンパン手に入れたんだねー」

 茶髪のショートカットの女の子、伊東未来、通称みっちゃんが軽い調子で聞く。

「うん、今回も結構楽に勝ったよ」

 それに答えるは黒髪のポニーテールの女の子、伊藤舞子、通称まいこだ。

「ああ! いつもの宣言してくれたんだね!」

「うん、今日はグーだった」

 まいこは戦利品のメロンパンの包みを開けながら答えた。

「なんで宣言するんだろ。不利じゃん!」

「うん、さすがに毎回毎回、宣言通りに出されて、それで勝ってばかりじゃ悪いからこっちも宣言してみたよ」

「なんて?」

「うん、『じゃあこっちはパーを出すよ』って」

「それでそれで?」

「宣言通りに勝っちゃった」

「ほえー」

 これで何度目かも覚えてないので、みっちゃんはいつもとおなじく適当に驚いてみせる。

「なんだろ、優しいよね。ほんとに」

「それ、それあれなんじゃない! まいこ!」

 まいこの声を遮りつつ、急に立ち上がるみっちゃん。

 教室はざわついている。みっちゃんが立ち上がったことに気にする者はいなかった。

「え? 何、なんで急に立ち上がるのみっちゃん」

 まいこはメロンパンの包をあける作業をストップして急に立ち上がるみっちゃんを見上げる。

「そう恋! 恋だよ!! 先輩はまいこに恋をしているんだよ!」

「ちょっとやめて、メロンパンが落ちる」

 机をばんばんと叩きながら興奮するみっちゃんをなだめつつ。

「えー…そんなの正直困るよ…」

 メロンパンを両手で大事に押さえ、本気で困った顔をするまいこ。

「うん! うんうん! こっちからも答えないとね!」

「いや、いやいやいや、私、答えるつもりないから、みっちゃん。っていうか知ってて言ってるよね」

 みっちゃんのいつもどおりの調子の奇行に半ば呆れつつ、メロンパンを開封する。

「先輩が宣言したじゃんけんに負けるように出せばいいんだよ! そうすれば先輩も初勝利でまいこの優しさにキュンときて…!!」

「……あの」

「そうと決まれば決定だね! 次は金曜日だから!」

「いや、ほんとにそういうのいいよいいよ。彼氏とか、そういうのいらない」

「うーん、でも、そろそろ先輩に勝たせてあげないとかわいそうだよ」

「……それは私も思う。いっそのことじゃんけん参加やめてみようかな?」

 まいこが提案する。確かに、やめてしまえば勝つことはない。

「それはだめ!!!!!」

 だが、それをみっちゃんは許すはずもなく、声を荒げ、再び机を叩く。

 教室は騒がしく、誰もそれを気にしない。


「…なんで?」

 開封したメロンパンをしっかりと手に持ち、恐る恐る一応聞くまいこ。

「……」

 みっちゃんは答えない。

「何急に黙って。どうしたの?」

「……」

 みっちゃんは答えない。

「お腹壊した? 変なもの食べた?」

「…………」

 みっちゃんは――「まいこ!」

 再び叫んだ。

「…何?」

 とっさにメロンパンを高く持ち上げつつ、まいこは返事をする。机は叩かれなかった。

「一口ちょうだい!」

 というなり、返事も待たず、顔の下あたりまで持ち上げられたメロンパンを咄嗟に一口。

「うん、いいよ」「んっっっ!!! まっっああああ!!!」

 まいこの返事は同時に発せられたみっちゃんの高い声にかき消された。

「びっくりした」

 そして慌ててメロンパンを体の近くに寄せる。


「そう! そうなんだ! まいこがじゃんけん参加やめたら! 私が一口食べられなくなるよ!」

「…みっちゃんも参加したら?」

 そう言うと、いただきます、と小さくつぶやきつつ、メロンパンを小さく食べる。

「たまに参加してるけど予選落ちだよ!?」

「ああ…そう…」

「だから! 一回ぐらいなら我慢するから先輩に勝たせてあげようよ。じゃんけんで!」

 右手でグーの形を作り、力強く大きな声で提案する。

