第26話

 実は、噂の出所は判明している。コーハン家の3男のロナルドだ。しかし彼から話を聞くことは叶わない。ロナルド・コーハンは既に戦没者となってしまっているのだ。

 本人に話は聞けないが、流布されていた噂話の一番詳しいのはこんな話だった。


 ロナルドがフィラデルフィアのモントーク基地で4期目の兵役の適性検査を受けた時、PTSDの有無を調べるグループワークのリーダー役の男が声を掛けてきた。この男とは以前のグループワークで知り合い、何故か馬が合ってふたりでビールを飲みに行く仲になったのだった。

 その男がジェイソンを見つけたと言うのだ。


 実際に交わされた話はこうだ。

「ロナルド、子供の頃お前の家に居候してたジェイソンって奴に会ったぞ?」

「なんだと?!」

「本名は違うのにジェイソンって呼んでくれって奴がいて、ひょっとしたらと思って聞いてみたら、やっぱり子供の頃に居候してた家でそう呼ばれてたからっていうんだよ」

「信じられねえな・・・。 なんでまたそんな嫌な思い出をわざわざ引きずって暮らしてんだ?」

「そいつが言うには、軍にいる時はその名前の方がしっくりくるんだそうだ。お前の家での出来事を話すと皆が自然とそう呼ぶようになるらしい。まあ実際笑える話だからな、ははは」

「笑えねえよ。ジェイソンに俺のことも話したのか?」

「いや、さすがにヤバイかと思ってな。その話は戦地での笑い話で聞いたことがあると言っておいた」

「そうか、その、どんな様子だった?」

「いや別に気にしてないようだったぞ? 本人が笑い話にしてるくらいだしな」

「マジかよ。俺も笑い話にしてるけど立場が逆だったらと考えると冷や汗が出るぜ。裁判でもされたら完全アウトだからな」

「とっくに時効だよ、時効。子供の頃の思い出は案外美化されるもんだ」

「そうか? でもまたジェイソンに会っても俺の事は絶対いうなよ。顔なんか合わせたらこっちが罪悪感でどうにかなっちまいそうだぜ、、、 待て、ていうか、ジェイソンはまだ軍に籍を置いてるのか?」

「いや、奴は戻る気はないらしい。奴が来たのは独立記念日の退役軍人パレードの運転手のボランティアとしてだ。だから任地で会うことはないよ」

「助かったぜ。FF《フレンドリ・ファイア》(味方に撃たれること)なんかで死にたくはねえからな」

「安心しろよ。もしそうなったら戦没者記念碑に花を飾ってやるから」

「うるせえ、くたばれ」


 コーハン家にジェイソンなる人物が居候していた事はもちろん記録などは残っていない。署内で聞いても住人に聞いても知らぬ存ぜぬで、本当に知らないのか、知っていて惚けているのか、それすら検討が付かない。

 確かに、集落の外れともなればお隣さんといっても数マイル離れていることはざらなのだ。相当密に付き合いがないと家の中の事は知りようがない。

 噂の出所のロナルドが居ない今、その基地のグループワークの男を見つけることも難しそうだ。犯罪者の捜索ならともかく、嫌疑にしても薄すぎる今の状態では、軍にはあまり協力してもらえないだろう。

 しかし、頼みの綱はそこしかない。ひとまずPTSDのグループワークなるものがどれくらいの頻度で幾つくらい稼働しているのかだけでも確認しておく必要がある。

 明日の朝イチで問い合わせが出来るようモントーク基地の窓口連絡先を調べようとPCを立ち上げるとメールの新着があることに気づいた。

 差出人はケンジントン・クリニックのアフレック所長から。件名は「時間のあるときにでも」とある。

 本文を読んだバーンズは勢いよく立ち上がって資料室に向かった。全てのピースが合わさり始めたと直感が訴えている。自分が此処に居るのは偶然ではなかった。何かしら大きな力が流れを作っている。神の思し召しという奴だ。まだ全貌は見えてこないが、この一連の流れが一点に向かっていることだけは感じ取れる。シュルツの弔いの為だ「時間があるときに」なんてあり得ない。これからはこれ一本に絞って捜査しなければならないだろう。シュルツの命を持ってこの集落の闇に光を当てるのだ。


 メールにはこのように書かれていた。


「シュルツの件で初めて明確な容疑者が現れた。

 君の管轄下なのか分からないが時間があるときにでも調べてはくれないだろうか。


 名前: フレデリック・ジェフスキー

 (ジェイソン・ヴォーヒーズを名乗っている可能性あり)

 年齢: 35歳

 生年月日: 1980.10.3.

 血液型: O+

 母親: ジェシカ・ジェフスキー

 父親: 不明

 

 10歳の時にカナダ領内でカナダ国境警備隊に対して暴行を行なっとしてカナダ警察が拘留。未成年であることから連邦警察FBIとの交渉の末、アメリカ側に返還。その後ペンシルベニア州警察の捜査で母親の育児放棄ネグレクトを確認。同集落のコーハン家の子供に匿われていたとの供述があるが同家は関与を否定。ピッツバーグの養護施設に入所し、精神科医による治療を受ける。18歳で再犯の恐れはないとの診断を受け治療は終了。同年、養護施設を出所。


 この精神科医とはお察しの通りシュルツだ。君がそちらに行く随分前の話だが、この事件は憶えているだろう?

 この人物がシュルツと面会を続けていたことが分かった。警察の捜査対象にはなっていない。危険人物なのかどうかは分からないが、とりあえす10歳の時に殺人鬼を名乗っていたのは確かだ。映画「13日の金曜日」のジェイソンの息子「ジェイソンJr.」だそうだ。

 面会の日時と頻度から推測するにフィラデルフィア近郊に住んでいると思われる。

 最近の足取りを知っている人物か、少なくとも養護施設を出た後を知る人物が居ないか探して欲しい。

 我々には雲を掴むような話だが、君なら調べる手段があるのではないだろうか。

 何かしら分かったら連絡をくれ。


p.s. 最近、クラークとクレアと調査チームを作ってカルテなど見直している。君も是非とも合流して欲しい。

 また会おう。 KC 」


 バーンズはひとりごちた。

 覚えているも何も俺がヒルビリーに興味を持ったきっかけになった事件だぜ。

 それに調べるも何も、俺が容疑者の母親の世話をしているぜ。

 足取りは追えないかも知れんが、おそらくふた月後にはジェシカの処に現れる筈だ。そこを押さえればチェックメイト。シュルツの事も、この集落で起きてる事も洗いざらい吐いてもらうぜ。


 何事かと訝しげに見る保安官シェリフ準保安官デピュティを尻目にバーンズは眼を爛々とさせ資料室に飛び込んだ。

 まずは資料を読み込んで作戦を立てねば。

 ジェイソンを追ったと思われるダグラスも既に殺されているのだろう。

 気になるのはダグラスが何処に向かったのか、ジェイソンの居所を知っていたのかということだが、まずは何があったのか調べねば。

 ジェイソンJr.=フレデリック・ジェフスキーに気取られることのないようにだ。





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