第2話

 フライデーランドへの宿泊は大変素晴らしいものになった。正確にはフライデーランドの母屋ではなく彼の管理人小屋ではあるが。

「あっちはまだ電気が使えないからこっちでいいかな? ちゃんと客間があるから」

 そういって案内をされたのは湖の小さな岬の向こう側。ちょっとした林の向こう側だった。

 そこには如何にもログハウスといった格好の平屋の山小屋が建っていた。

「あっちの改修拠点として建てたんだ。別棟の管理人小屋が必要なことは分かってたし」

 ログハウスはこじんまりとしていて落ち着きのある空間だった。

「こっちは本当の手づくりだよ。家から家具から全部だ」

 中に入って目を引くのは壁一面の本だ。古そうなペーパーバックばかりがビッシリと並んでいる。

「ちょっとした図書館ね!」

そういうと彼ははにかんで、

「文化的な娯楽がそれしかないんだ。テレビもラジオも入らない。かろうじて携帯の電波が入るから携帯のネットなら使えるけどね」

 と笑った。

「こっちが客間だ。どうぞ」

 客間はシンプルにベッドと小さな机、2人掛けのソファがあった。

 彼は入り口脇にランプを掛け、机に長いロウソクとライターを置いた。

「寝る時には発電機を切ってしまうから良かったら使ってくれ。ちなみに内側からカンヌキが掛けれるから安心して寝てもらっていいからね。あと、客間だけカーテンがあるんだ」

 メリンダは感心した、贅沢な部屋とは言えないが内鍵にカーテンとは女性のことをちゃんと考えている。

 以前に誰か居たのだろうか?

 そんな疑問がふと頭を過ぎったが、

「ディナーだけど、何か食べれないものある?」

 と訊かれてそんな疑問は何処かへ行ってしまった。

「なんでも大丈夫よ! 強いて言うなら生のお魚は苦手なんだけど平気よね?」

「安心してくれ、ウチにはスシ職人はいないから」


 オーナー氏が手ずから作ってくれた、豆とアスパラのサラダに、ツナの入ったトマトパスタの夕食はメリンダの好みにぴったりだった。

「質素で申し訳ない。冷蔵庫がないから常温保存できる食材しかないんだ」

「全然! 素晴らしい食事だったわ! ワインも美味しかったし!」

「良かったよ。 小さい畑をやってるんだけどアスパラしか育たなかったんだ」

「大工仕事も料理も上手なのね」

「田舎暮らしは何でも自分で出来ないといけないからね。僕の育ったアパラチアの辺りはここと同じようになんにも無くて、しかも男手で育てられたもんだから小さな頃から全てをやらされたよ。当時は不自由に感じたけど今はむしろ感謝してる」

「じゃあ、ついでにフライデーランド建設を思いついたくだりなんかも今聞いていいかしら?」

「もちろん」

「じゃあ、ちょっと待ってて?」

 メリンダは客間にPCとボイスレコーダーを取りに戻ると、髪とメイクをチェックした。歯と唇もワインの色に染まってないか念入りに調べた。さっきまで何かあったら困ると思っていたが、今では何かあるのも良いかもしれないと感じている。

 週末を一緒に過ごす決まった相手、いわゆるボーイフレンドなら大学に居るが、いま彼は遠いボストンだ。

 いや、待て。何を舞い上がってるんだ?

 メリンダはコンパクトを閉じた。

 ワインと手料理で歓待されてすっかり気分が良くなってるが目的を忘れてはいけない。自分のレポートのロールモデルになるかどうかしっかりと見極めなければ。オーナー氏は人と話すのが久しぶりだから色々良くしてくれてるに過ぎない。しかも学術的な取材とはいえ、宣伝として良く書いてもらう必要もあるのだろう。

 冷静にならければ、しっかりするのよメリンダ!

