第12話
バーンズが帰ってからの数日間、クラークの心中は穏やかではなかった。クライアントとのやりとりをすべて録音して自宅で何度も聞き直し殺人を示唆するものを探し、怪しいと感じる者があると住所や電話番号など個人情報をノートに書き写した。
しかし冷静さを取り戻してくると、計画殺人を疑う根拠はひとりの老人の勘でしかないことに考えが至った。
そもそもクライアントとの関係も出来ていないのに犯罪の兆候など発見することは不可能だ。
何よりも、カウンセラーを狙う連続殺人などと、そんな非現実的な犯罪など起きる訳がない。
そもそも、もしシュルツ殺害の犯人を見つけたとしても、こちらから変に働きかけたりしなければ何もされないに違いない。
そう考えが至ると最近の自分の狼狽ぶりが滑稽に思えてきた。
そしてふと、クラークはこの事件の全貌を全く知らないことに気づいた。知っているのは前任者が殺人で命を落としたらしいという、ただそのことだけである。前任者のシュルツという医師のことも全く何も知らなかった。
クラークはまず図書館に足を運び、事件についての新聞報道を探そうとしてみた。しかし日付けすらわからなくては膨大な新聞のアーカイブからひとつの事件を探し出すことは不可能だと思い知らされた。そこでPCに移動し、今度はネットで記事を探すことにした。検索エンジンに「フィラデルフィア」「マイク・シュルツ」「死亡」と入力するとあっさりと過去記事にヒットすることができた。
『強盗殺人再び 今度の被害者はカウンセラー
6月15日未明、テンプル・ユニバーシティ・イピスコパル病院敷地内の駐車場にて、マイク・シュルツ氏が倒れているのが同院の職員によって発見された。シュルツ氏は直ぐに同病院に運び込まれ死亡を確認。警察によると外傷はなく、先月から発生している強盗殺人と手口が類似していることから一連の事件と同一犯の可能性があるとみて捜査を開始している。
なお、被害者のマイク・シュルツ氏はケンジントン・クリニックのカウンセラーであり犯罪者の権利を守るNGO団体の立ち上げに関わっており、団体の活動に不満を持つ人間の犯行である可能性も捨てきれないと関係筋は語っている。』
クラークは戸惑った。連続殺人のひとつだって? バーンズはそんなことは言ってはいなかった。この記事にある「関係筋」とは十中八九バーンズのことだろう。連邦警察を参加させるための工作だ。おそらく新聞社に情報を売り込んだのだ。
クラークに連続犯罪であることを伏せたのは何故か。バーンズの意図が掴めずクラークは狼狽した。味方かと思った老保安官はただの寂しい狂人だったのか?
クラークは記事のリンクをクリックして関連ニュースを丹念に眺めていく。
分かったことは、同様の事件がひと月の間に3件起きていること。被害者全員が白人の高齢の富裕層であること。外傷がなく抵抗した様子も見受けられないこと。現金だけ財布から抜き取とられていること。
これは奇妙な事件である。この十年で、路上での個人を狙った強盗は激減しているのだ。原因はクレジットカードと監視カメラの普及である。今時、多額の現金を持ち歩く人間はもはやいない。持ち歩く現金はチップに使う小額紙幣と小銭だけだ。
現金がないとして、では盗んだカードを使えば履歴がクレジット会社に残る。使用時刻と使用店舗が特定されれば監視カメラに映像が残り、顔が割れれば警察に特定されるのは時間の問題である。
つまりこの手の犯罪は今や割に合わないのだ。それが今時なぜ?
奇妙な点は他にもある。この連続殺人は外傷がないというのだ。どうやればこんな事が可能なのか? スタンガンによる犯行であっても電流を流し込んだ箇所は火傷となって残る。それにそもそもスタンガンでは人は殺せないのだ。
検出されない毒物だとしてもそれを路上で使うなど聞いたことがない。
事実、この手口が不明という謎が話題となって、それなりに耳目を集めた事件だったらしい。
被害者が白人の富裕層であることからメディアは、格差社会に対する恣意行為であるだろうと報道し、「保守」対「リベラル」の構図で視聴者を煽ろうとしたようだ。
しかし犯行はシュルツで止まり、それ以降、同様の手口の犯行は起きていない。3件止まりとなると、思うようにニュースが盛り上がらず報道は収斂し、謎は謎として警察に残ったのだった。
クラークは不安な気持ちで図書館を後にした。
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