人生の大事が重なってやってくる (X+9年12月)
「島村さん、おたくの娘さん、産科の陣痛室だよね。娘さんに連絡をとりたいっていう、なんか急用らしい電話がかかってきたんだけど。大学の先生かららしい。」
「わたしが出ましょう。」
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「島村岬の義理の母ですが、どんなご用件でしょうか。」
「N教育大学の理科の物理の教授をしております、大城と申します。病院まで追いかけて恐縮です。教育大学では、来年4月から働いてくださる物理の教員を募集中です。島村岬さんにそれに応募することをお勧めしたくて、お電話したしだいです。まさにお産という事情を承知しておりますので、応募の意志があるとひとことお返事くだされば、書類を作るお手間はとらせないようにします。
応募されても採用すると約束はできませんが、うちの大学では、女性の教員が少なく、とくに物理は女性がいないので、今回の募集ではぜひ女性をとってほしいと言われているのです。でも能力不足の人をとりたくはないのです。青木賞を受賞された島村さんなら申しぶんない候補者だと、わたしは思っています。」
「伝えます。20分ぐらいたったらまたお電話ください。」
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「岬はこう申しております。『助教授[注1]の公募があるのは知っております。わたしは助手[注2]の経験もないので、もっと経験のある人がつくポストだと思いました。また、出産してすぐに教育と研究の仕事をこなせる自信がありません。』」
「下に助手がいるポストではなくて、物理ではいちばん若い教員になります。『助教授または講師』の公募なので、島村さんのような場合は、まず講師になって、2~3年後に助教授に昇格する、という形になるでしょう。
職務のうちでは、まずは授業をしっかりやってください。すでにやった研究成果で論文になっていないものがあればぜひしてください。新しい研究は、お子さんが小さいあいだは成果を出そうとがんばりすぎないで長期的にやることの準備をしてください。実験器具の管理の仕事もありますが、教授のわたしも分担しますから、いっしょにやりましょう。いずれも、採用されればの話ですが。」
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「『ご配慮ありがとうございます。出産後の体調がどうなるかなど、不安はありますが、おことばにあまえて、応募者に加えていただくことを希望します。』」
注
[1] 今のことばでは「准教授」。
[2] 今のことばでは「助教」。
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