第24話

 バーンズが事務所に戻ると準保安官デピュティのリックが声を掛けてきた。

「よお、ジイさん。昨夜の誤通報の調査は終わったのか?」

「誤通報? 何の事だ?」

 準保安官は下品に笑うと大袈裟に眉を顰めて言った。

「知らねえのかい、アンタが知らねえのは問題なんじゃないか? 州から派遣された担当官なのによお」

 バーンズはニヤつくリックから聞き出すのを諦めて通報記録を開いた。

 確かに昨夜の18時26分にウッドレル家の末娘から父親が殺されたとの通報がある。

 しかし15分後に母親から誤りだったと改めて連絡があったようだ。

 バーンズは激しく舌打ちした。

 最初の通報があってすぐに動いていれば、「子供から通報があったのだから」と、かなり強引な取り調べが可能だっただろう。

 一日経った今では既に証拠は完全に隠滅され、末娘も口を閉ざすよう釘が刺されているだろう。

「その時間は俺はまだパトロールしていた筈だ。何故無線連絡を寄越さなかった?!」

 バーンズは苛立ちを隠さずに声を荒げた。

 リックは態とらしく心外だと言わんばかりに首を振った。

「さあ? アンタの無線の音量が下がってたんじゃないか? オレのトコには入ったぜ?」

 おそらく公式なオープンチャンネルを使わずに仲間内専用のチャンネルを使ったのだろう。完全な嫌がらせである。

「なあ、聞けよじいさん、運に見放されたってコトは神に見放されたってことだ。もういい加減こんな田舎で給料泥棒みたいなマネしてないで裁判所のポストマンに戻ったらどうだ?」

 リックの言う通りペンシルベニア州では州保安官コンスタブルは、令状を各機関に届けるのが主な役割だ。

 しかし山岳地帯特有の余りに多い行方不明者認定の申請に財政が圧迫され、州が重い腰を上げたのだ。

 各郡に現状報告を依頼しても、地元保安官とベッタリでのらりくらり矛先を躱しまともな協力をしてこなかったため、州から担当官を選出し現状把握の任にあたらせたのである。

 これに手を挙げたのがバーンズだった。

 本来、自警思想者のバーンズにとって、警察機構に頼らずに治安を維持している山岳地帯はある意味憧れの地であった。

 アメリカ建国の理念に近しい自由の権利を行使する独立の徒が集うところだと夢想していたのだ。

 しかし実態は生活保護なしには成り立たない、意義の失われた争いを続ける無教養で破廉恥な失われた帝国であった。

 この事実に酷く失望したバーンズは、この醜い村社会に司法の光を当て、腐敗を一掃し、クラン同士の無意味なイタチごっこを終結させようと決意したのだった。

 しかしバーンズを待ち受けていたのは陰湿な嫌がらせと頑迷なまでの非協力だった。

 ここの連中がそうまでして何を守っているのかさっぱり見えてこない。やっていることといえばお互いの足を引っ張り合うことだけなのだ。

 そして今日もまたニヤニヤ笑いのリックが無意味な悪戯を仕掛けてきたのだ。


「どっちが給料泥棒だ! 住民の命を守らずに何が保安官だ!」

「子供の躾に他人が口を出すのはリベラルさんの悪い癖だぜ?」

 腕を組み、こちらを見下ろすように顎をしゃくりあげてリックはそう言った。

 意図的に論点をずらしたのか、頭が悪いせいで的外れなことを言ったのが判らないが、バーンズに圧倒的徒労感を与えることには見事に成功している。

 バーンズは深い溜息を吐くと、自分のオフィスに入った。つまらない嫌がらせにいちいち付き合う義理はない。自分にやれることを粛々と進めるだけだ。

 今は気になることもあった。フレディのことだ。

 ばあさんがフレディのことを急に語り出したのはいつからだったか?

 ジェシカが呆けてはいないと仮定して考えてみる。もちろん世間話の記録なぞ取ってはいない。しかし確か「ああもう痴呆が始まったな」と思った瞬間があった筈なのだ。

 バーンズは日記帳替わりにしているスケジュール帳を遡ってめくっていった。


 そうだ、ある日ジェシカに独立記念日のパレードのことを訊かれた時があった。

 フィラデルフィアはアメリカの独立宣言が行われた街である。毎年、独立記念日には大体的なパレードと"独立の鐘"の前での記念イベントが行われる。

 観たいのかい? と尋ねると、フレディがフィラデルフィアに住んでるって言うからアタシにも観れるかなと思ってさ、と答えたのだった。その時はフレディが誰かを思い出せなかったから、じゃあ猫の餌は俺がやっといてやるよ、と受けたのだ。そしたらジェシカは、日帰りで行けないなら行かない、大事な猫の世話は他人には任せられない、と残念そうに答えたのだ。

 不思議に思った俺はフィリー(フィラデルフィアの愛称)にオトコでも出来たかいと尋ね、ジェシカはアタシの一人息子のフレデリックに決まってるじゃないかと怒鳴ったのだ。

 ということは独立記念日の少し前、去年の6月のやり取りだ。

 本物か偽物かは分からないが、ジェシカがフレディと信じる人物はおよそ一年もの間、誰の目にも触れずにこの町に通っていたのだ。

 納屋に干してあったリスの数はおよそ2ダース。いつも2匹ずつ届けられるのならひと月に一度のペースのいうことになる。

 フィラデルフィアから高齢の母親の様子を見に来るペースとしては多くも少なくもないと言えるだろう。

 更にスケジュール帳を遡って見ていくとある事に気がついた。それはクランの抗争についてである。

 最近、抗争が激化してきたなという感触は持っていたが、ちょうどそれがこの頃からなのだ。

 それまではクッキングハウス(覚醒剤の精製所)への放火と思われるボヤや酒場での喧嘩、子供への脅迫や虐めといった、あまり直接的でない小競り合いが多く、行方不明者は3ヶ月に1名程だった。

 それが6月以降は事件の発生件数は変わらないものの、行方不明者がひと月におよそ二名ずつに増加している。

 四半期ごとのデータは見ていたはずだが、こうもはっきりとは気付かなかった。まさしく去年の6月が抗争激化の節目なのだ。

 バーンズはスケジュール帳をめくり6月のページに戻ると、ふと欄外の書き込みに目がいった。

 そこには「ジェイソンとは誰だ?」と記してあった。




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