写真 (X+10年9月)

朝、大学内の保育所の前。岬が出てくる。

「おや、カメラをかまえている人がいる。プロかな、アマチュアかな?」

「おはようございます。ひとりごとだったかもしれませんが、プロかアマチュアかという問いに考えこんでしまいました。わたしは美術教室の教員で、望月といいます。仕事で写真のとりかたを教えているという意味ではプロだし、作品を展覧会に出すこともあるけれど、作品で食っているわけではないのです。」

「わたしも、シンマイですけど教員です。島村と申します。理科の実験をしてます。」

「理科教室にはたびたびおじゃましてます。わたしの仕事の中心は、変化のある現象をいくつかの瞬間で切り取って表現することで、自然現象にも興味があるので、地学の野外観察につれていってもらってます。水の波を室内でとったこともあります。」

「あ、長沢先生の水槽実験の写真をとったかたでしたか。わたしは物理なんですが、流体実験がやりたくなって、長沢先生の実験装置をいくつか譲ってもらう相談をしてるところなんです。どんな実験もそうなんですが、とくに流体実験では、空間的パターンを人に伝えられるように示すのが大事なんです。写真のとりかたの授業に出たいぐらいですが、実験室と子育てで時間いっぱいで、とうぶん無理そうです。」

「実験の写真撮影は、芸術写真とはまたちがったくふうが必要ですね。わたしはその専門家ではありませんが、長沢先生の水槽のほかにも技術科や理科の学生とやってみた経験はいくつかあるので、おてつだいできることはあると思いますよ。」

「ごいっしょに何か、両方の成果になる仕事ができるといいですね。」

「もう10分くらい、お話しを続けてもいいですか?」

「ええっと、きょうは水曜日ですよね。それなら、だいじょうぶです。」

「わたしは人の写真もとります。毎週保育所に来てるのは、子どもの写真をとりたいからなんです。ただ、このごろ、個人情報について、制度の面でも、みなさんの感情の面でも、いろいろうるさくなって、無断で写真をとってはいけなくなりました。子どもの場合は親の承諾が必要とされています。それで、島村さんのお子さんの写真をとることをご了解くださいますでしょうか。」

「うちの子はまだ乳児ですけど。」

「赤ちゃんが全身で示す表情も、とりたいんですよ。それから、保育所という場で生活する人びとの群像も。」

「写真をとること自体はかまいません。ただ、出版物や展覧会やネットで公開する場合には、事前にご相談ください。たいてい許可すると思いますけど、大写しの場合はもんくを言うかもしれません。とくに、裸の大写しは、教材としての意義がある場合に限りたいと思います。」

「ごもっともです。来週、その趣旨を文章にして持ってきますので、それでよろしければご署名ください。」

「むしろこちらから撮影をお願いしたくなってきました。わたし、子どもの成長の記録をとりたいんです。親としてというよりも、仕事でなくても出てしまう科学者の習性なんですが、たとえば1週間とか1か月ごとに、どれだけ変化したか知りたいと思うんです。写真で記録したいとも考えたんですが、わたしも夫も手がまわらなくて、一度とったきりになっています。」

「なるほど。わたしの予定にはなかったんだけど、子どもの成長をとらえた組み写真というのも、いいですね。作品として発表するには何かくふうが必要なんだけど。来年度の卒業制作の課題を考えている学生に提案してみよう。来週、その学生といっしょに、お子さんと対面させてください。」

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