受賞講演のあいさつ (X+9年9月)

「青木賞をいただくことになり、まことに光栄です。賞の対象となった研究について、ご説明いたします。ごらんのとおり身重ですので、勝手ながら、腰かけたまま話すことをお許しください。」

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(研究の内容を、いっしょうけんめい説明した。)

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「この研究では、G先生はじめ多くのかたにおせわになりました。また、研究の基礎となる勉強では、K先生はじめN大学の先生がたにおせわになりました。

ここから、学会での感謝のことばとしては異例かもしれませんが、わたしのおいたちにかかわることを少し述べさせてください。

わたしはT岬の公園で、生まれてまもなく、ひとりで泣いているところを見つけられました。わたしの母親はそこでわたしを生み落として立ち去ったらしいのです。育てられない事情があったのでしょう。ともかくわたしをこの世に生んでくれたことを、母に感謝します。母に会いたいです。

そしてわたしは高丘養育園という施設で育ちました。職員のかたがたのおかげで、実の親がいなくても、不満なく成長することができました。ただし、大学に行くお金がなくて、高校を出たら働くことに決まっていました。

ところが思いがけず、同級生の島村君が、きみが理科の勉強を続けられるように応援したいと言ってくれました。彼は親の前で、息子の代わりに嫁を大学にやってくれと言いました。わたしに直接結婚のプロポーズをしていないのに! 結局、高校卒業と同時に結婚して、しかも彼の親の養子にもしてもらって、わたしは島村岬として大学に入学したのでした。夫とその親のこの支援がなかったら、物理学をやっているわたしはいませんでした。」

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