第14話
カルテの件でクラークの対応をした受付会計のクレアは、あれからしばしばクラークのオフィスに顔を出すようになっていた。
終業時刻が近づくと顔を覗かせ、何か用はないか訊ねるのが日課になっている。
クレアは自分の不用意な発言でクラークが気に病んでいないか心配だったのである。
あれからクラークは明らかに様子がおかしかった。疲れ切った様子で出社し、肩を落として帰っていく。あの件以前は、快活とまではいかないがもう少し活力があった。
シュルツ医師のデスクに座り、クライアントを引き継ぐクラークに対し軽々しく犯人がどうのと言うべきではなかった。しかもクライアントの中に犯人がいるのではないかなどとクリニックの職員にあるまじき示唆をしてしまっていた。
気にしないでくださいね、などと言って気にしなくなるほど人間が単純ならカウンセラーなぞこの世で必要とされていないだろう。
しかも、カルテの閲覧について連邦警察からは他言無用と念押しされていたのだ。
場合によってはクリニックの信用を落としかねない。
ある日クレアはクラークにこんなことを語った。
「ドクターの皆さんは守秘義務もありますし何も言いませんけど、ひとりで抱え込むには大き過ぎるものってあると思うんです。本当に辛くなる前に吐き出さないと言えなくなることもあると思うし。本当はカウンセラーが必要なのはドクターたちですよね。ドクター・クラークはそんな心配ありませんか?」
クラークははっとした。
実際、自身が病んでしまう精神科医は多いのだ。
クラークは自分がそのギリギリ手前にいることを確信した。そして、その瞬間に彼はクレアを食事に誘っていたのである。
「どうだろう、今日はどこか一緒に食事に寄らないか?」
彼女は微笑みながらも眉をひそめると、
「申し訳ありません、今日は先約がありまして。明日でしたらお付き合いさせていただきます」
翌日は金曜だった。クラークは、では明日にと約束するとクレアを置いて走るようにオフィスを出た。
恥ずかしさと嬉しさがない交ぜにになった感情が溢れてきて自分が十代の若者に戻ったような気がした。
思えばスクールカウンセラーとして働いてからというもの異性と二人で食事をすることなどなかった。若い女性とも個室で顔を合わせる仕事の特性上、自分をコントロールしていた部分もある。しかしそれ以上にこの暗澹とした社会的に絶望し無意識に異性を遠ざけていたかもしれない。
不思議なことだが彼女を食事に誘っただけで事態が好転した気がした。
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