第19話
「ここにあるのは、この5年以内に来院があったお客様だけです」
インデックス付きの書棚を指してクレアが言った。
「それ以前の方々はこちらの引き出しに保管してあります」
書棚の下半分はスチールの引き出しで埋め尽くされている。
それが狭いカルテ室の両側の壁にびっしりと並んでいる。
これらをしらみ潰しに見ていくのは数ヶ月掛かる作業だろう。長期戦とは言ったもので年を越すことになりそうだ。
手当たり次第に引き出しを開けて中を確認していたアフレック氏が口を開いた。
「引き出しの方は結構隙間があるな。全部で何人くらいあるんだ?」
クレアは申し訳なさそうに答えた。
「引き出しのほうはPCのリストにも入っていないのでよく分かりません、、、」
「そうか、まあいい。怪しい患者がいるとシュルツが言い出したのは去年の年末だ。その頃に来た客だけわかればいい筈だ。そういう記録は残ってるんだろう?」
「はい、直ぐにリストをお出しできます」
クラークは口を挟んだ。
「そんな最近のだけで良いんですか? その辺までの面談記録は見直しましたが特に妙な記述はありませんでしたが」
アフレック氏はカルテを立ったまま開きながら答えた。
「我々の悪い癖だ。犯罪の徴候なんていうと面談記録からそれを探したくなるが、明日から我々が確認しなきゃならんのは受診アンケートのほうだ」
受診アンケートとは初診の前に書いてもらう患者自身の所見のことである。
ケンジントンクリニックの受診アンケートはかなりこまかく、名前に生年月日、身長、体重、家族構成、仕事内容、受診に来た理由の他、普通の病院の受診アンケートのように不具合のある箇所に丸を付ける人型のイラストが前後両方の向きに書いてある。
これは身体の痛みや不具合が心因性と診断された患者に対する配慮である。
あとはアレルギーの有無、病歴、保険の加入の有無だ。
「とりあえず家族構成あたりから違和感を探そう」
「違和感ですか?」
クレアが尋ねた。
「そう。片親なら怪しいとかそういう単純な事ではなくて、、、これは肉筆だから雄弁なんだ。わかるだろ、クラーク?」
「おっしゃること、わかります」
その人の書く文字には意外なほど人柄が出るものだ。かといって何が解る訳でもないが、違和感だけなら探すことができる。
「うむ。では明日から各自アンケートに目を通して数名候補を挙げよう。で、折を見て揉んでみて様子を見よう。クレア、時間がある時にリストを頼むよ、それから良かったら君もカルテを見てみてくれ」
クレアは驚いて目を見開いた。
「私もですか?」
「そうだ、君も心理学の学士だろ? その資格があるよ。それに我々男より女性の方がこういったことに関して能力がある」
クレアが心理学で大学を出ていたとは初耳だった。
「それにーーー」
アフレック氏は続けた。
「チームには女性がいた方がパフォーマンスが発揮されるもんだ。そうだろ?」
クラークはアフレック氏からのウインクには気付かなかった事にした。
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