 自分にそう言い聞かすとPCとレコーダーと予備のバッテリーを持ってダイニングへと戻った。

 戻ると食器は既に片付けられていて彼は再びキッチンに立っている。

 甘い匂いとバターの香り。

「何を作ってるの?」

「焼き林檎だ。ブランデーを効かせて良い?」

「もちろんよ! 」

 これはヤバイ。

 気を確かに持たなければ。


 オーナー氏は丁寧に質問に答えてくれた。

 ファーストネームはジェイソンであること。

高校卒業後は軍隊に入り中東での任務を4年間勤め上げ、除隊後は奨学金で大学に通い経営を学んだこと。

 商社に勤め、10年間で8万ドル貯めたこと。

今年で35歳になること。

「資金としては少々足りなかったんだけど商社の仕事が好きになれずにストレスでね。この物件を見つけたら、もう我慢出来なかったんだ」

 バターで焼き目を付けて蜂蜜とブランデーで煮込まれた焼き林檎は絶品だった。スイーツをツマミに飲むブランデーはアルコールのキツさを感じさせず喉を滑り降りてゆく。

「フライデーランドの着想を得たのはいつだったの?」

「中東の砂漠の中でだ。僕は車両部だったから直接戦闘の任務が与えられた訳じゃないんだけど、それでもやっぱり地獄だったよ。でも、訓練中に辞めてく奴は沢山いたけど、現地に配属されてからは任期満了前に辞める奴は一人もいなかった。それが不思議でね。そういう自分も明日はもう死ぬかもって思いながらやっぱり辞める気はなかった。むしろ生き生きしてたと言っても良かったよ」

「なにがあなたをそういうさせたのかしら?」

「端的に言えば死の恐怖だと思う。死への恐怖が生への感謝を、ひいては神への感謝へと繋がっていたと思う。例えば"authum "って言葉『凄く良い』って意味で使うけど元々は『神への畏怖』って意味だろ? 昔からヒトはそういう風に、恐怖みたいなネガティヴな感情をポジティブな力に変換する心の仕組みを持ってるんだと思ったんだ」

「じゃあフライデーランドは宗教施設なの? 教会みたいな? 」

「そのような側面もあるとは思うけど、僕は宗教をやるつもりはないよ」

「フライデーランドで利用者が得られるものって何かしら?」

「さっきの繰り返しになるけど、生への感謝だ。そして明確な『生きよう』と思う意志だ。どちらも現代人がないがしろにしている気持ちだね。それらを取り戻せば日々を輝いたものにすることが可能だと思うんだ」

「あなたみたいに?」

「そう言ってもらえると嬉しいな。実は自分が間違ったことをしようとしてるのではないかって未だに自信が持てないんだ」

「具体的に利用者が受けられるサービス、つまりここに付属するアトラクションってどんなものなの? Webで読んだ限りではサプライズの何かとしか分からなかったんだけど、、、」

 ジェイソンは真剣な眼差しをメリンダに向けた。

 そしてゆっくりと微笑むと、

「それは僕の家系から話をしなきゃいけない。長くなるから明日にしよう。それにブランデーが結構効いてるみたいだし?」

「あら、あたしは全然大丈夫よ! 」

 そう言ったはものの、確かに頬が上気しているかもしれない。普段はアルコールといったらビールくらいしか飲まないのだ。

「それに折角だから君の話も聞きたいし。人の話に飢えてるんだよ。駄目かな?」

 上目遣いにいたずらな視線を向けてきた。どうにも憎めない男だ。

 メリンダはボイスレコーダーを停止させPCの蓋を閉じた。

「いいわ。じゃあもう一杯注いでくださる? あと、林檎がまだあればもう少し」

 ジェイソンは満面の笑みで答えた。

「もちろんですマドモアゼル。チーズも少しばかりお切りしますか?」

 キッチンに戻る彼を見送り、ふと携帯を見るとまだ20時だった。

 長い夜になりそうだ。

 窓から湖がみえたが水面に月は映っていなかった。



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