第11話
クラークのオフィスに警察が現れたのはそれから数日後。ちょうど昼時だった。ドアを開けクライアントを送りだしていると内線の呼び出しが鳴った。
「警察の方がお見えです。オフィスにお通ししてよろしいですか?」
「もちろん」
クラークはノックを待たずにドアを開けて来客を迎え入れた。
来客は一人だった。
クラークは意外に思った。警察は二人組で行動するものではなかったか。
「お昼時に突然失礼」
地味なスーツを着た初老の男はバッジを出した。保安官(コンスタブル)だ。単独行動なのも頷ける。ペンシルベニア州では警察と別に州に任命された保安官が存在し、特定の法執行機関には属さないため独自の捜査ができる。
「私にどのようなご用件でしょう?」
「話はすぐ終わります。すぐに帰りますんでご安心ください。わたしはアパラチアの山岳地帯で保安官をやらせてもらってるバーンズというものです。今日は非番なので私服で寄らせてもらいました」
ますます話が分からなくなった。山岳地帯の保安官がいったい何の用があるというのか。
「ドクター・シュルツの患者を引き継ぐそうですな」
その質問に答えるのが守秘義務違反に当たるかどうか計りかねていると先回りしてバーンズが続けた。
「ああ、答えんで結構。あんたの仕事のことは少しは理解している。シュルツとわたしは友人だったのだ。わたしはシュルツから奴の患者のことで相談されていた。バッジは出したが、わたしは今日は私人として来たのだ」
何者かに殺された前任者の知人。この老保安官はシュルツ氏の事件の何事かを知っているのだろう。
「どうぞお掛けください」
「うむ、すまんね」
保安官は腰を下ろすとまっすぐにクラークの目を見つめて話し出した。
「シュルツの名誉の為に言っておくがわたしは具体的な患者のことは何も聞いていない。わたしが相談を受けたのは、倫理と法に照らし合わせてシュルツに何ができるのか、その可能性について相談を受けていたのだ」
バーンズは膝の上に肘を乗せ、前かがみに祈るような姿勢になり話を続けた。
「シュルツは自分の患者が何事かの事件を起こす兆候を感じ取っていた。そして何者かに殺された。この殺人事件については州警察ももちろん、連邦警察も捜査に加わった。しかし計画犯罪を示唆するものは奴の周辺からは何も出なかった。結局この事件は行き当りばったりの強盗殺人と結論づけられた」
クラークは身を乗り出した。
「ある程度は犯人は絞り込まれていたのでしょうか?」
「それはわからない。わたしは部外者だからな」
「警察にはシュルツさんから相談を受けていた話はしたんですよね?」
「もちろんだ。連邦警察に参加してもらえるよう手を回したのはわたしだ。FBIなら愛国法を使ってカルテを閲覧できるからな。だがシュルツはカルテに何も残さなかったらしい。州警察は患者の中から前科のあるものについてはすぐにアリバイを確認したらしい。しかし全員シロだった」
「保護プログラムの患者は?」
「よく知ってるな。彼らもシロだ。そもそも彼らは被害者だしな」
「DNA鑑定なんかで調べることはできなかったんですか?」
「DNA鑑定ってのは犯人の遺留品の中にDNAがあって初めて出来るんだ。遺留品がなければ調べようがない」
「そんな、、、」
「待ってくれ。おそらく本当に強盗殺人だったのだ。州警察と連邦警察が捜査してシロだったんだ。君らの患者がやったのではないのだろう」
クラークは混乱した。ではこの老保安官は何故こんな話をしに来たのだろうか。
「ただ偶然ではない可能性もあるのは確かだ。だからわたしはあんたにこれだけ言いに来たのだ」
相変わらず視線をクラークから外さずにバーンズは言った。
「気を付けてくれ、わたしに言えるのはそれだけだ、ドクター」
「気を付けるって一体何をどうすれば、、、」
「シュルツが感じた兆候を見逃さないこと。あんたが患者から何かを感じ取ったならすぐにわたしに相談してくれ。力になれるかもしれん」
老保安官の眼力が更に力強さを増した。
「連邦警察の中には、ただの老ぼれカウンセラーの勘じゃないかと笑う者もいたよ。だが、わたしはシュルツを信じていた。いや、違うな。信じ方が足りなかったな。シュルツが死んで初めて自分が本気では奴の勘を信じていなかったと思い知らされたよ。本気で信じていれば法の範疇を超えてシュルツ守ることだって出来た筈なんだ」
そう言ってバーンズは初めてクラークから目をそらした。
「あんたに会いに来たのは奴の勘を信じてやれなかった自分への戒めとせめてもの贖罪なんだよ。これであんたまで死んだらシュルツがうかばれん」
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