「うん、じゃあ次は、先輩が言った手に負けるように出すことにするね。今日みたいにグーで宣言されたら、ちゃんとチョキを出して負けてあげることにするよ」

 と言うまいこの言葉を聞き、みっちゃんは座る。

 そして、先ほどとは打って変わって冷静な声で、

「というか。ねぇまいこ」

 些細なことを聞く。

「ん? 何?」

「予選はどうやって勝ってるの?」

「運」

 即答した。そして、沈黙が流れ―

「あ、そうなんだ」

 みっちゃんの声は騒がしい教室に消えた。



**********


「おーい竜太。お前また負けたのかー」

 将棋部、と書かれている教室に一人の活発そうな黒髪のミディアムロングの女子生徒が入室した。

「ありえないありえないありえないありえないぃぃい…」

 そんなことは気にせず、黒縁のメガネをかけた短髪の男子生徒、北川竜太、旧じゃんけん王が教室の片隅で地べたに座り、頭を抱えていた。

「この大親友、西野大河様がお主、北川竜太に助言を授けよう!」

 と西野は胸を張る。

「……。…無い胸を張るな。見苦しいぞ」

 目に涙を浮かべた顔を上げ、冷静に先ほどの見苦しい行動に苦言を呈する。

「…なんか言ったか?」

 大河が旧じゃんけん王と同じ高さまでしゃがみ、無駄のない動きですかさず、その涙目の不幸面の耳を軽くつねる。

「やめて、痛い。ごめんなさいごめんなさい。俺が悪かったですマジでもう言いません早く助言下さい」

「ふむ、では助言を授けよう」

 早すぎるギブアップ宣言を受け、立ち上がった大河は身を翻し、華麗にターン。

「はい…」

「まずは…、竜太は今まで全部結局宣言通り出してんのよ」

 人差し指を立てながらうろうろと歩く。

「は?」

「いや、『俺はグーを出すぜ!』とかなんとか宣言してるけど、あれ全部結局宣言通りの手を出してんのよね」

「ウッソ、バカな。嘘だろ。冗談だろオイ…。だとすれば勝つの簡単じゃねえか…?」

 旧じゃんけん王は驚愕の事実に思わず立ち上がる。

「そうだよ! 勝つの簡単なんだよ! ヨユーだよ!」

「つまりなんだ、次からは…」

「ご名答。さすがにご聡明だな。そう、次からは宣言した手に勝つ手を出せばいいんだ」

 立てた人差し指を大河は自らの眉間にまで持って行き、前髪を払う。

「え? "宣言した手"に"勝つ手"に"勝つ手"じゃだめなのか? 宣言がグーなら、相手はパーを出してくるはず。それに勝つためのチョキじゃだめなのか?」

「ああ、竜太は甘いな。チョキを出すとしよう。確かにチョキを出すとパーには勝てる。だが、相手もバカじゃない。そろそろ宣言に気づいてるはずだ。今日の逆宣言だって、ただの挑発だろう」

「なんだと…!?」

 声を荒らげた旧じゃんけん王の瞳に少し生気が戻った気がした。

「だから次からはそのチョキを狩るためにグーを出してくる。これはほぼ間違いない」

「よく考えてみ。竜太ならそうするだろ?」

「…たしかに…!」

 斜め下をみつつ、大きくリアクション。

 そして、何故気づかなかったのかと、言わんばかりの顔を上げた。

「つまりだ、そのグーを出すために竜太はパー、つまりは自分で宣言した手に勝つ手を出すべきなんだ!」

 右手の親指と人差指を立て、銃の形を作り、晴天広がる窓へと向けて叫ぶ。

「……一度の勝利が目的なら、それが必勝法!」

 拳を握りしめ、窓へと向け、旧じゃんけん王は同じく晴天に叫ぶ。


「竜太なら、勝てる勝てる!」

 大河は手をあげ、自分より少し背の高い旧じゃんけん王の背中を強く叩く。

「…ああ! さすが幼なじみ! 勝つぜ! 俺は!!」

 旧じゃんけん王の瞳には完全に闘志が戻っていた。


 そして。


「俺は、勝ァつ!!!!」

 旧じゃんけん王の力強い意気込みは、静かな教室に反響したあと、すぐに晴天へ吸い込まれた。

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