第8話

 父親にシリアルナンバーの写真を見せると「間違いない」と頷いた。

 メリンダは心中がっかりした。 違ってくれればいいのにと思っていたのだ。ジェイソンに会うのが急に恐ろしくなってしまったのだ。

 電話口でのジェイソンのよそよそしい態度。

 受話器の向こうで聞こえた声。

 あれは本当にくしゃみだっただろうか。

 あれは本当に木材が倒れた音だっただろうか。

 我々は、それがどんな動物であれ助けを求める声は聞き分けることができる。


 蹴られるとわかった犬の悲痛な叫び声。

 屠殺されると知った家畜の絶叫。


 あの声はそんな声ではなかったか。

 携帯を持ったままリビングに立ち尽くすメリンダを見て父親は不思議そうに顔を覗き込んだ。

「どうした? 何かあったか?」

 あったとも、なかったとも答えられずに立ち尽くすメリンダに何かを感じ取った父親は娘の肩に手を置いた。

「パパが取りに行ってもいいんだぞ?」

 メリンダは怯えた目で父親を見て首を振った。

「じゃあ郵送してもらうか? 本体だけなら普通に送れるんだ。弾は諦めればいい」

 メリンダは父親に促されるままソファに腰を下ろした。

「なんか勝手なことばかり言ってゴメンね。でも何か、もうあんまり関わりたくなくなっちゃった、、、このまま放っといちゃダメ?」

 父親は怒りはしなかったが厳しい表情になった。

「でもお前、取材の申し込みで大学やら学部やら全部教えてるんだろう?」

 メリンダは力なく頷く。

「ヘンに放っておくと探されるぞ?」

 メリンダは父親の顔を見て泣きそうな顔になった。

「やっぱり何かあったのか? 脅されてるのか?」

「違うの。そういうのは本当にないの。ただ何か怖くなっちゃったのよ、、、」

「何がだ?」

「よくわからないの、、、」

 父親は鼻から大きく溜息を吐くと唸った。その顔には "まったく女って生き物は、、、" と書いてあった。

「まあ、仕方ない。体調を崩したかなんか適当な嘘を言ってチーフは送ってもらえ? 届いたらパパからお手数おかけしましたってお礼に酒でも送り返しておくから。そうすれば全部完了だ」

 メリンダは頷いた。

 やはり、頼れる男親がいるというのはありがたいことだ。メリンダは自分が小さな子供に戻ったような気がした。

 メリンダはそのまま父親の横に座ったままジェイソンに返信文を打ち込み始めた。

「これでいいかな?」

 父親に見せる。

「ジェイソンへ、急遽ボストンに戻ることになりました。資料が寮に届いたらしくて、このまま大学に戻ります。拳銃は実家に郵送してもらえると助かりますがお願いできますでしょうか。勝手なお願いばかりでごめんなさい。フライデーランドが上手く行くことを願ってます。メリンダ」

 父親は声に出して読み上げると満足気に頷いた。

「うん、いいんじゃないか? 丁寧だし、はっきりお別れ感も出てるし」

 メリンダは携帯を受け取るとその場で送信ボタンを押した。

 送信音の飛行機の音を聞くと肩の荷が下りた気がした。

「ありがとうパパ」

「いいんだ、何か困ったことがあったら何時でも言うんだぞ?」

 メリンダは父親のキスをおでこに受けながら、こんな風に親に寄り添うのはいつぶりだろうと思った。親と仲が良いのはなかなか良いことだとあらためて感じた。


 その夜、ジェイソンから了解の旨の返信メールが入ったが返信はしなかった。

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