第15話
居間に出ると戻った祖父がお茶を貰っており、山に残る昔の本家辺りを散策していたら荒れ田に鹿がいた、という話を家の人にしている最中だった。
「じいちゃん写真は!?」
「おお恭、終わったか」
すぐ逃げられ撮る暇はなかったそうだ……。喋ってたら足の痛みが引いたからと奥さんも外で見送ってくれ、恭と祖父は暮れ方の来しなよりはやや活気づいた田舎町を後にした。
車中、爪のことについては難しかったが色々聞けたと報告すると、祖父は頷いた。
「そうか良かったな、やっぱりあの人が一番詳しかろうからな」
残りの兄と姉は、どちらも土地を離れて久しいのだそうだ。一方で力を見せてもらったことを話すととても驚いた。
「年取りゃ消えるでもないんかの」
「――そういえば母さん達が話してた集落のこととかって、じいちゃんが教えたんだよね?」
「母さん達?」
「母さんと
祖父から聞いていたのはごく簡単な内容だけだったから、母と白師の会話で初めて細かな
「こないだの法事ででも、聞いたかしれんな」
「行ったのじいちゃんだけだろ」
祖父の別な兄の法事で折詰を貰った時のだ、こないだと言っても去年になる。
「忘れ物を有陽に届けてもらってな」
届けついでに寄って行き、女性陣と話し込んでいたらしい。全く知らなかった、母にしては珍しいことだと思う。本家からは奥さんの息子が名代で来ていた。それなら誰から話を聞いたのかと気になったが、席が離れていたから分からないと祖父は言った。
「あ、そうだあとさ゛人を正気に戻す力゛とかあったって話も、じいちゃん知ってた」
「なんだそりゃ、ああ
「ていくん?」
「
「?」
「あ、しもうた」
「え?」
「ばあちゃんの菓子忘れた」
国道沿いにある名物を頼まれていたのだ。慌てて取って返し、シャッターが下りる寸前で間に合った。ついでに隣の聞いたことも無いコンビニでパンやおにぎりも買い、食べながら家に帰り着き、祖父を見送ったのは8時過ぎだった。
「本家の伯母さん恭のこととっても褒めてらしたよ、礼儀正しくてしっかりしてるって、主人にもちゃんと挨拶してくれたって――」
「電話来たの」
「したのよ、お礼言わなきゃでしょ」
炭水化物は充分摂ったとLINEしたので、おかずを盛ったプレートを用意してくれていた。それを食べながら言う恭に、呆れた風に母が返す。
「で、その爪どうなの?変形は治らないし、暫く伸びてもないようだけど何か分かった」
どのくらいバレてるだろうと思ってたら、状態含め粗方だった。
「いや、直接関係あるようなことは何も、――けど他にも聞いてみてくれるって」
若干
「もしかしなくても岸崎君関わってる?」
突然親しくなったと朝晩2日連続つるんでいれば当然か、しかも関わるもなにも当事者だ。
「関わるっていうか…外で偶然爪見られて、力のこととか色々、流れで話すことになっちゃって――ごめん」
「それは構わないけど――信じてくれた?」
「うん。葉っぱのやつ見せた、さすがに最初は手品かって言ってたけど」
「よかったね」
怒られはすまいと思ってはいたが、ただ喜んでくれたことに幾分ほっとする。
「ホントのとこ爪切ろうとしたら割と痛くてさ、話聞いた岸崎が色々アイディア出してくれて切れたんだけど――」
「今度は伸びてこないわけね、手助けは?」
「大丈夫。必要ない、」
このところ嘘や隠し事が多いが、そこは偽りなく恭は言った。
「そう?でもどうにもって時は言いなね、こっちにだって独自ルートがあるんだから」
「独自ルート?ってもしかして法事の時の人」
「え、なんのこと」
今度は母に祖父との会話を教えると、違う違うと笑った。
「あれは
「聞いてないし、つーか塗々出って…」
「私の従姉の嫁ぎ先で、ミノリちゃんはあんたの又従妹。近いけど会うことないから――」
「あー、だった」
祖父の生家の親戚筋に当たるそこの兄妹とは、何かで会った記憶がぼんやりある程度だ。件の
「それじゃあ――いや、いいや」
誰から聞いたのか、独自ルート共々かなり気になったし、なぜ断ったと匡直は怒るだろうが道筋は付いているし、ここまで来て親の手を借りるのは他人を頼るより抵抗がある。
「マジメにヤバくなったら相談する」
「――分かった。」
話が済み部屋に戻った恭は、岸崎に送るLINEの文面を考えて暫し悩んだ。『爪崩しの算段を岸崎に考えさせておく』などと匡直は言っていたが、その岸崎は匡直のことは
『お疲れ、どうだった?』
「役に立ちそうなことはなかった」
ゴメンと入れるべきか迷い、削除する。
『聞いてよければ今度聞かせてくれ』
『そのうち』
『あいつのこともまた』
岸崎が家に寄ったのは、爪というより匡直を気にしてのことだったのかもしれない。スタンプで「モチロン」と返すと、
『ところで』
と返って来た。
『ハンドやってみたいって言ってたけど』
(?待て?俺?)
