第2話 ボーイミーツ……
「はあ……」
学校が終わり、僕はひとりとぼとぼと歩いていた。まさか、今日みたいないつもと変わらぬ日に、こんな大事件が起こるとは。僕の人生においてあの大地震の次にあたる一大事件だ。
そんな風に考え事をしながら俯いていると、前から歩いてきていた誰かに真正面からぶつかった。
「いたっ! ……ごめんなさい」
ぶつかったのは女の人だった。怖そうなおじさんじゃなかったから少しほっとする。だけど、その人の口からは乱暴な言葉が出てきた。
「あーあ、高かったんだぞこの服」
「え? ……すいません」
でも、ぶつかっただけだから大して汚れていない様に見えるのだけど。
女の人の顔を見る。きれいで優しそうな顔だ。幼稚園の先生とか似合いそう。ほんとにさっきの言葉はこの人が言ったのか?
「……何じろじろ見てんの?」
「……え、あ、すいません」
つい見惚れてしまった自分を恥じる。やはりこの物言いはNGだ。
「あの、ほんとすいませんでした」
何だかめんどくさそうな臭いがプンプンしたからさっさと離れようとしたけど。
「いや、勝手に帰んなよ。普通こういう場合って私が何かこう許す様な感じになってから別れるもんだろ」
そう言われて女の人に肩を掴まれた……逃げられない……やっぱりこの人危ない人なのかな……。
「あ、す、すいません。あの、じゃあどうしたら許してくれますか……?」
聞かなくてもわかってたけど一応聞いてみる。どうせ弁償しろだとか言ってくるんだろうな。スカイ・ホルダーの事で沈んでるのにこうしてさらに神様は追い打ちを掛けてくるのか。今日は人生最悪の日だ。
「そうだな……私にこの村の案内をしてくれないかな」
「……は?」
詳しく聞くと、女の人はアップタウンからこの村に観光に来たらしい。よくもまあ数キロメートルも続く昇降路を。ほんとに、目の前の細い脚からは想像出来ない。
だけど、それを聞いた瞬間から僕は興奮していた。何てったって、上の街からやってきたのだから。
「だからさ、私にこの村を色々見せてよ」
「ま、まあいいですけど、あの、上の街ってどんな」
「よろしく! 私はメリア。じゃ、さっそくどっか連れてって」
「あ、はい! で、上の街ってどんな」
「連れてけって言ってんだろうが」
……どうやらこちらの意見には聞く耳を持たないらしい。何だよ、ちょっとくらいいいじゃないか。
「お前、名前は?」
メリアさんは変わらぬ口調で僕の名前を聞いてきた。
「ミスミ。で、上の」
「ミスミ君。じゃよろしく!」
徹底無視ですか……。
しょうがなく(というか前を見ずにぶつかった僕が悪いんだけど)メリアさんを連れて村を歩き回った。この村のシンボルである噴水から始め、上からの物が売られている市場やお店だとか、鍾乳洞に大岩だとか。あとは宿屋の紹介とか。何も無いからそんなに時間はかからなかったけど。オーバー・ブレイクに関するちっちゃな資料館みたいな所もメリアさんは見たがったから連れて行ってあげた。そんなの見たってちっとも面白くないのに。僕はしつこくアップタウンについて聞いたけど、やっぱり何も教えてはくれなかった。
一通り回ると、
「東部の方に行くとまた色々とあるんだけどね。ここら辺はさっき見たぐらいかな」
「ふ~ん……結構いい村だな」
空き地を眺めながらメリアさんが言った。僕はすかさず言葉を返す。
「は? どこが? こんな村、狭くて何にも無いよ」
「いや、都会で暮らしてるとさ、こんなとこもいいかなって思ってくるんだよ」
「……どんなとこなんですか? アップタウンって……」
どうせまた答えてくれないんだろうな。
「空気もおいしいし」
ほら。意地悪。
「何より、空が違う」
「! ……そうですね。空はどこまでも続いてるのに。ここの空は短いよ。この村は閉ざされてる」
「そうか? 私は好きだけどなあ。ここだけ切り取られた別の空間みたいだ」
「……」
都会人の感覚はわかんないかな……。
「時々さ、大勢の人の中にいるのに突然ひとりぼっちになった様な気になる時があるんだ」
「! ……都会……アップタウンですか……?」
「ああ。空も広い街も広い。どこまでも終わらない世界……そんな中でひとりぽつんて立ってる気持ち。それに比べるとここは、何ていうのかな、包んでくれてる。崖も空も。それがすっごい羨ましい」
「……」
この時僕は、なぜだかさっきまで無性に聞きたかったアップタウンの事が、急にどうでもよくなった。メリアさんの話のせいだか知らないけど。
「で? 何が嫌なんだ?」
「! え?」
唐突にそんな事を聞かれて僕は戸惑った。
「何か考え事してたから私にぶつかったんだろ? 何が嫌なんだ?」
「……!」
僕はメリアさんの顔を見つめた。そこにあるのは柔らかくて小さな笑顔……何なんだこの人は……。
「……実は……」
それから僕は、スカイ・ホルダーの事について話した。
「……ふーん……すげーな……」
「……何がです?」
「いや、お前がクラスの代表なんだろ? すげーじゃん」
「じゃんけんで負けた代表ですけどね」
「それでも代表は代表だろ?」
「無理ですよ。僕に跳べる訳が無い」
「どうして」
「どうしてもです。そもそも運動は得意じゃないし、それに……」
「怖いのか」
「……」
何だか不思議な感じだ。初対面の人とこんなに打ち解けられたのは初めてかもしれない。もしかしたら、それがこの人の持つ独特の力なのかもしれない。ライラックとは違う、また別の。
「……で? それはいつあるんだ?」
「……1ヶ月後です」
「何だ結構時間あるじゃん」
「……そうですけど」
「……しかたねーなー」
「え?」
「私が特訓してやる」
「は?」
「まさか何の練習も無しにいきなり本番を迎える訳じゃないんだろ?」
「……いや、ていうか無理だってば。どうせ出来ない」
「うるさい。お前なあ、こんな美女が鍛えてやるっつってんだからそこは四の五の言わずに即答でイエスだろ」
「本当の美女は自分の事を自分で美女なんて言わないよ」
「うるせえ。いいからやるぞ」
「そんな……」
「ミーくーん」
「!」
その時突然後ろからカリンが農耕具を持ってやってきた。これから農作業をするつもりらしい。
「いやー補習が時間かかっちゃって」
「……よくやるなあお前も」
「あ、聞いたよ。ミー君ホルダーに出るんだってね。頑張ってね。応援してるよ」
「……そりゃどうも」
「? で、何でこんなとこに突っ立ってるの?」
「え? ああ、この人を……」
メリアさんを紹介しようと隣を見ると、さっきまでそこにいたはずの彼女の姿は無かった。
「あれ? いつの間に……」
「? 何?」
「いや何でもない」
宿に行くんだったら一言くれてもよかったのに。
その後メリアさんが戻って来るんじゃないかと思ってしばらく待ってみたけど、結局そんな事は無かった。だけど、あんなに意気込んで特訓だとか言ってたからきっとまた明日にでも現れるんだろうなと、何となく僕にはわかっていた。
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