第25話

「ジェイソンとは誰だ?」

 そう書かれたメモを見てバーンズはすぐに町外れに住むコーハン家の次男のダグラスとのやりとりを思い出した。

 コーハン家の事件の時は珍しく被害者の死体が出のだ。公衆電話からの匿名の通報を受け、指定のあった山道の路肩にバーンズが駆けつけると、まさしく撃たれたばかりでまだ体温が残ったコーハン家の長男の遺体が放置されていた。

 銃弾は2発。1発は鼠径部の脇に、もう1発は側頭部に撃ち込まれていた。先に鼠径部を撃ち、倒れたところでじっくり頭を狙ったと思われる明確な殺人事件だった。

 もちろんコーハン家の全員に聞き取り調査が行われた。その取り調べの中でダグラスがこう呟いたのだ。

「ジェイソンの野郎、、、」

 その時のダグラスの目は家族を失って我を忘れた偏執的なそれではなく、しっかりと意思のこもった強いものだった。おそらく彼は犯人が誰かを知っていたのだろう。こいつを見張っておけば次の犠牲者、ないしは行方不明者として今回の事件の犯人が浮かび上がってくるだろうと当たりをつけ、署から帰したが最後、ダグラスは姿をくらましてしまったのだ。

 見張や尾行はこの小さい町では無駄だ。本人が気付かなくても誰かが直ぐに教えてしまう。保安官も全員面が割れているのだ。

 気が付けば、バーンズを除く署内ではダグラスが犯人なのだろうということで意見統一されてしまった。

 逃げたのだから犯人なのだろうという単純な理由である。

 周囲に聞き込みをしたが、取り調べのすぐ後、急ぐ様子でガソリンを満タンにし、家のある方角に向かったというが、それっきりである。

 ダグラス犯人説を裏付ける理由として、彼とその兄とは腹違いという噂があったという。こう言っては身も蓋もが、ここいらの住人の血縁関係はかなり乱れているのだ。義理の妹を孕ませただの、姪を孕ませただのという近親者への性的暴行や虐待は珍しくない。

 保安官シェリフが言うには、あの兄弟はそんな理由もあって小さな頃から仲が悪かったそうなのだ。こういった住人の人間関係に関しては地元を良く知る保安官には一日の長がある。

 さらに保安官が言うには、家族のトラブルということなら匿名の通報があったことも、遺体が放置されていたことも納得できるのだそうな。クランの抗争ではないのだから隠す必要がないのだと言う。「クラン内で揉めてやがる、ざまあ」といった感じで通報したのだろうとうことだ。

 しかしダグラスの呟きを聞いたバーンズにはそれは納得のいかない説明であった。あの時のダグの様子から言って犯人ではあり得ないのだ。明確な報復の意思を感じのだ。ダグはジェイソンという男の所に向かったのだ。

 それがクランの抗争とは関係がなくてもだ。

 

 その日からジェイソンという名の人物については調べられるだけ調べたが、クランの血縁関係にはジェイソンという人物はおらず、近隣のジェイソンは全てアリバイがあるか、子供か老人であることが分かった。

 ではジェイソンなる人物は存在しないのか? いや、それはあり得なかった。

 次の日から町のダイナーやバーで「ジェイソンが生きてたらしい」とか「ジェイソンが帰ってくるらしい」とか住人が囁き合っていたのだ。

 保安官シェリフ準保安官デピュティに尋ねても「80年代のホラー映画のお話しさ」と相手にされなかった。

 皆が何かを隠しているという感触は得ているが確証はない。何年もこの町で疎外され続けてきたバーンズ自身が疑心暗鬼の塊になりつつあることも確信に至らない足枷になっていた。


 ジェイソンという男の噂に付いて、ジェシカばあさんにも話を聞いてみたが、この時のジェシカの反応も予想だにしないものだった。

 ジェシカは烈火の如く怒り出したのだ。

「ジェイソンなんてそんな名前があるかい、酷いにも程があるよ!」

 ジェシカの両の拳は白くなるほど握りしれられ、顔色も真っ青になっていた。

 これ程に怒っている誰かを見た記憶はそうなかった。

「いったい何だってんだ! 俺が悪かったから落ち着いてくれ!」

 バーンズはそう宥めたが、ジェシカはその日はそれっきり口を聞いてくれなかった。


 

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