わけが分からないまま「そういえば」と曖昧な返答に『時間と場所、学校で詰めよーぜ』と続き了解する。
『じゃ、おやすみー』
どうも匡直の思惑通りに事が進んでいるらしいことに驚くと共に、もやもやしたものを感じる。あとやはりというか、気分のいいものではないとひとりごち、
(あんま怒んなきゃいいけどな岸崎――)
恭は溜息をついた。
翌日は、恭らの学校では2、3年は休暇明考査の日だったが、今朝からバスに新入生が目立ってきて落ち着かず、混雑より独特な空気に押され、プリントの1枚も
最初は道を間違えた新入生が戻っているのかと思ったが、バックも持たず、人探し風で周りを見回し、というよりむしろ睨みを
「持って来てない」
勢いのまま立ちはだかった相手に間髪入れず
――岸崎とはまだ付き合いは短いが、こと匡直らしさに関しては一番良く知るという自負が恭にはある。とはいえ前後の動作ひとつとっても同一人物とは思えない有り様なので、予め分かってさえいれば判別は造作もない――つまりこれは、
「爪はちゃんと置いてきてる」
「どういう――」
「おいケンカか?」
互いに困惑しかけたところへ、やたらキリッとした声が割って入った。同学年だがクラスは違った筈だ、となれば岸崎の顔見知りだろうが、肝心の匡直サイドの記憶は定かでないのか無表情で、恭が咄嗟にフォローに回る。
「いやちょい込み入った話で、岸崎ここ邪魔だし教室あがろーぜ、な、岸崎?」
(テンション上げてけ!今のお前は明朗快活キャラだ)
「… …そういうことだ、驚かせたな――先行ってくれるか」
「お、おお…」
不自然な間の
「完璧にとは言わないけどせめて岸崎っぽくは振舞ってくれ、でなきゃ大混乱だって」
「今はそんなことより――」
と匡直が憮然として言い返したタイミングで予鈴が鳴りはじめた。
「やべっ予鈴じゃん行こーぜ」
「―――え?」
「どうした?」
小走りに数歩行きかけた匡直が、岸崎が振り返る。
瞬きの間と言っていい。
「どうして…」
岸崎だ、わけが分からない。
「へ?」
「いや、靴下脱げそうになった」
急ごう、と言う自身の声は、空疎に響いて聞こえた。
集中力を削いだまま1限目のテストを終え、恭はバッグから制服のポケットまで漁ってみたが、彫爪は疎か小爪すら出てこなかった。岸崎もあれから変わった様子はなく過ごしている――と思ったら4限終了と同時に「さっきだ」と言われて人気の無い、体育館と部室棟をつなぐ外通路まで引っ張られて来た。
「爪は見つかったか」
休み時間ごそごそやってるのを見たのだろう。組んだ両手を脇の下に挟んで、恭は「無い」と短く答えた、通路は日陰の吹きさらしで寒いのだ。匡直はそうか、と頷く仕草で示した。
「だが今朝お前が目に入るなりこうだ」
教室に行く途中、3階の窓から偶々自分を見つけたところ、
「…考えられる原因っていったら――」
「までもなく爪を無理に切った影響によるものだろう」
「てことはまた同じことが起きるかもしれないってことだよな…」
「もっと言えば、別な異常が発生することも否定できない――今それを言い出してもきりはないが」
「まあな…そうだ匡直、どっか体でおかしなとこは?」
「体調か、今のとこは無い」
「そっか」
だったら一先ず安心だ。しかし前触れなく入れ替わりが起きるとなれば、今朝の匡直を見る限り不安しか残らない。続けば周りは必ず変に思うし、それで岸崎が気づくことも十分に有り得る。――にしてもけっこう冷えるせいか、さっきからこめかみ辺りが痛む気が――
「―――?」
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