助け舟を出す (X+14年5月)

大学の保健センター、産婦人科の訪問診療日。診察室から若い妊婦が出てくる。待合室にすわっていた、やや年長の妊婦が声をかける。

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「学生さんですよね。悩みごとがありそうね。わたしは島村岬、理科の物理の助教授です。わたしは、親を知らない子で、児童養護施設で育ったのよ。そのままでは、大学に行くことは夢の夢だった。でも、家族になってくれた人や大学の先生たちの親切のおかげでここまで来れた。だから、まわりの人を助ける人にならなきゃ、とも思ってるんだ。お役にたてるかどうかわからないけど、お話ししましょうか。わたしの診察が終わるまで、ここで待っててね。」

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「わたし、国語科の2年生です。

1年生のとき、先輩の4年生と親密になって、妊娠しました。彼は、卒業するまでは、結婚していっしょに暮らそうって言ってくれたんだけど、就職で東京に行ってから人が変わっちゃったみたいで、手紙の返事もくれないんです。

妊娠6か月過ぎたから、あともどりできないし、出産は前期の期末試験と重なりそうだから、2年生の単位が全然とれなくなりそうで、留年して大学生を続ける意味があるか、わからなくなってるんです。」

「親ごさんは?」

「いますけど、いなかの個人商店の仕事で手いっぱいだから、これまで学費は出してもらえたけど、それ以上の援助は無理じゃないかな。帰れば受け入れてはくれるだろうけど、歓迎ではないと思います。」

「わたしも妊娠6か月なのよ。

生まれたら、大学の保育所にあずけて仕事を続けるつもりなんだけど、

-- あ、そうだ。保育所は学生も使えるんだけど、あなたは申し込んでる? 休学すると取り消されるかもしれないけど、その心配はあとでいいでしょう。--

さっき言いかけたのはね、保育所は夕方6時でしまるんだけど、わたしは実験室の仕事があって、そのあとも大学にいることがあるし、6時までに迎えにいけないこともあるんだ。それで、ベビーシッターが必要なんだ。上の子のときは、施設の後輩の男子学生に頼んだんだけど、彼は、この春、卒業していった。今度はあなたにアルバイトでやってもらおうかな。自分の子といっしょに見てくれればいいからね。」

「わたしにできそうなことを提案してくださって、ありがとうございます。元気が出てきました。」

「あなたが赤ちゃんとどこに住むか、大学をなん年かけて卒業するか、あるいは中退するか、あなたが決めなきゃならないことがいろいろあるね。わたしが直接助けられることは限られてるけど、いろんな例を知ってるから、相談にはのるよ。彼氏の責任感を信頼できないなら、法律をたてにして養育費をもらう交渉をしたほうがいいよ。施設育ちのおかげで、そういう交渉ごとに詳しい人を知ってるから、紹介できるよ。」

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